おかしいなあと思う制度 その4

 引き続き、私がおかしいなあと思っている制度について、あと二つ申し上げます。
 
5.地方自治体の政策秘書

 地方公共団体(地方自治体)には、政策秘書と言う制度があります。地方公務員は、政治的中立を守らなければなりませんが、その代わり、給料はその所属組織から保証されます。組織からということは、その地域住民の税金から賄われているということです。地方公務員にも例外があって、今は、知事や市長の他、副知事とか副市長とかは特別職と言って、他の一般職と言われる公務員が政治活動を禁じられているのに対して、それを禁じられていません。知事が、政党など特定の政治勢力の応援をしたり、自分の次の選挙対策を考えてもいいように、副知事もどこかの政党や選挙の応援をしたり、知事の政治活動をサポートしてもいいのです。ただ、特別職に対しても、組織から給料が支払われます。
 この特別職については、私が知事になる前は、もう少し別の形でした。副知事と出納長が特別職で、和歌山県ではもう一人、知事公室長と言う人がいて、制度的には特別職として決まっているわけではないので、当時からあった政策秘書と言う特別職の枠で、知事公室長を務めていると教えられました。確か私が知事になってすぐに、法改正があって、出納長が無くなって、一般職の会計責任者になり、副知事はそれまでの一人から、複数置いてもよくなったのです。私がどうしたかと言うと、副知事は一人のままにしました。長く勤めてもらった名副知事の下さんがいて、二人で何とか出来そうだったことと、給与カットまでしている和歌山県が人件費を増やすのはどうかと思ったのがその理由です。多くの副知事を置いている所は、それぞれに担当部局を分掌させているようで、そういう自治体の知事は日常的な業務には直接はタッチしていなくて、副知事の上に君臨しているような感がありました。私は、知事に選んでいただいた限りは、仕事を副知事に任せて、自分は特に相談があった時だけそれに与るというやり方はおかしいと思っていたので、それも複数の副知事を置かなかった理由です。出納長の仕事は、新しくできた一般職の会計責任者が引き続き行えばよく、政治活動を許される特別職にする必要はまったくないので、それで落着です。特別職であった知事公室長は、国で言うと、官房長のような大事なポストですが、これも、役所の仕事をきちんと、かつ、政治的に中立にこなしてもらったらいいので、一般職のポストにしました。名前も、性格が変わったぞと言う意味で、「知事室長」にして、優秀な職員に2、3年間ずつ勤めてもらいました。そうすると、以前は知事室長を特別職にする「座布団」として利用していた政策秘書が浮いてしまいます。よその自治体では、政策秘書と言う名前でそのまま雇い、知事の知り合いを任命しているようでしたが、私は、自分は県庁のトップなのだから、県庁の職員に働いてもらえればいいのであって、あえて県庁以外の自分の腹心を県庁に入れる必要はさらさらないと、任命するのはやめました。県庁では、優秀な県の職員がたくさんいますから、必要に応じて、色々なポストに就ければよいのです。ただ、特別な行政ニーズに対して、県庁職員では対応出来ないような特別な能力がある人を県庁外からスカウトする場合がありますが、秘書のような仕事にそういうニーズがあるとは思えません。唯一あり得るのは、自分の選挙対策とかの(純粋な行政から離れた)政治的な動機で、政策秘書を雇うということがあり得ると思いますが(特別職だからそういうことをしても許されます。)、考えてみたら、県民の税金で成り立っている県庁の予算を使って、県庁の公務以外の私的な目的で人を雇うというのは、おかしいのではないでしょうか。選挙対策で、有力者の支援を取り付けるとか、特別な陳情を受けるとかの仕事は、県庁と言う公平、公正の塊のような組織で行うべきではないと私は思います。そういう政治的な、県庁の「公務」との対比で言って「私的」な仕事は、本来の政治団体である後援会事務所で行うべきものであって、そこで、県庁の公費ではなく自分たちのお金を使って、すればよいと私は思います。
 私はこういう考えで、政策秘書を廃止しました。任期16年間の人件費だけで、1~2億円の節約になって県庁に貢献できたと思います。私は、県庁の純粋な仕事である公務と後援会活動などの政務はきちんと分けるということを徹底して、そのことを公言していたので、後援会活動や県庁の仕事とは言えないなと思われる私的な付き合いなどには、当たり前ですが、公用車を使いませんでした。知事付きの立派な秘書さんが、今日は公用ですか、私用ですかと確かめてくれたし、時々その辺がいい加減になって、私が忘れていると、それは公用車ではだめですと厳しくチェックをしてくれました。有り難いことです。

 実は、国の方でも似たような制度があります。大臣秘書官、総理秘書官などというポストがありますが、そこでは、役所から選ばれた公務員の秘書官に加えて、大臣などは、たいてい自分の後援会事務所などで雇っていた秘書を連れてきます。前者を事務の秘書官、後者を政務秘書官と呼びます。(安倍総理は、この政務秘書官に本来事務の秘書官に任命されてもよい経済産業省の役人である今井尚哉さんを任命しました。今井さんの大活躍ぶりは周知の通りです。)大臣秘書官に関しては、政務秘書官が「秘書官」、事務の秘書官は「秘書官事務取扱」と言うのが正式な名称で、名称から言うと後者は秘書官の代理みたいな存在ですが、役所の仕事で毎日大臣の補佐をしているのはその後者です。政務秘書官は、秘書官室にいますが、公務にはあまりタッチせず、時として、大臣の後継者たる息子さんなどが、任命されていて、役所の仕事を勉強したり、大臣にとって大事な政務案件の取次役をしていました。はるか昔には、安倍晋三元総理が御父上の安倍晋太郎通産大臣の政務秘書官として通産省の秘書官室におられたことがありました。当時から、私の先輩の通産省の幹部の皆さんにとても評判が良かった記憶があります。
 おそらく地方自治体における政策秘書の制度は、この国の政務秘書官に倣った制度だと思います。しかし、これは私の考えですが、国政と地方自治体の行政とでは、政治が関与する割合は圧倒的に違うと思います。地方自治体は、そもそも首長が直接選挙で選ばれるわけで、少なくとも4年間の任期は保証されていて、プロパーの職員との連帯を作りやすいので、自分の腹心を連れてくる必要はありません。住民の幸せを考えて、客観的に正しいと考えることを、公平に、論理的にやっていればいいので、あえて、自治体の組織内に、行政と離れた政治の要素を持ち込むこともないわけです。したがって、自分の腹心を政策秘書として、自治体の組織に入れる必要はないと思います。
 以上のことから、政策秘書という制度はおかしいというのが私の考えです。

 しかし、これは私の考えであって、現に制度があるのだから、それを使って、政策秘書を雇った首長を非難するいわれはまったくありません。それぞれの首長の考え次第だと思います。現に和歌山県でも、私の後知事になった方は政策秘書を任命していますし、過去の和歌山市でもそういう方はいました。現在の市長さんは置いておられないようですが。

6.政治家はおごられるのはOKで、おごるのはだめ

 私は国家公務員を長くやっていましたので、昔はともかく、公務員が外部の人におごってもらったりすることにはとても神経質でした。一方、懐がさみしいし、役所が接待費、交際費を出してくれるわけではないので、役所の外の人におごることは稀でした。(その例外は、4.で述べました。)
 ところが驚いたことに、知事のような政治家に分類される人は、別途の決まりがない限り、おごられても構わない一方、おごることはものすごく厳しく規制されていました。これにはビックリでした。考えてみると、政治家は有権者の投票によって選ばれますので、人におごるということは、有権者を買収することに繋がるということなのでしょうか。以上のことは、公職選挙法で定まっていて、倫理的にどうだというばかりか、刑罰や制裁の伴う大変重い制限が課せられているのです。その反面、業者さんなどがどんちゃん接待をしてくれても、それが贈収賄と認定されない限りおとがめはありません。時代劇を見ていると、悪徳役人が、悪徳商人の接待を受けて、「三河屋、お主も悪よのう。」という有名なせりふを吐くところがたくさん出てきて、公務員が接待を受けるのはとてもいけないことのように、子供の頃から刷り込まれます。今でも、一般職の公務員についてはペナルティーの種類は色々ですが、たいていなにがしかの制限があります。ところが、特別職の公務員には、少なくとも法律上の制限はないのです。一方、政治家が何らかの利益供与を有権者にすることは、ものすごく厳しく禁じられているのです。接待はもちろん、贈り物もそうだし、はてはお葬式の香典や婚礼のお祝いまで厳しい規制があります。私が尊敬しているある国会議員が、かつて、お香典で指弾されて、職を一時失ったことがありました。この規定は寄付にも及びます。寄付名目でなにがしかの贈り物をして、選挙の時に応援をしてもらおうというような輩を規制するためでしょう。でも、判例などで確立している規制の実態は、私は、明らかにやり過ぎだと思います。例えば、和歌山県の知事公舎の建っている地域では、地域にあるお地蔵さんのお祭りを夏にやります。費用は住民の寄付です。と言っても、お大尽がいて、「よっしゃ、よっしゃ、儂が払ろうてやるわい。」というものではなく、回覧板に、一軒当たりこれこれの決まった寄付をお願いしますと書いた紙が回ってきて、それに、住民が皆「了解」と書くわけです。書くと、あとで町内会の役員の方がお金を集めに参ります。私も、近所横並びで、回覧板に同じ金額を書こうとして、念のために県庁の秘書課長に「いいよね?」と聞いたところ、ものすごく怖い顔をして、「絶対だめです。逮捕されますよ。」と叱られました。(よくぞ言ってくれました。ありがとう。)例え、横並びの寄付でも、絶対にダメなのが、現在の制度なのだそうです。
 これは明らかにやりすぎだと私は思います。人が1万円ずつ出している時に、「わしは100万円だ。」という寄付をするのはいけませんが、一軒当たりいくらと柔らかく決まっているような時に、それに応じるというのまで「逮捕する」ことはないのではないでしょうか。私だけ近所の義務も果たしていないような人でなしになったような気がして大変恥ずかしいやら申し訳ないやらでした。
 もちろん選挙に当選したいために、便宜を図るということはいけませんが、それなら、そうと分かる行為だけ罰したらいいのではないでしょうか。例えば、寄付で言うと、その場に住んでいて、近所の方々と横並びの金額を寄付することなどは良しとすべきです。法律にはなかなか書きにくいので、判例でこういう考えを確立していっていただきたいと思います。
 こういうことを、理知的でクリーンで鳴らしている国会議員にお話ししたところ、「つくずく政治家は不義理をするようにできている職業なのですよ。」と言っておられました。

 以下は余談ですが、実は、私自身の例で申しますと、私は知事という政治家ですから公職選挙法の定めによって、人を接待するとか人にものを送ることは禁止されています。一方、人から接待をされることや人からものを貰うほうも、大門未知子みたいに、「いたしません」と宣言してしまったので、世界一不自由な人になってしまいました。収賄で捕まった人の後を受けての知事であったということと、前職が公務員だったので、昔の流れで、人から便宜を供与されることもやめにしたいなあと思ったからです。これは公職選挙法と違って、私の宣言ですから、違反しても逮捕されることはありません。しかし、言ったからには守らねば男がすたると思っていたので、最後まで守るように努力しました。県民の方との会食は割り勘です。しかし、県内有力者で親しくしてくださっている方からネクタイなど戴いたり、ご馳走をしてくれるという時に、無下に断れません。それで、黙って有り難くお受けしておいて、あとで、お返しをして格好をつけたりしていました。同じ金額になったとは怪しいものですが。和歌山県民がものを下さったときにも大変申し訳ない経験をしました。ものは貰いませんと言ってしまったのですが、県庁においしいものが届いたら、周囲の職員にばらして食べてしまい、私から、「ありがとうございました。県庁のみんなで頂きました。」とお礼をすることにしました。公舎に届いた時が問題です。初めのうちは、配達の人に事情を説明して持ち帰っていただいていました。ところが、ある時大変立派なベテラン県議から名産品を頂いたのですが、例によって返却してしまいました。そうしたらその方から激怒されまして、平身低頭です。ただ、好意から新任の知事においしいものを食べさせてやろうという気持ちで送って下さったものを返却ですから、怒るのも当然です。そこで、黙って返すのはまずい、ただ受け取ると嘘を言ったことになるので、なぜものを貰わないようにしたかを説明し、御厚意だけでどうかご勘弁をといったことを書いた印刷物を大量に作っておいて、県内から来た贈り物には、この印刷物を入れた手紙を添付して返却することにしました。初めは結構な頻度で宅配業者さんとやり取りをしていましたが、仁坂知事の所にものを送っても無駄だということが分かって来たのか、宅配便の回数がどんどん減ってきて、辞める直前などは、県内の方からの贈り物はほとんど無くなりました。
 このような状況は法制度の問題ではなくて、「物は貰わない」という宣言をしてしまったという、我が身から出た錆のようなものですが、そのおかげで、私は、便宜を図る方も、図られる方も、両方ともに世界一窮屈な存在になってしまいました。今から考えると、ちょっとやりすぎたかなと思います。しかし、少し緩める方法もすごく難しかっただろうなとも思います。
 ただ、私の「世界一不自由な人になってしまった」ということは置いておいても、世の中の制度が、政治家は、おごられるのはOKで、おごるのはダメとなっているのはやはりおかしいと思います。