ゾンビ企業と創業

 このところ日本経済も観光が復活したり、大企業を中心にして賃上げが少しは進んだり、大きく言うとコロナの時代からは少し回復の動きが見られるようです。一方、コロナの時代は異常な時代ですから、急激な需要減から企業をとりあえず守るために、政府をあげて金融支援を行ったので、倒産を免れた企業がいっぱいいたと思います。ところが金融支援はお金の貸し借りですから、借りたものは返さなければなりません。この返済をどうしようかと考えている企業がいっぱいいると思います。これまでも、最近で言うとリーマンショックの時のように大きな不況が来たときは、政府が救済資金を出して、その返還の時期になると、償還が上手く進むか、逆に企業の資金繰りがショートしてばたばたと企業が潰れることはないかと心配する事態が起きました。事実現在もそういう時期なのかも知れません。東京商工リサーチの休廃業・解散・倒産件数年次推移によれば、2023年の退出企業は58478件と前年比4.3%増、コロナショックが起きた2020年を越え、過去最多となっていますが、中でもその内訳では、休廃業・解散企業が前年比微増であったのに対し、企業倒産は8690件と前年比35.1%と大幅増になっていて、いささか心配な状況です。通常こういう時起こるのが、何らかの追加措置をして、一度救った企業の命をもう一度救おうという議論です。一方そういう時には、そんなに企業救済ばかりしていては、本来死んでいくべき企業を生き残らせてしまうので、財政の負担のみならず、経済全体の生産性にも悪影響を及ぼすから、返済も出来ない企業はどんどん潰れて貰ったらよいと言う議論が起こります。本来潰れるべきなのに何らかの延命策で生き残っている企業を「ゾンビ企業」と言って、改革派のエコノミストなどは目の敵にします。もっとも、コロナショックのような大変なときには、この手の議論はなりを潜めていて、全体の危機が去ったときに一気に吹き出すのです。考えて見れば、コロナショックのような時も、後々返却も出来ないと思われる企業にはそんなに甘い条件で貸し出して救済してはいけないと言う人がいてもおかしくないのですが、世の中がコロナショックにおびえていたり、リーマンショックによる大不況に苦しんでいるような時にはその手の議論は出てきません。構造改革を進めようという動きの中では、そのようなゾンビ企業を退治することが至上命題のような議論がよくされます。そういう時は、古くてそんなに高収益でない企業を皆ゾンビ企業として一括りにする傾向があるように感じます。私は、へそ曲がりですから、この種の議論には少し違和感があります。本来どんな企業でも収入があり、支出があり、利益を上げないと存続できないわけですから、古くて昔風の経営をしている企業も現に生きていると言うことは生きられるだけの理由があると言うことだと思っています。また私は、企業を今の形にあらしめるためには組織化コストというのが馬鹿にならないと感じるので、まずどんどんつぶせという議論には反対です。ただし、何らかの人為的な政策や非経済的な制度によって本来死ぬべき企業が生き残ってしまうということがありますから、そのような政策の発動はごく慎重に、そしてそのような制度は改めていくべきでしょうが。
私が経済産業省で製造産業局次長をしていたとき、世の中は大変な不況で、軒並み企業が経営危機を迎えていました。折しも銀行は財務体質の改善によって自らの生き残りを図ることに必死であった時期でしたから、不採算な取引企業から「貸しはがし」をして、自らのバランスシートを綺麗にしようとしていたのですが、そのあおりを食って、倒産してしまうのではないかと言う企業が続出していました。そういう心配があると言われた企業の株価はものすごく下がって、世の中が騒然としていました。そこで語られていたのがゾンビ企業退治論です。私は、先述のように、存在しているものは何かしら価値があり、一度つぶしてしまうと再生産をしようとしたらえらいコストがかかると思っていましたから、企業からヒアリングをして再生への目論見を語っていただきつつ、銀行周りをして、頭取などにお会いして○○企業はどうなさるおつもりですかと、意見交換をしていました。銀行の首脳もほとんどの企業は支えていきたいと言っておられましたが、実際にそのようになり、各企業はその後様々な再生への道を辿ってその企業内容は皆様変わりになっています。(その時不採算企業は潰すのだと言っておられた方が一人だけ某銀行の副頭取にいらっしゃったのですが、その方は後に自行の粉飾決算のかどで逮捕されました。)

 ただし、私は何が何でも今ある企業を残せと言っているわけではありません。ゾンビ企業を生まないように、普通の経済環境の元ではことさら企業の延命のための措置や制度の追加をすべきではないと言うことは当然だと思います。そうすれば、意識してつぶしてしまおうとしなくても、経営者や会社の関係者がもうこれは駄目だと思ったら無理に延命を図ることなく撤退していくのではないかと思います。その時にやり過ぎの延命インセンティブをちらつかせなければ経営者は合理的な判断をするはずです。

 そして、もう一つは、当該業種であれ、他の業種であれ、広く新規参入が起こることが大事だと思います。何らかのイノベーションを持って、新規参入企業が市場に参入しますと、誰かが邪魔をしない限り、より効率の悪い企業は競争に負けていずれ撤退していきます。さらに、同一業種でなくても、創業によって市場環境が変わったら、古い企業が頼りにしていた人々の需要が縮小するかも知れません。また、そういう新しい企業が発展して労働力や土地の需要を生むと、古い企業はそれらによるコスト上昇に耐えられなくなって、自然に撤退していくかも知れません。
 したがって、ゾンビ企業の絶滅だとことさら騒がなくても、無理矢理存続させる効果のある人為的政策さえ打たなければ、古い体質の企業は自然に効率のよい新しい企業に取って代わられていくのではないでしょうか。ひょっとしたら、世の識者がゾンビだと蔑んでいる古い企業の中から、イノベーションが起こり、新しい発展をするかも知れません。今ある企業は皆かなり古い歴史を持っています。その中には長く継承されてきた様々な技術やノウハウを持っている企業も有ると思います。それをゾンビ企業などと言うどうも定義困難なレッテル張りをして、新進気鋭の企業以外生きる道はないのだという幻想を振りまきすぎると、企業の構成員が意気阻喪して、出るべきイノベーションも出てこなくなる恐れもあります。
 そうは言っても、創業や開業にどれほどのマグニチュードがあるかと言うことが次に問題です。近年まで、世に言われていた定説は、日本ではずっと開業率が廃業率を下回っていて、シリコンバレーのように若い人が大学やエンジェルと組んでどんどん創業していく地合にはないのだと言うことでした。しかし、最近の統計を見ていますと、どうもそうでもないようなのです。2023年版中小企業白書を見ますと、2021年度の全国の開業率と廃業率は、開業率4.4%に対して廃業率3.3%で、開業率の方が上回っています。東京など元気がよいところで開業が盛んだから、それに引きずられているのではないかと思いがちですが、データはそうではありません。東京は開業率5.0%、廃業率3.1%で、平均とそう違わず、地方の県も含めてかなり多くの県で開業率が廃業率を上回っています。ちなみにどうも開業、創業の勢いがないと思って、精一杯創業支援政策を展開していた和歌山県でも、開業率3.4%、廃業率2.8%と開業率の方が上回っています。少し昔に作った廃業率の方が開業率を上回るデータを示して、「これが和歌山の欠点の一つです。どんどん創業が行われるように官民で力を合わせて頑張りましょう」と言って県民の皆さんをアジッていたことが少し恥ずかしくなります。ひょっとしたら、その政策の効果がこのデータに反映されているのかも知れませんが。

 最近知事を辞めてからまた新しい知り合いが出来ました。若い人も大勢います。その中には驚くべき比率で創業をしましたという学生さんや同じくらい若い人がいます。中には、ちょっと時流に乗ってやってみたかなという程度の人もいますが、結構業績を上げている人もいます。そういう人からお話を聞いたり、励ましたりしていますが、これはすごいなと自分の若い時と比較してつくづく感心をします。私の若い頃の学生は終身雇用を前提として出来るだけ自分にとって望ましい企業や官庁やどこかの研究室に入ると言うことしか考えていませんでした。そうして入った組織で鍛えられて一人前になって行くわけですが、組織が仕込んでくれるのですからある意味楽ちんで、色んな意味で人間としてプレマチュアーでも初めは何とかなります。
 少し経つと、最近の優秀な若い人の就職先が変わったんだよと聞かされました。有力官庁や一流企業に就職する人は二流で、最優等生は外資系の金融機関やコンサルタント会社に就職すると言うのです。その方が若いときから広くて大きな仕事を色々やらせてもらえるので、成熟する速度が速く、そうして色々覚えてから、独立したり、他社に移ってキャリアアップを図るのだそうです。しかし、この場合も若い人を仕込んでくれるのは外資系企業という組織です。仕込み方が変わっただけで、人に仕込まれることは変わりがありません。ただ、終身雇用モデルとは少し違って、途中で自分自身で飛び出す判断をしなければならないと言うところが付け加わっています。
 この頃はまた世の中が変わって創業です。この場合は仕事を始めるときから自分で何から何まで考えなければなりません。もっと大変なのはその考えて行動したことに責任を持たなければならないことです。でもそうやって挑戦する若者が増えたことは喜ぶべきことです。縁あって知り合った東京大学の大学生や大学院生には学校で学びながらビジネスを頑張っている人もいます。和歌山で知り合った若い人は二人とも大学に行っていません。すなわち高卒です。一人は父親のビジネスを別な形に発展させました。第2創業と言うべきでしょうか。一人はアルバイトをしながらお掃除のボランティア組織を主宰していますが、最近創業をし、万博の関係業務に食い込むことに成功したのだそうです。自分で考えて、自分でリスクを取って、多くの人を巻き込んで活動を続けていくと言う素晴らしい人生を歩み始めていると思います。しかも、これらの人は先を見つめています。いずれ、自分の知識や教養や人脈が行き詰まる、だから働きながら、もう一度アカデミズムの世界にも足を踏み入れてみようと。東大生が学びながら事業も展開しているというのと同じです。
 こういう人がわんさか出てきて、百花繚乱の日本になれば、ゾンビ企業などは生きている余地がなくなり、活力に富む日本経済がまた蘇ってくるでしょう。考えて見れば、日本は戦後の焼け野原の中から自らリスクを冒して創業や第2創業をした人達がいっぱい出て、中には失敗して忘れ去られた人もいるでしょうが、成功した人がいっぱい出て、無敵の日本経済を作り上げました。和歌山の経済人もそのように一代でビジネスを立ち上げた人がまだお元気で沢山活躍しています。その後、日本経済は停滞していますが、日本人は、危機になって何くそと思ったときは大いに力を発揮します。多くの若い創業者が大暴れして、それに刺激された大企業の若い人もまた、社内の新機軸を発展させて・・というようになることを祈ります。このため、我が身はだいぶん歳を取りましたが、新しく知り合いになった若い人達を勇気づけるように、東京でも和歌山で活動し、特に和歌山では、和歌山研究会を拠点に、すぐれた先達をお呼びして若い人達にも第一線の知識を提供していきたいと思います。