企業経営でも、自治体経営でも、今のことも大事ですが、先のことも大事です。先のことのためには投資が大事で、今ある資源を使ってしまって、今が良さそうに見えるからそれでよしということでは、将来が心配です。投資には色々ありますが、自治体経営でも、住民が安心して暮らせるように災害予防の国土強靱化投資を行うとか、産業や観光の立地環境をよくするための道路投資とかの他にも、ソフトの投資も大事です。県庁の人材養成もそうですし、これから役に立ちそうな人脈作りをきちんとしておくことも大事で、そういうソフト、ハードの投資がその地域の将来を決めるし、そういう投資を考えて、実行できる能力が経営者やトップに求められると思います。ただ、それは今の利益にはならないので、人々に評価されるかどうかは怪しいのですが。
和歌山県の観光で、私の任期中、本当に貢献してくれたのは白浜のアドベンチャーワールドのパンダさんです。このパンダと私は私が輸入課長をしている時からの数奇な運命があって、知事になって帰って来た時にパンダに随分助けられたのはまさに運命的なものだと感謝していましたが、そのことは過去のこのメッセージにも書きましたので、省略します。問題は、このよき環境もパンダさんあってのことで、そのパンダさんも毎年毎年歳を取っていくので、この環境をずっと維持していくためには、また、若いパンダをお借りしてこなければなりません。パンダも生物ですから、繁殖のためには近親結婚はよくありません。だから、和歌山で生まれたパンダは適齢期になると、四川省成都にあるジャイアントパンダ繁殖研究基地にお返しして、代わりに遺伝子の遠い別のパンダをお借りしてくるというようなことが必要です。しかし、それが出来なくなると大変です。
和歌山白浜のアドベンチャーワールドと四川省成都のジャイアントパンダ繁殖研究基地とは亡くなった林さん達が何十年も前から交流を続け、立派な実績も上げていて、現在の山本社長を初めアドベンチャーワールドの職員の献身的な努力で、たくさんのパンダを誕生させ、育て、成都にお返ししています。もう既に18匹のパンダが誕生し、14匹のパンダをお返ししているので、お借りしたパンダは3匹ですから、中国と世界の種保存への大変な貢献です。お返ししたパンダはデンマークなど多くの国に貸し出され、そこでまた、パンダ人口を増やすために頑張ってくれています。そういうわけですから、アドベンチャーワールドとジャイアントパンダ繁殖研究基地は大変よい関係を結んでいて、信頼感は抜群なのですが、パンダを実際にお借りするためには、基地の意向に加えて、中央、地方政府の結構たくさんの手続きが必要です。日中は時々もめ事が起こって、いろいろな交流が滞ることがありますので、実際にパンダを借りてこようとした時にこれが心配事です。したがって、先を考えたら、このメッセージの一番最初に戻って言えば、投資、それもソフトな投資が必要なわけです。アドベンチャーワールドは立派ですから、成都のジャイアントパンダ繁殖研究基地との交渉は心配ないでしょう。一番大事な手続きは中央政府の林務部の許可だと思うのですが、その手続きが中国政府の中枢部が消極的な態度を取ると心配になります。また、その前提として四川省政府の手続きも無視できません。そこで、当時の和歌山県知事である私は考えました。中央政府の激烈な反対があると難しいかも知れないが、中央政府同士は外務省も動いてくれるだろうし、それに和歌山県には中国政府に大変重きを置かれている二階俊博代議士の存在があるので、できる限り中央政府に積極的な対応をするよう働きかけをしてくれるだろう、だから問題は四川省政府だ。2019年当時和歌山県はその時既に35年も山東省政府と姉妹県省関係を結んでいて、特に私が就任してすぐ山東省の公害防止技術やノウハウの移転に協力して、具体的な成果を上げていましたが、四川省とは全く交流がありませんでした。そこで、この四川省ともいい関係を日頃から取り結んでいたら、いざというときに四川省が好意的な対応を取ってくれるかも知れない、さらに中央政府に好意的対応を取るように働きかけてくれるかも知れない、とそう思いました。たまたま、アドベンチャーワールドと成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地との提携40周年記念行事が白浜であって、基地の主任(トップです)張志和さんが見えて、私もその場に呼ばれてすっかり仲良くなったので、この際お返しだと、2019年10月、四川省を訪問して、ジャイアントパンダ繁殖研究基地を訪ね、張志和さんとまたお会いする計画を立てました。そして、その報告を兼ねて、四川省政府を訪問して、省長にお会いして、出来れば仲良しになっておきたいと思いました。そこで、観光交流などをいたしませんかなどという「玉」を用意して、四川省庁を訪問したわけです。時の伊力省長は我々を大歓迎してくれて、なんと、驚くべきことに、先方から姉妹県省関係を結びませんかというオファーをしてくれたのでした。私は元々は、こうして段々仲良くなって、いい関係を結んでおけば、いざというときにお願いも出来るだろうと思っていただけだったのですが、このように一足飛びに事態が進んだのは、実は二階代議士の11年以上に亘る四川省への献身があったのだということを省長自らの説明で分かりました。その時を遡る11年ちょっと前、四川省を大地震が襲いました。二階代議士は直ちに、仲間と語らって、救援物資をいっぱい持って現地に駆けつけたのでした。現地側からするとその迅速で心暖まる行動は忘れられないものであったと言いますが、その思いは、大震災から10年後、我々が訪問する1年ほど前に、二階代議士一行が再度四川省を訪問して被害を悼み、犠牲者を弔ってくれたことで倍加したとのことでありました。私の訪問申請で、私達一行が二階代議士の故郷の人だと分かって、その時のお礼を言い、その和歌山県と姉妹省県になることを提案することを思い立ったというのです。大変有り難いことで、和歌山県の姉妹省は、昔からの山東省も人口、産業の生産額ともに中国屈指の有力省なのですが、四川省もそれに匹敵するような大きな省で、しかも、観光客として海外に出かける人口が中国で一番という特徴のある省です。四川省は、我々の好きな三国志でいうと劉備元徳と諸葛孔明が根拠地とした蜀の地でありまして、山がちの地でありますが、歴史的遺物も絶景もいっぱいで、しかもそれが山のものであるという特徴があります。一方、和歌山県は同じ観光立県の地とは言え、三方を海に囲まれた海洋県です。観光の要諦は、非日常性に対する人々の興味であるというのが私の持論ですが、それで行くと、和歌山と四川省は正反対ですから、お互いの交流による観光上のメリットは大変大きいと思います。また、四川省は大変有力な工業先進地域ですから、和歌山の企業にとっても何らかの協力によるウィンウィンの関係が期待できそうな所です。これはしめた、なんとしても実現しなければと思って帰国したものでした。その後、双方はそれぞれの国内手続きに入りました。コロナのために色々と障害はあったものの、種々の分野での具体的な協力案件の約束を取り決めた協力覚え書きの締結(2020年3月)とその実行、コロナ対策支援物資の相互援助、人事異動が先方にあるごとに心のこもった挨拶状を発出して相手の功績を称えるなど順を追った手続きを経て、2022年1月無事姉妹県省の調印にこぎ着けました。しかし、こういうことはここからが大事です。調印をしたからもう終わりでは何の意味もありません。これを機に常に交流を続けて、信頼感を持ち合っていかなければなりません。ところがここでもコロナが邪魔をして、お互いにトップが訪問することがずっと出来ませんでした。そのうちに、私を含め、双方のトップも交替し、こういう事態になると関係が風化しかねない危険性を伴います。そこへもって、長くパンダの子作りに頑張ってくれたビッグパパ永明も成都に帰って行きました。いよいよ次のパパパンダに白浜に来て頂いて、また、パンダの共同繁殖計画を再開する時期になっています。したがって、今こそ、アドベンチャーワールドの努力は勿論のこと、日本政府、とりわけ外務省あるいは有力政治家のご尽力をお借りしなければなりませんし、地方政府レベルでもその後押しをしなければなりません。この度、岸本和歌山県知事が四川省を訪問して、新しいパンダの借り受けの申し入れをするという発表がありましたが、時宜にかなった訪中で、大いに期待したいと思います。その時、既に存在している和歌山県と四川省の姉妹県省関係がきっと役に立つはずです。私が「投資」をして、作っておいた四川省との姉妹県省関係が、新知事の努力によって実を結ぶことを心から願います。頑張れ、和歌山県のパンダ外交。