おかしいなあと思う制度 その3

 前号の続きです。
 
4.利害関係者とのゴルフは割り勘でもダメ

 まず白状します。私は通産省(現在の経済産業省)の役人でしたが、初めの20年くらいは、企業、団体との付き合いは結構フリーでした。もちろん、接待を受けたり、金銭、物品の提供を受けて便宜を図るということは昔も今も贈収賄ですから、犯罪で、時々誰かが捕まったりしています。しかし、それ以外は、ただのお付き合いとして、結構寛大に扱われていました。私も、別に嫌がりもせず、お誘いがあると受けていました。会食とゴルフです。通産省の役人をしていますと、仕事の上で、立派な人と仕事上お知り合いになることが出来ます。そういう人から、お誘いがあると、はいはいと応じるわけです。もちろん誰でもという訳にはいきません。ちょっといかがわしいなと思う人や、そうでなくてもたくらみがあるなと思う時には受けません。(本筋から外れますが、一般にめったになかったのですが、家に企業、団体から進物が届くこともありましたが、その時の職務柄、権限をもって臨んでいるような相手からのものは、すべて送り返しました。)会食などで良いことは、ちょっと広い範囲の情報交換がゆっくりできることです。お話をする時間はたっぷりあるので、私の方は、お相手の方から、会社の方針や業界のこと、その業界から見た、日本や世界の政治経済情勢に関する知見が聞けます。お相手の方の理解も進みます。会食のお食事も嫌だったとは言いませんが、私は、むしろこのような情報を仕入れるのに利用させてもらっていました。たいていは、お相手は私よりはるかに年上の方ですが、緊密な関係になるにはとてもよかったと思います。時には、料理屋さんのベテランさんから、その頃でも伝説になっていた官界や財界の立派な人のなさり方をお聞きし、また、それに関して、人との付き合いの行儀作法などを教わりました。ベテラン芸者さんや仲居さんの愚痴をお聞きするのは、人生訓としてとてもためになりました。一方、業界の重鎮が若造の私の話で、きっと評価してくれているなと思ったことは、問われるままに、私が国内や国際的な経済環境や政策の動向をお話ししたことだったと思います。通産省の世界は、自分が直接担当する案件のみならず、省内全体で、重要な政策の考え方や、その前提になっている内外の情勢をシェアーする文化があったので、私の頭にもそういうものが結構入っていて、秘密に属すること以外は、問われるままにお話ししていたからです。ただ、私が絶対に言わなかったことは、その時のお相手以外の他社の動向でした。また、もう一つ、私がこれをしたら堕落するなと思って、しなかったことは、自分からどこへ行きたいと絶対に言わなかったことです。お誘いがある時、先方から「どこかお好みの店がありますか」などと聞かれることも結構あるのですが、絶対言いません。「私の方ではどこでもいいですよ。」と言うのがいつもの答えです。自分から希望を言い出すと、やはり、卑しくなるような気がしたからです。世の中には、こういうことにルーズな人もいて、いかがわしい種類の店や、いかがわしいサービスをする店に連れて行けと言う人がいまして、こういうのは論外ですが、普通の料理屋さんでも、あの店が良いなと言うだけで、少し倫理の糸が切れているような気がしたのです。

 ところが、たしか大蔵省の過剰接待問題から端を発して、あれよあれよという間に、このような接待や付き合いが禁止になってしまいました。もちろん利害関係者との間でということですが、利害関係者の範囲は広く、たとえば、担当する業種の企業、団体の人などは利害関係者でしょうし、知事などは県民すべてが利害関係者でしょう。これは、時として不便をきたします。業界との付き合いなど、日ごろから役所で日中やったらいいではないかと言う意見があろうかもしれませんが、それでは問題が今現に起こっている時でないと情報交換できません。特段の用事もないのに、やあこんにちはと役所に企業の人が来るのも、役人が会社に伺うのもとても抵抗があり、難しいのです。会食などの付き合いで良いのは特段の用事がないときに、重要な人と親しくなり、情報交換ができるということです。問題が発生すると、それが「用事」になるので、それからは行き来は簡単ですが、問題が発生してからでは遅いのです。問題が発生する間にそれを捕捉するということは実はとても重要なことなのです。

 この流れがだんだんと厳しくなり、一番厳しいときは、接待はもちろん、たとえ割り勘でも、夜の会食は禁止、ゴルフ、マージャン、旅行は禁止ということになり、それを定めた公務員倫理規則と言うものが出来ました。これには、上記のような理由でとても不便をきたしました。例えば、消費者契約法案を作っている時、その方面のオピニオンリーダーと意見交換をしたり、落としどころを練ったりするのも出来ないのです。いわゆる根回しですね。それなら、役人側がおごるのならいいだろうと、その方を私が自腹を切って焼鳥屋にご招待して相談しました。割り勘でもいけないというのですから、それしかありません。また、通産省当局にお金を出してもらって、業界の首脳をとても安いお店にご招待したこともありました。これはあんまりだという意見も出て、割り勘なら所管業界と会食をしてもいいという制度に変わったのですが、その時でも、割り勘でもダメと言うものが3つありました。旅行と、マージャンと、ゴルフでした。いくら割り勘でも、旅行まで一緒に行くのはやりすぎと言う意見もあるでしょうし、マージャンは、今は健康マージャンと言うものもありますが、当時は大体かけ事を伴いましたから分からないでもないのですが、ゴルフは割り勘でもダメと言うのはどう考えてもおかしいと思います。今は膝を壊したので遠ざかっていますが、私は、うんと下手ですが、ゴルフもテニスもやり、テニスは特に通産省の白球会と言う同好会で企業の元名選手と対抗戦を楽しんでいました。こんなところで接待はいかんと、はるか昔から負担が大体半々になるように工夫をしてやっていましたが、このように割り勘だとテニスはいいのだけれど、ゴルフは割り勘でもダメと言うのはどうでしょうか。
 世の中にはいろいろスポーツがあって、私など高度経済成長の中で育っているのですが、他のスポーツと違って、ゴルフはずっと贅沢なスポーツのように思われていたと思います。そこがまた、上昇志向的世相と相まって、ゴルフブームになった要因ではなかったかと思います。また、そういう希少なたしなみを接待で利用すると相手に受けるに相違ないという考えからでしょうが、接待ゴルフが幅を利かせたことも事実でした。そうなると、狭い日本の林野を切り開いて、ゴルフ場がどんどん出来て、私のような昆虫少年からすると、自然破壊もいいとこだということになるのですが、ゴルフ会員権もえらく上昇して、土地などとともに投機の対象になっていたと思います。したがって、ゴルフには何かうさん臭さが伴い、ゴルフをやろうとする人は接待を求めがちだという既成概念が出来たのではないかと思います。でも今本当にそうでしょうか。今では、スポーツも多岐にわたるようになり、ゴルフよりもずっとお金がかかるスポーツもあります。ゴルフも決して贅沢なものでもなく、個人として手軽にできるので、これを運動不足解消の手段にしている普通の老若男女もいっぱいいます。公務員倫理規則は、高名な、したがって結構お年の弁護士や知識人がその策定に知恵を貸したとお伺いしていますが、そのような方々が、ゴルフだけは特別で、たとえ割り勘でも公務員が企業の人などと楽しんではいけないのだと思われたから、そういう規則が出来たと思いますが、私は、そこに前時代的古さを感じました。

 私などが若いとき、関係企業や団体とのお付き合いも、結構ルーズで、私などはそのおかげで、沢山の勉強も出来た訳ですが、一方、やはりお遊びが人のお金でと言うのはよろしくないかもしれません。かつての接待文化のおかげで、人脈も知見も磨くことが出来た私たちの世代の人間と違い、今の人達はそういう機会が減って、大変だろうなと想像しますが、一方若い有為の人達は、また別のやり方で、人脈も知見も獲得しているのでしょう。その基本は、負担は皆が相応にしてということで、割り勘が一番わかりやすい方法でしょう。それぞれの懐具合に応じて、会食も、その他のレジャーも楽しんだらよいと思います。懐が寂しくなることと、人脈や知見が増えることのトレードオフをそれぞれが判断して選択すればよいと思うのであります。したがって、今もそうだと思いますが、たとえ割り勘でも、利害関係者とゴルフをしてはならぬという国家公務員倫理規則は間違っていると、私は思います。

 そういう考えを持ちながら、私は、知事になりました。しかも、前知事逮捕の後にです。ですから、私のやるべきことは、すぐさま和歌山県職員倫理規則を作ることでした。和歌山県の汚職の犯罪者は、知事など少数者でしたから、私は、当然知事など特別職にも適用される規則を作ろうとしました。その内容は、部下の職員の原案では、地方自治体によくあるように、国家公務員倫理規則の丸写しでした。そこでさっそく私は、ゴルフだけ割り勘でも利害関係者としてはいけないというのは前時代的誤りだから、割り勘ならやっていいということにしようと主張しました。ところが、なかなかの職員がいまして、にやりと笑って、「知事、前知事の汚職はゴルフ場を舞台に行われたのですよ。それでもゴルフを良いとしますか?」と言うのです。私はすぐ降参して、「なるほど、暫くは、禁止しよう。でも、県民がクリアーな県政を見慣れて、前知事の汚職を忘れるようになったら、割り勘ゴルフは解禁にしような。」ということにしました。そして、就任から2年が経って、もう誰も和歌山県政は汚職の巣窟と思わなくなったなと思った時、国家公務員倫理規則の呪縛から逃れて、割り勘ならだれとゴルフをやってもいいぞという職員倫理規則の改正をいたしました。(とどうなったかと言うと、私は、県民と言うより、県内マスコミから大いに叩かれました。おかしいなあと思って調べてみると、なんと、ゴルフ解禁と言うと、接待ゴルフ解禁と勘違いしていたからでした。その後、割り勘でということですよと説明を熱心に行った結果、今では、あの改革を非難する人はおそらくいなくなったでしょう。)

 ちなみに私に関して、知事任期中に私がゴルフをしたのは、5回であったと思います。就任後すぐ高校の同級生と和歌山市で2回いたしました。それは違反じゃないのと言われると思いますが、違います。規則では、その任に就く前からの知り合いと割り勘でするのはゴルフでもOKとなっていたのです。あと、1回は家内と娘と白浜で致しました。そして、割り勘ゴルフ解禁後、2回高校の同級生を交えて和歌山企業の重鎮と和歌山市で致しました。その方はとてもゴルフが好きで、再三友人を通じてお誘いがあったからです。もちろん割り勘です。その後は忙しくなりすぎて、まったくやっていません。土曜、日曜も何らかの儀式があって挨拶に行かなければいけないという日がほとんどになったからです。厳密に言うと、少しは完全フリーの日もあるのですが、昆虫採集に山に行っていました。おかげで、和歌山の山間部の地方道や林道がどうつながっているかについては、県土整備部の職員よりも詳しくなり、これが災害発生の時に役に立ちました。最後は閑話休題でした。
 言いたいことは割り勘でもゴルフだけは利害関係者としてはいけないというのはおかしいということです。