セクハラとパワハラ

 最近、ハラスメントという言葉が大流行りで、何でも「〇〇ハラスメント」または「〇〇ハラ」という言葉が世の中に氾濫しているような気がします。
 その中でも、やはり事が重大で、昔からよく言われることは、セクシャルハラスメント(セクハラ)とパワーハラスメント(パワハラ)ではないかと思います。県庁で仕事をしていますと、この2つの問題が時々知事にも上がってきて、対応に苦慮せざるを得ない時がありました。

 最近では、セクハラの領域は昔よりも拡大しており、女性が嫌だと思うことを言ったり、したりすることがセクハラであるというのが現在の定義であるように思われます。女性の前で、冗談のつもりで、男同士で下ネタ話や猥談をするのは立派なセクハラです。しかし、最も卑劣なセクハラは、職場の上司が部下の女性職員に対して執拗に誘いをかけたり、猥褻な言葉をかけたり、あるいは性的関係を強要したりすることであると思います。女性の方は何分相手が上司ですから、それが心底嫌でもなかなか断れないのにつけ込んで、上司である男性がセクハラ行為を続けるのです。
 一般的に、このような事態が発覚した時に職場の組織が行いがちな誤りは、上司である男性は重要人物であることが多いため、注意はするものの元のポジションに留め、被害者である部下の女性を上司から離すという名目で他の部署に異動させるということです。そうしますと、女性の気持ちからすれば、何も悪いことをしていない自分が異動させられて、悪事を働いている上司がそのまま居残るというのは許せないと思うものです。そこで起こるのは、この女性が外部、特に報道関係者にこのことを訴えて、外部から組織への攻撃が始まるということです。こうした場合にどうするかということについて、私はセクハラ問題が頻繁に取り沙汰されるようになった2000年ごろ、通産省の生活産業局総務課長でしたので、セクハラ研修を受けて専門家から正しい対応の仕方を教えてもらっていました。専門家の言う正しい方法とは、悪いことをした上司を、その上司がいかに重要な地位にあったとしても、何がしかの処分を加えた上で、現在のポストから異動させるということであり、被害者である女性の方は、そのままの地位で元通り働いてもらうということです。考えればその通りでありまして、セクハラ行為はほとんど犯罪であるということを考えますと、犯罪者を野放しにして、被害者を一見不利益処分の様に見える扱いをすれば、それが社会正義に反するということは明らかです。
 私は、経済産業省の時も、経済企画庁の時も、このようなセクハラ事件に遭遇し、この教えに忠実に、加害者である男性職員がいかにエリートであろうと、他に異動させる処分をしました。また、和歌山県庁でも同じようなことが起こり、同じような方法で、年齢も地位も高い男性職員を異動させましたが、その時に部下に言った言葉は、「そういうことをした者は地の果てまで飛ばせ。」ということでした。ただし、そのあと小さい声で、「地の果てといっても、彼の生まれ故郷に近い振興局がいいだろうな。」と付け加えました。その加害者である男性職員は定年まじかであったからです。

 一方、パワハラの方はもっと複雑です。加害者の方が仕事熱心なあまり過度な指導をしてしまって被害者の方が傷つくというような場合もありますし、明らかに執拗ないじめと考えられるような加害者の行為によって被害者が心身ともに傷ついて壊れてしまうというような場合もあります。私も職務には熱心ですが、そういう人の常として、きつい言葉で職員に接することもあります。その意味では、私のようなパワハラ予備軍は世の中にいっぱいいるような気もします。そういう人は、大いに気を付けなければいけません。
 一方、私には大変温厚な人柄のように見える人が、意外にもパワハラの加害者となって、部下の人を病気に追いやってしまったというようなことが結構ありましたのは残念なことです。私は、当時ある課の課長補佐をしていた職員の能力があまりにも高いため、心中密かに将来の幹部候補生として評価をしておりました。それゆえ、次の異動においては、自分の目に触れることがより多いポストにつけて、立派な仕事をすることを期待したのでした。ところが、ある時その職員が自分で起案した重要案件の原稿を持って知事室に来てくれたのですが、その時の彼の顔を見て、私は瞬時に心の病気になっているということが分かりました。そこで、いつもは冗談を言いながら原稿を一緒に直したりするのですが、その時は、「分かった、分かった。これはよく出来ているので、後でちょっとだけ自分で直しておくから、今日は君はもういいよ。」と言って引き下がらせた覚えがあります。後で同僚に聞いてみますと、彼は私が着任するかなり前、若手の職員であった頃に、当時の課長に手酷くパワハラを受けて病気になったことがあると言うのです。その上司たる職員は、私には大変温厚な職員のように思えたのですが、何が気に入らなかったのか、執拗につらく当たったとのことでした。その職員については、「そういうことがあって、しばらく休みましたが、もうすっかり良くなったと思っていたのですが。」というのが報告でした。私はそのことを知らず、かつ、あまりにもその職員が優秀でしたので重要なポストにつけてしまったのですが、おそらく何らかの原因で病が再発したのではないかと思われます。その後は、少し楽な仕事につけつつ回復を待とうとしたのですが、体調は戻らず、とうとう退職まで大活躍ができなかったのは、その職員の能力を考えますと返す返すも残念でした。
 私も、職員と議論をしている時、職員の反応があまりにもおかしいので激してしまうことがありました。そういう時は、激したあまりきつすぎる言葉を発しかねませんので、「今日はこれで終了。また来てくれ。」と言って間を置くことを覚えました。おそらく職員の方も意外な展開に頭が真っ白になって、知事の話など全く頭に入らないでしょうから、少し時間をおいてもう一度議論をすると話が早いものです。
 パワハラの対応の仕方も、事後的にはセクハラの場合と同じだと思います。やはり加害者になった人間を、いかに地位が高く有能な者であったとしてもそのまま不問に付することなく、少なくとも元のポストから異動させるということは必要だろうと考えています。

 また、パワハラの場合は事前の目配りも重要です。パワハラは、県庁のような職場では必ず複数の目撃者が存在するはずです。これは指導にしてはやり過ぎだとその目撃者が思う場合は、上司に対してもその行為を諫めることが必要でしょうし、それが可能になるような職場の雰囲気を作るということが最高の防止策であると思われます。また、それでも自ら諫言するのがあまりにも恐ろしいと思う職員に対しては、それを訴え出る組織を県庁内部に置いて、その責任者が知事に相談の上、適切な処分を下すことが有益だと考えます。幸い、和歌山県庁は、私が登場するきっかけとなった官製談合による知事の汚職事件をきっかけにして、元副検事さんに来てもらって監察査察監制度を設けていて、この監察査察監に被害者の職員またはその目撃者から訴えが入ると、監察査察監が密かに事実を調べて、これは明らかにパワハラだと思われる場合は私に報告をし、処分を促してくれる制度があり、実際に何度かこのチェック機能が働いたこともありました。また、このような制度があるということが周知されたら、パワハラを働きかねないような職員も大いに用心をするだろうという抑止力になるものと思います。

 セクハラはともかく、パワハラに関しては、官庁にせよ、民間企業、団体にせよ、私のような仕事熱心なトップにはパワハラ予備軍の資格が大いにあります。配慮なく職員を叱責していると、いつ職員が壊れてしまうとも限りません。あるいは、その仕方が余りにも度を越していると、叱られた方の職員や周りの者が外部にその情報をオープンにすることもありましょう。そうなると、トップが世の中の指弾を受けるだけでなく、組織の不名誉でもあります。私もそのことを自覚していて、結構気を使っておりました。言いたいこと、言わなければいけないことは言わなければいけませんが、そして時にはその口調が強くなることがありますけれど、私はいつもその後、叱った人は大丈夫かというアフターケアはしてきたつもりですし、場合によっては少し危ないかなと思った時は、次の機会、あるいは改めて機会を設けてリカバリーショットを放ち、褒めてあげるというようなことをやってきたつもりです。あれだけ厳しく、熱心に和歌山県政をリードしてきたわりには、私の叱責が引き金になって心の病を発症したり、仕事をすることができなくなったような職員は1人も出なかったということを、私は心中密かに誇りに思っております。自分が偉いというのではなくて、職員が私の真意を理解して、叱責にも耐えて頑張ってくれたおかげであるからです。

最近、あちこちでまたセクハラ、パワハラの報道が盛んですので、触発されて書きました。