アメリカ大統領選挙が終わり、トランプさんが激戦という下馬評を覆して圧勝しました。米国はなんと言っても日本にとって大事な国ですから、その政権運用がとても気になります。トランプさんは独裁的で、反リベラルですから、特に日本のマスコミには人気がありません。(余談ですが、日本で言うリベラルの意味は穏健な自由主義者といったものだと思いますが、これはよくある和製英語で、米国の政治の場などで使われているリベラルは自由一点張りではなくて、人権とかマイノリティへの配慮とかを大事にする思想といった意味に使われているように思います。)米国の既存マスコミにも同じことが言えると思います。したがって、前々回の大統領に出てきたときから、日本ではそのときの対抗馬のヒラリー・クリントンさんに比べると評判が悪く、あらゆる意味でとんでもない大統領候補が出てきたと言う意見が一般的であったように思います。しかし、結果から見るとそのかなりの部分は当たっていたように思いますが、大統領選挙の時は、実は私は、ヒラリー・クリントンさんに比べるとトランプさんの方がましではないかと思っていて、当時の県庁の中でそう語っていました。その根拠は私の通商産業省・経済産業省時代の経験に基づいています。当時は貿易摩擦華やかなりし時で、私は米国からの攻撃を防衛する戦線の一翼を担っていました。その時は共和党政権の方がはるかに論理的で、自由貿易の全体のメリットに関する理解もあったように思います。また、いくつかの同盟国に対しても、人権の擁護に熱心なあまりその国の根幹を破壊しかねないような外交姿勢を示す民主党政権と違って、安全保障を主目的とした同盟国との強固な関係を守ろうとする姿勢が揺るがないような気がした共和党政権の方が安心感もありました。ただ、キッシンジャーが唱えたリンケージ概念がいつもついて回るので、日本は安全保障に関するメリットを分かっているなら経済では米国を助けよというメッセージが常につきまとっていました。民主党政権はもう少し非論理的でした。日本が貿易で勝っているのはアンフェアーなことをしているからで、以前のようにアンフェアーな所を除去せよと日本に言っても誤魔化されるだけなので、日本が自分で結果で辻褄を合わせろ、そのために数値目標を日米で合意して、日本が自らそれを達成せよ、出来ないときは約束違反だから罰を加えるという、資本主義の世界ではあり得ないようなことをがんがん言ってくるというのが民主党政権だったように思います。ひどかったのはクリントン政権の時でしたが、時の英語の上手な総理が寿司屋でクリントンにこの論理を認めるようなことをコミットしたという情報が通産省に入り、通産省、外務省の事務方の首脳が苦悩している所を末席の方から伺っていた経験もあります。また、南シナ海の諸国と係争中の島々に、中国が一方的に軍事基地を建設していったときに、それを止めようともしないで放置したのはオバマ大統領でした。一旦既成事実が出来ると取り返しがつきません。また、これは共和党政権の時もありましたが、米国の政権は、日本と比べものにならないほど産業界の、しかもその中のある勢力と癒着しています。私が鉄鋼の対米輸出自主規制を担当していたとき、ワシントンのホテルの昼食会場で、今また話題の人ですが、当時はUSTRの次席のライトハイザーさんが某鉄鋼メーカーの弁護士にねじを巻かれている所を目撃しました。米国側は、その日の交渉の時には明らかに件の鉄鋼メーカーの利益になることばかりを攻勢をかけてきた記憶があります。もっとも、このような特定企業と癒着した姿勢は民主党政権の方が多かったように思うし、特に中国ないし中国企業からの金銭的攻勢が特に民主党政権の中枢と大手マスコミに大きく影響を及ぼしているという情報はけっこうありました。
それやこれやで、トランプ対ヒラリー・クリントンの大統領選挙で、トランプさんが勝ったときは、日本にとっても米国にとってもその方がよかったのではないかと私は思いました。トランプさんが政治行政の素人だから危ないと日米の主要マスコミは言っていましたが、同じくワシントン政界には縁が薄かったレーガン大統領が良い人材を集めてなかなかいい仕事をし、名大統領と言う声価を得ているように、トランプさんも米国のリボルビングドアーの装置を利用してよい人材を集めてけっこう良い大統領になるのではないかと期待もしました。事実閣僚名が明らかになってくると、この人はまともそうだなあと言う人が次々に上がってきて、その期待がかなえられるように思いました。しかし、やはり、トランプさんはレーガンさんとは違ったようで、これはまともではないかと思った閣僚があっという間に皆辞めてしまって、代わりに就任した人は、私が民主党政権によくいるなあと思ったようなあやしげな人ばかりで、そういう人々がトランプさんの周りを囲むようになりました。それに次々と繰り出される政策や外交は、これまで米国や協力国が築き上げてきたシステムや装置をどんどん壊していくようなものばかりで、これはいけないなと思うようになりました。幸い、日米関係は安倍首相の神業のような活躍でトランプさんの心をつかむことに成功したので、そう揺るぎませんでしたが、そのほかの国際システムやとりわけヨーロッパの同盟国との信頼関係はずたずたになったように思います。さすがに米国民もそう思ったのでしょうか、社会の変化から取り残された製造業労働者や不法移民に反感を持つ強固なトランプ支持層は不変のままではあるものの、次の選挙でバイデンさんに大統領の座を譲りました。そして、バイデン政権はトランプさんが破壊した国際秩序を元に戻すように努力しましたが、いったん失われた信頼関係を取り戻して米国に対する求心力を回復するのは大変だったと思われます。また、経済政策も割合オーソドックスなもので、私にはかつての共和党政権のような印象がありました。逆に、リーズナブルでどっしりとしていたあの昔ながらの共和党はどこへ行ってしまったのでしょう。
ところがまたトランプさんの再登場です。
それでも、きちんとした民意を得て選ばれた大統領ですから、各方面からの受け止め方も割と好意的なものであったし、報道によれば重要閣僚に擬されている人もリーズナブルな人が多くて、さすがにトランプさんも今回はモデレートな政策を行ってくれるのではないかと思ったものでした。
ところが本当に選ばれそうな閣僚が発表されてくると、きわめて極端な意見を表明してきた人が多く、これはどうなるのだろうかと大いに心配になりました。これが第1の懸念です。
また第2の懸念として、もっと心配なのは、同盟国との協力関係や米国を主要参加国として構成されている国際的な枠組みをまたもや片端から切ろうとしていることです。アメリカファーストの表れだと言うことなのでしょうが、どの国だって自国ファーストなのは当たり前です。それが当たり前だと思わないのは、日本の利益などと言うけちなものは否定して国際貢献や人道支援が何にもまして大事なことだと思う「立派な」日本人ぐらいですから、アメリカファーストといってもそれ自体は意味をなしません。問題は米国の利益を追求するために具体的に何をどうするかということであります。国連のような一見中立公正のように見える組織から始まって、各種の同盟関係、防衛を含む特定国への支援など、米国がコミットしているものはたくさんありますが、それらは米国の利益を守るためになにがしかの機能を果たしていると私は思います。しかし、そのためにはコストもかかります。特に安全保障の確保のためには、同盟関係を結び、有事の際の協力の約束事を取り決め、基地を置き、武器その他の軍事援助も行う訳ですが、いずれもただというわけには行きません。トランプさんは常にこのコスト面を強調して様々な関係を断ち切ろうとしていますが、それは米国のメリットも断ち切ることです。今までこのような同盟・協力関係で維持してきた米国の利益を守るために、これからは全て独力で対応しなければいけないということになります。コストパーフォーマンスはどちらがいいでしょうか。
それに一つの面での同盟関係は別の面での米国の利益追求に役立つはずであります。米国がよく言う自由と法秩序を共有している国との間では、米国の産業の活動が余計なコストをかけないでも保証されるはずであります。同盟国を見殺しにしたら、米国の利益を守るために次に必要な協力を他国から取り付けようとしたときのコストがはるかに高くなるでしょう。したがって、アメリカファーストを実現するためには、一見同盟国だけを裨益しているように見えることへの投資も、一定程度やり続けなければなりません。個々の案件が米国にとって有利か損かの計算も、ただいま現在だけの損得だけではなく、将来への備えと言った点まで計算に入れなければなりません。
将来への備えという点で思い出すことがあります。かつて、経済産業省で、石油などの資源開発に対する国家予算の投入について大臣と事務方の間で大変な議論がありました。民間企業の経営者のご出身の大臣からすると、収支は単年度で合わさなければならず、将来の自主資源の確保のためだと言って、当たれば多大のリターンがあるが当たる確率は大変低い資源開発に国家のお金を投じるのは悪事にすら思えたのでしょう。しかし、ただいま現在も将来も、日本と日本人は生き馬の目を抜くような国際社会の中で生きていかなければなりません。そのときに自前の資源が無い状態で生きていかなければならない日本はとてもつらいと思います。したがって、一定の計算の元に将来のための投資として、資源開発資金を投資し続けるのは間違いではなかったと私は思いました。面従腹背を嫌う経済産業省は最後は大臣の決定に従うのですが、大臣ととことん理のあるところを議論しようとした当時の担当の先輩を私は尊敬します。
また、同盟関係・協力関係が大事だ、リーダーはそれらの国も引っ張りながら進まなければならないという点に関して思い出すこともあります。このことは、地域の発展にも当てはまります。ここ数十年関西圏の東京圏に対する凋落がずっと続いています。沢山の理由があると思いますが、私は、関西の盟主である大阪の大阪ファーストが大きな原因であったと思います。和歌山人は大阪のことを尊敬していますし、大阪に近づいて大阪とともに様々なことを成し遂げようとしています。しかし、盟主大阪は大阪だけが関心の対象で、周辺の府県は自分たちに関係が無いと思っているような気がします。その証拠に、大阪のインフラがきちんと整備されているのはあの狭い大阪府の領域だけで、府県域の向こう側に伸びる府県間道路などはほとんど関心の外であったように見えます。和歌山と大阪を結ぶ府県間道路は和歌山側がずっと昔から県境まで改良されていて、大阪側は、当時の私の言葉を借りると、「十回通ると一回は谷底に落ちるぞ」というようなひどい有様でした。これでは双方の経済交流も十分には行えず、経済活動もその分制約を受けます。大阪の企業が土地と労働人口に余裕がある和歌山に工場や施設を作ったり、和歌山の人々が大阪にどんどん通勤したりすることが、あの悪路を前にしては皆逡巡されます。この結果、大阪企業は大抵狭い領域で勝負をしなければなりません。東京圏と大阪圏の地図を同一縮尺で作って重ね合わせてみるとその大きさの違いが一目瞭然になります。企業活動でも広い地域を支障なく使える東京と、狭い大阪以外に出て行くには大いなる支障がある大阪ではどちらに軍配が上がるかは明らかです。大阪の発展がなければ和歌山の発展はない、そう思って、私は就任早々の橋下大阪府知事を訪ねて、東京圏と大阪圏の地図を重ね合わせてお見せしながらこう説きました。『「大大阪」にするために、府県境を越えて力を合わせて府県間道路を作りましょう。大阪はもっとそちらにも投資して下さい。大体東京都と隣接県間で、東京都の方の道の未整備で交通に支障があって困るということなど聞いたことがありません。和歌山も奈良もその他も自分の子分だと思ったら良いのです。大阪の発展のためには、あなたは小さな大阪府の知事ではなく大関西圏の盟主になって下さい』大阪府知事が替わるごとに私は松井さんにも、吉村さんにもそう説きに行きました。その後少しは事態が改善されました。しかし、この思想が理解されたからか、時間がたったからかは分かりません。橋下さんは『大関西の盟主』を通り過ぎて国政政党のリーダーになってしまいました。(ここで注釈をつけると、東京都のリーダーにこの思想が理解されていたから東京都と隣接県を結ぶ道路その他のインフラが整備されたとは思えません。東京圏に関する限り、大事なものは国が直轄事業でやってくれます。都知事が意識しなくても国が勝手に整備してくれたのです。)
トランプさんに戻りましょう。リーダーは自らにまつろうものを引き連れて、そして現在ばかりでなく将来のことも視野に入れて。トランプさんはこういうことへの理解が圧倒的に不足している人のように見えます。
トランプさんにはもう一つの懸念があります。それはトランプさんが、自らの政治的立場を守ることをいつも最優先にしていることです。もっと具体的に言うと自らの再選です。そのためには自分が目立たないと行けません。人気が出そうな政策はやるが、どんなに米国のためになりそうだと思われることでも、自分が損だと思ったらやらないということです。これこそ、自分の立場より、アメリカファーストなのに。目立つためには、まず大口を叩かないといけません。そして、それをある程度のところで形にして成果が上がったと叫ばなければなりません。少し長期的に見たら、そのような妥協は、あまり効果はなく、将来に禍根を残してもです。トランプさんはかつて北朝鮮の核開発が気に入らないと、大いに金正恩を脅かしました。止めなければ軍事面での攻勢も辞さずだぞと。そして、金正恩を、「リトル・ロケットマン」とか言って揶揄しました。でも何も成果も出ていないときに、握手をしてしまって、外交上の大成功を達成したぞと言ってしまいました。あらら、と私は思いましたが、北朝鮮の核開発は止まることを知りません。だいたい、昔から、大言壮語の持ち主はいざというときは「へたれ」に決まっています。米国がこれから直面する大事に際し、トランプさんがこのような「へたれ」現象を出してくれないことを祈ります。私もスケールは違いますが、知事という一つの行政単位のトップをしました。そういう立場にある人は、大言壮語を吐かなくても、いい格好をしなくても、自身の再選を考えて策を弄さなくても、地道にいい行政をしていれば、有権者はちゃんと見てくれているものなのだということが分かりました。トランプさんもそう悟ってくれたらいいのですが。
以上のように、私はトランプ政権に3つの懸念を抱きます。
こういうトランプさんに誰がアメリカと自由社会の将来の利益を説くのでしょう。かつてのトランプさんには安倍さんという「盟友」がいました。安倍さんなき現在、石破首相がその任を果たしてくれたら良いのですが。リーダーは自らのみならず、参加の同盟者も率いて、大なるをなすと私は思います。トランプさんが道を誤らざることを祈ります。
大をなさんとすれば、自らの周りで自らにまつらう者全てを引き連れて歩め・・ちょっと格好をつけて言うとこうなるのですが、トランプさん、分かってほしいなあ。