言わんこっちゃない、トランプ大統領!

 このところ、世界の株式市場は大下落で、世界経済に暗雲が立ち込めています。トランプアメリカ大統領が驚天動地の関税政策を発表したり、実行したりしていることへの世界の経済界の懸念を反映しての結果だというのが世界中のエコノミストの見解だと思います。あんなことをやっていては世界経済もアメリカ経済も無茶苦茶になるぞというのが、何も専門家の意見を聞かなくても、皆が分かる話で、その証拠がまず株式市場に表れてきていると思います。今多くの人からどうなるでしょうねと聞かれるので、心配だから2月25日にこのメッセージに長々と書いておいたのですがとお答えしているのですが、読んでいただいている方ばかりではないので、もう一度ここに転載しようと思います。
 ただ、2月25日時点ではまだ余裕があったので、トランプさんがすぐ口にする『アメリカファースト』から、日本ではなんちゃらファーストというネーミングが流行ったですよねというからかいの部分があるのですが、もうそんなことを言って遊んでいる余裕がないので、その部分を削除することにしました。また、読み返しても、全体があまりにも長い上に、一つ一つの文章がこれまた長すぎるので、ほんの少し手を入れました。タイトルも、「言わんこっちゃない、トランプ大統領!」に改めました。ただ、材料は追加していません。改めてお読みください。

2025年2月25日のメッセージの一部転載

 アメリカのトランプ大統領が就任してから一ヶ月あまり、その間、トランプさんは驚くほどの大量の大統領令にサインして、その内容がものすごいので、世界中がびっくり、大混乱という状況だと思います。トランプさんの主張は、アメリカは、これまで世界中に甘いことばっかり言って、アメリカは他国のツケまで支払わされて大損をしている、アメリカの利益になることだけを追求する政策に大転換すべきだというもので、前回の大統領選挙の時から、トランプさんはこれを「アメリカファースト」と名付けています。
 そのうちでも、
 1.移民、特に不法移民はアメリカにどんどん流入して、アメリカ人の雇用を奪っているのに、これまでの政権、特に民主党政権はこれを野放しにしてきた。これを根絶して、今いる不法移民は出身国に送り返してしまえ。
 2.アメリカの不利益になる不平等な関税などの貿易制度で利益を享受している国があるが、そんなものはすぐさま廃止してしまえ。
 3.貿易相手国のほとんどは、アメリカ品の輸入に対しては高関税をかけ、アメリカはそういう国の輸出品に対して同等の関税をかけていない。すぐに対等の関税率にすべきだ。
 4.中国のようにアメリカに多くの製品を輸出して、アメリカの産業に打撃を負わせつつ、その利益でアメリカの安全保障を脅かす様な存在になろうとしている国もある。直ちに関税をあげて、不当にアメリカ経済を侵害しているのを止めろ。
 5.これまでのアメリカの同盟国の中にはアメリカにコストを払わせ、一方的に同盟の利益だけを享受している国がいる。自国のことは自分で守れ。もっと防衛費を増やして、国際秩序維持のコストを払え。
 6.アメリカの安全保障上、また経済的に重要な拠点であるパナマ運河やグリーンランドはアメリカの支配権を認めよ。
 7.アメリカの経済安全保障上重要な物資である鉄鋼やアルミなどはアメリカ国内での生産を増やすため、輸出国に高関税を課せ。
 8.アメリカの産業を他国が支配することは許さない、貿易相手国はもっとアメリカに投資せよ。アメリカの自動車産業を守るため自動車と自動車部品への関税を25%にする。
 9.アメリカが資金負担して、あるいはその枠組みの中で負担を払って世界全体の秩序維持を果たしている様な国際機関、国際制度からはアメリは直ちに手を引き、脱退する。
 10.地球環境問題などを唱えてアメリカの力をそいでいる輩の主張は間違っているので、それに資する政策は直ちに全廃する。そういったことを実施してきた政府機関は大整理をする。
 11.人種的マイノリティへの優遇、同性愛者の権利擁護、障害者への配慮などDEIを尊重する政策はアメリカの力を阻害するので、そういう制度は全廃し、これまでの間違った措置を元に戻す。
 12.アメリカの防衛力に頼って、アメリカと関係のないところで戦争をしているウクライナへの軍事援助は直ちに止める。ウクライナはさっさとロシアと和解すべきだ。万一ウクライナを助けたければ、これはヨーロッパの問題なので、ヨーロッパ諸国が助ければ良い。ウクライナが米国の援助を頼みたければ、まず、ウクライナのレアーアースをアメリカに寄越せ。
 13.イスラエルとハマスの停戦も早く行うべきだ。ガザはアメリカが統治すればよい。

 ・・・・・とまあこのように次から次へとあっと驚く様な政策を打ち出していて、国際約束は平気で破ると言うし、アメリカも参加していた国際制度上の違反も知ったことかという態度だし、国際経済秩序の維持のために保ってきた制度を根こそぎぶちこわし、自由主義陣営の盟主として同盟国と維持してきた関係も根っこから放擲するようなことをやろうとしているように見えます。これでは、少し前まで日本が国際関係で拠り所にしていた、日本、アメリカなどの「法と秩序が支配する同盟関係」などどこへ行っちゃったという感じです。
 そして、それらを正当化する概念がアメリカファーストなわけです。
 最近は貿易や経済面では、アメリカが世界の貿易経済秩序を自らがそのコストを支払ってまで維持するという要素は希薄になってきていました(むしろ一昔前の日本やドイツがその一端を担ってきたと思います)が、確かに第二次世界大戦から暫くはアメリカの負担でこれが維持されていた面があることは明らかでしょう。アメリカは、WTO体制を作り、FTA(カナダとメキシコを対象とするNAFTAはその代表)やAPECのような地域的枠組みを作り、IMFや世界銀行を作リ、マーシャルプランや欧州復興銀行やガリオアエロア基金のような戦後復興の仕掛けをどんどん作って世界の経済を支えてきました。
 一方、安全保障面ではもっと激しくて、世界の警察官として、最近では世界の秩序形成者として、NATOや日米安保のような様々な枠組みを作って、いわゆる民主主義国の陣営のリーダーとしてずっと振る舞ってきました。最近ではアメリカの経済力も絶対的ではないので、同盟国に応分の、またはかなり苛烈な負担を強いるようになっていますが、もっと力が圧倒的であった一昔前から今に至るまで、この陣営の盟主としても地位は揺るぎませんでした。時々オバマ政権のように情勢分析も決断力も甘くて、南シナ海に中国に軍事的橋頭堡を作り放題にさせた時代もありましたが、それでも陣営の盟主としての地位は揺るがず、それにはアメリカも多大の(または応分の)負担と犠牲も払っていました。
 国内でも、自由貿易の結果、産業構造の変化が起こり、製造業が衰退して、白人の中産階級が職を失い、さらに移民の労働力に職を奪われている中で、移民やマイノリティの人権を守れという社会運動が盛んになり、社会の分断が起きていました。しかし、一方では、アメリカ経済は構造転化を遂げ、GAFAなど世界的に支配力を伸ばした産業も発展して、経済はむしろ世界の中で勝ち組であるのですが、トランプさんは、政策的にはそれを忘れた様に、アメリカファーストを唱えています。
 困ったことだと思います。私はトランプさんが当選したときに、既にこの欄で書きましたが、自分の昔の経験から、アメリカの共和党は民主党に比べると、理論的で、リーズナブルな政策を採ってきたから、口先できれい事を言いつつ特定の国や企業に引きずられて無茶なことを言ってくる民主党政権よりずっとましだと思っていました。その共和党とは言え、日本のマスコミでは人気がなかったトランプさんが、一期目に選んだ閣僚は、昔のレーガン政権の様な印象があって、ヒラリーさんよりよかったのではないかと思うと、私は周りの人に言ました。しかし、その閣僚達もあっという間に辞めてしまい、替わって就任した人達は怪しげで、トランプさんの政策もどんどん怪しげになり、良い格好をして金正恩と妙な妥協をして結局は北朝鮮の行動をどんどんエスカレートさせるなど、ろくでもないことをするなあと思っていました。今回は大統領二回目ですから、かつてのクリントン大統領が二期目は一期目より随分リーズナブルな政策を行うようになったという印象があるものですから、トランプさんも少し地道になるのかなと思っていたら、まったく正反対で一期目と桁の違うようなものすごい政策をやるんだというアナウンスをやり始めました。困ったことです。
 私は、日米関係は特に大事だし、アメリカが世界秩序維持に果たしてきた役割を評価する方の人間であります。我々日本人にとって大事なのは日本の利益ですから、アメリカがそれに通じるような行動をしてくれることを望むものであります。日本の外交も、通商政策もそのために全力を尽くしていかなければならないと思います。しかし、日本のこのような立場を少し措くとして、アメリカ自身の利益を考えてもトランプさんの唱えていることはそれに反する面がいっぱいあると思います。
 すなわち、経済的に考えても、自由貿易は、一方的に自国の利益を阻害するものではありません。理論的に言うと貿易制限などしない方が経済厚生は全体として高まります。というのは、勢いのある産業が伸びて、そうでない産業が衰退するからですが、現実にはある程度影響を緩やかにするような工夫をしながら、衰退する産業に関する調整措置をとっていくというのが普通のやり方です。今回みたいに鉄鋼とアルミは高関税で保護してアメリカ製のものを使わせるのだとやると、鉄鋼とアルミ産業は雇用を守れるかも知れませんが、それを原料として製品を作っている他の産業は無理矢理高コストのアメリカ製品を使わせられるのですから、世界的に競争力を無くします。今度はこういう産業も守らなければなりません。これが出来たとしても、また同じようにその製品を使っている別の産業の競争力がなくなります。さらに言うと、こうやってどんどん高コストになって行くわけで、消費者からすると、価格が高くなって、その分貧乏になるわけです。そうすると、全体の消費も減って景気が悪くなりますから、企業のIT投資なども減ってしまいます。すると経済全体が好調の時に比べると、米国民が金融資産に投資する量が減るし、ITに向かうお金も減ってしまいまして、アメリカ経済の牽引車であった金融産業やIT産業に陰りが出てきます。すなわち、アメリカが損をするわけであります。さらに、アメリカの一方的な措置は他国の報復を当然招きます。そうすると、上記プロセスがもっと深刻なことになるわけです。こういう状況では、トランプさんに救われたと思っていたアメリカの労働者は、もっと深刻な運命に直面するわけであります。
 そうならないように、国際貿易秩序を決めたWTOルールを交渉の結果定めて、望む場合はFTAやAPECなどの取り決めも結んで、皆がそれに従うことによって、上記の不都合を避けようとしていたのに、そんなことは知らんとこれを踏みにじったら、いずれアメリカも、そのほかの国もひどい目に遭うでしょう。どうもトランプさんはそういったことを考えない人のように見えます。もっともそういう理論的な綺麗な理屈だけではすまない特殊な不都合も出てきますから、そこは、今までは関係国が話し合って、全体のシステムを壊さない様にしながら、様々な微修正を加えてきたのですが(私も何度もそういう仕事の末端に参加していました。)、トランプさんはそんなことはお構いなしに、色々好き放題にやりまくっていますから、全体のシステムが壊れそうだし、アメリカや世界が無茶苦茶になりそうで恐ろしいことです。
 私がもっと心配しているのは、安全保障問題です。日本は日米同盟を基軸に、友好国、同盟国との関係を取り結んで、生きています。アメリカも大変な強国であると言っても、実は同じで、様々な国と様々な同盟関係を結んで世界平和の防波堤を作っています。その同盟国はアメリカに守って貰っている要素はもちろんありますが、様々な分野で貢献しており、それをアメリカ一国でやろうとした時に比べておそらく安上がりで、アメリカのコスト削減に役に立っているはずであります。例えば同盟国だから安心して自軍の基地を置けるわけで、これが安心できなくなると、基地のセキュリティに掛けるコストもうんと高くなるでしょう。もっと進んでその国に基地がおけなくなったとすると、これまで同様の安全保障水準を維持しようとすると、もっと後方から兵力を投入しなければなりませんから、今までとは比較にならないコストが掛かるはずであります。さらに進んで、元の基地のあった国が同盟関係から外れて敵対関係になったとすると、この新しい敵対国の脅威に対応するためにまたまた大変なコストをかけなければなりません。したがって、同盟国を切り捨てんばかりの、礼を欠いた対応をするトランプさんは、アメリカにとって大損の行動をしていると言っても過言ではないと思うのであります。「アメリカファースト」どころか「アメリカミッシングアウト」であります。
 トランプさんは、ウクライナのゼレンスキー大統領を非難して、ウクライナが停戦を受け入れるべきだと主張しています。おそらくはアメリカの負担を減らそうと言う意図だと思いますが、このためかどうか、戦争を始めたロシアのプーチン大統領には大いに好意的な物言いです。プーチンさんからすれば、膠着しているウクライナ戦争が終わって、ロシアの占領が既得権化すれば好都合ですから、トランプさんにはゴマはいくら擂っても構いません。トランプさんは戦争を終わらせたのは自分だと言いたいのでしょうが、このような結末は、次の悲劇を必ず生み出します。ヒットラーをつけあがらせたミュンヘン会議の英仏首脳の妥協が第二次世界大戦の伏線になっていることは歴史上の教訓です。世界中の為政者は自己の行為がどういう結果を生むか過去の歴史の中から判断します。ここでプーチンさんに阿って、攻めた者勝ちの歴史を作ったら、アメリカだって無傷ではすみますまい。少なくともその対応にさらに多くのコストが降りかかってくるでしょう。トランプさんは、ロケットボーイといってののしっていた金正恩とかっこよく握手をして見せて、北朝鮮の脅威をなくしたぞと言って功をひけらかせ、彼をつけいらせた結果がどうなったのか今こそ思い出すべきです。
 こういうことを、引退された財界の重鎮にあるところで先日お話ししたところ、「所詮トランプは不動産屋ですから」と仰っていました。なるほど売って儲けてしまえば後は野となれ山となれか、後はどうでも良いというトランプさんのやり方と同じだなあと妙に納得したのですが、後で考えてみると、立派な不動産企業は決してこうではありません。不動産ビジネスも一回限りであるわけはなく、後先を考えたビジネスをして信頼をかち得ていないと、その企業に将来はないということだと思ったのですが。
 今までの私の経験では、アメリカというか、アングロサクソンは総合的な長期的な損得をいつも考えて、戦略を立てて立派にと言うか嫌らしくと言うか行動をしてきたと思うのですが、ついにここへ来て、それが出来なくなってきたかと愕然としています。いつの世でも、今困っている人がいると、それに応えるのが政治行政のつとめでありますが、さはさりながら、政治行政の責任者はつとめを果たしつつ、看過すべき副作用が出ないように、全体が無茶苦茶にならないように上手く配慮するというのが常であり、そうあるべきだと思います。しかし、今のトランプさんのされ様はどう考えてもそんなことを考えていないか、考える頭がないかと言う気がします。私の印象では、アメリカは、どこかでチェック&バランスが働く国で、かつてなら、今のトランプさんがやろうとしていることには多方面から批判が出て、トランプさんもそれに配慮して言動を修正しなければならなくなるという国だったように思いますが、今はどうもそうではなくなったように見えます。トランプさんの支持層に、アメリカの国内と海外の双方にアメリカを食い物にしている奴らがいるという反感があまりにも強くて、アメリカ社会の自浄力、自力矯正力が効かなくなっているのだなと思います。
 アメリカがこんなですから、日本が大変です。トランプさんは安倍元首相のことを敬愛していたので、安倍さんなら少しは心のこもった、しかも効果的なアドバイスをして、世界の経済や、世界の安全保障を守るように努力してくれたのになあと思います。しかし、その安倍さんはもういません。石破首相が安倍さんと同じポジションにつけるとは思えないし、むしろ、トランプさんに嫌われて、日米がとんでもなく疎遠になるのではないかと心配する向きがありましたが、2月8日に行われた首脳会談では、初めの心配よりも遙かに友好的に会談が行われたように見えて、日本のマスコミの報道はほっとしたという感じです。しかし、それは期待値があまりにも低かったからで、石破首相が、トランプさんに、日本にとってどうこうと言うより先に、アメリカファーストを言うのなら、本当にアメリカのためになる経済政策を考えるべきだし、同盟国はアメリカのためにこそ大事にキープしておかなければいけないということを説いてくれたとは思えません。また、拉致被害者の救済も、尖閣諸島の防衛も、日鉄によるUSスティールの買収と経営再建の話もトランプさんに何か決定的なことをコミットして貰ったかというとそうではないような気がして、いささか暗澹とした気分になります。
 おそらくこれからの世の中は、アメリカの傘の下でということが通用しなくなる時代なのでしょう。大変難しい時代を迎えそうです。その時日本において特に心配なのは、きれい事の世界から抜け出せない国日本です。アメリカという絶対的な守護者がいた時には時にアメリカの悪口を言いつつ、その作ったレールの上を走っていればよいという地合でした。しかし、アメリカがあれではそうも言っておられません。ウクライナのように何時切り飛ばされるかも知れません。誰も助けてくれなくなったときにどうやって日本の平和と安全を守るかは冷徹なリアリストの決断がいります。ウクライナが切り飛ばされそうになっているこの事実こそ、日本人がきれい事を言っていればすむ世はもう終わったと気づく時を知らせるものなのかも知れません。とかく言う私も本当にそういう時決断しなければいけないとなったらどうしようという恐ろしい現実にたじろいでいます。