私は、和歌山県知事を退職してから、和歌山研究会という社団法人を作って、月1回の講演会型の勉強会を中心に、和歌山県の方々に知的貢献をしようとしています。勉強会には、各方面の一流の講師が来てくださって、主催者の私が言うのも変ですが、なかなか立派な勉強会だと思います。お忙しいところを、わざわざ和歌山まで来てくださって、お話しくださった講師の方々に心からお礼を申し上げたいと思います。5月18日の勉強会では、花王株式会社の社長、会長をお務めになり、現在特別顧問でいらっしゃる澤田道隆さんに来ていただいて、表記のタイトルすなわち「変化の時代を乗り切る『本質思考』」というタイトルでお話をいただきました。澤田さんは、いつまでも変わらない会社であり続けるためには変わらないといけないと言われて、「sustainability=変化」だというふうに考えようと言われました。そのための要素は三つあって、①本質を求めるブレない思考と、②理念・戦略を考える経営デザイン、さらに③メンバーに共感を持ってもらうためのメッセージの発出だと言われました。いずれも、その内容について詳しくお話いただいたのですが、その中で、特にメッセージという点で大変面白いお話がありましたので、私が司会をやりながらお聞きして自分で考えたことを、以下申し上げたいと思います。
澤田さんは、社長就任早々、これまで役員会の前に行われていた社長説明を廃止したそうです。役員会で案件を通してもらうために、社長には事前に根回しの意味で説明をすると言うことだそうですが、澤田さんは、ぶっつけ本番の方がはるかに実質的な議論ができると考えて、廃止をされたそうです。素晴らしいことだと思いました。企業を含めて、大きな組織では、とかく物事の進め方が形式的になりがちだと思いますが、澤田さんのお考えは形式を廃して実質、あるいは本質で議論しようということで、大変共感を覚えます。私が和歌山県知事であった頃のことを思い出しながらそう思いました。
和歌山県では、役員会に匹敵するような意思決定機関はありませんけれど、部長会議と称する週1回の連絡会議はあります。せっかくみんなが集まるのですから、実質的に役に立つものにしようと私は思いました。大事なことは、情報の共有によってメンバーの意思統一をすることです。そこで、私は、みんなに自分が考えていることをざっくばらんにお話しすることにしました。それも、県の政策をああしよう、こうしようだけではなくて、なぜその政策が必要とされるのかについての理屈をできるだけ述べるようにしていました。また、みんなが黙って人の話を聞くだけだと面白くないと思って、議題登録をしていなことでも、考えていることを何でも喋れと言うことにしました。反省を込めて言えば、それほど白熱した議論があったわけではありませんが、形式的な議題を通すだけと言うよりは、幹部の皆さんの意思統一には役に立ったかなと思います。
同じように形式を廃すという意味で、もっと根本的に変えたのは防災などの訓練の方法です。和歌山県は災害多発県ですし、防災訓練はとても重要です。従来は、大きな運動場を借りて片側に大きなテントを張り、テントの中に関係者一同がいわば観客として座って、その前で防災に関係する各部局の精鋭がそれぞれ得意とする技を見せるというのが和歌山県のやり方でした。和歌山県と言いましたが、およそ全国においても、100%近い防災訓練は、このように行われているのではないかと思います。私に言わせると、これは一種の見世物で、実際の災害時には、一つ一つの技量はもちろん役に立つけれど、関係者がこのように一堂に会するようなことなどありえないし、大事なそれぞれの関係者間の連絡が全く訓練の対象になっていないなど、実は役に立たないものであると言う風に思いました。したがって、防災訓練は、もっとぶっつけ本番でやろうというふうに思いまして、運動場テント方式の訓練は廃止いたしました。実際の災害の時にどういうふうな形になるかというと、私のような県知事や各部局の責任者やリエゾンは災害対策本部に集まって、そこから現場と連絡を取りながら、また互いに相談もしながら、必要な指令を出すと言うことになると思いますから、私は、そのような実際の形にしようよと提案をしたわけです。県の災害訓練は国や関係機関とも共同で行う事が多いものですから、そのような機関の方は今までのやり方に慣れていると思いますので、このような新しい方式については抵抗があったのではないかと思いますが、快く協力をしてくれてありがたいことだと思っています。
もう一つの問題は、災害は、あらかじめ決められた時間になど発生することはないということです。県庁の幹部や関係機関のリエゾンは、実際に災害が起こった時には県の災害対策本部に参集することにしていますが、それがスムーズに行われるかどうかについては、和歌山県はちょっと面白い試みをしてみました。それは災害が起こる想定の日にちだけはあらかじめ決めて全員に周知をしておいて、実際の災害の発生時刻は、防災関連部局の一人の人間が何時何分と決めて、そこから連絡をし始め、それを聞いた関係者が参集するに要する時間がどのくらいかかるかを試す訓練を行ったわけです。これは私も例外ではなくて、知事公舎に、「ただいまこれこれの災害が発生しました。」という連絡が入ると、知事公舎に備え付けている自転車に乗って県庁の災害対策本部に大慌てで駆けつけるわけです。災害が発生した時に公用車を呼んでいる暇はないし、おそらく大渋滞になっているだろうと想定して考え出した方法です。また、集まったメンバーに対しては、私から、その者が把握しておかなければいけないと思われる情報を皆の前で開示しろという命令を致します。その者は自分で想定した自らの所管に関する状況をその場で開示する役割を演じるわけですが、必要な部分のチェックがされていないと私が思った時は、「あれはどうなってるんだ」というような質問をアドリブでビシバシといたします。こうやって、頭の訓練をしておくことが、実際に災害が起こった時にきっと役に立つと思ったからです。
また澤田さんは、この役員会前の事前社長説明を廃止したことによって空いた時間を有効に活用して、社内の各部門の人々とフリーディスカッションをガンガンやることにしたそうです。澤田さんは、会社の人々が皆、会社の進むべき道を理解して、それに沿ってそれぞれが最善を尽くすとが大事だというお考えでしたが、そのために、たくさんの努力をしておられたそうです。一番初めに、ご紹介した、大事な3つの要素のうちのメッセージの発出です。社長の説示を必要に応じて出すほかに、同じく社長のブログで、自分が考えていることを短く書いて、全社員に読んでもらい、社長が考えていることを理解してもらうように一生懸命や努力されたそうですが、このフリーディスカッションは、説示とブログで示そうとしていた澤田さんの意図がどのぐらい会社のメンバーに伝わっているかを理解する上でとても有用であったと言っておられました。
ここでまた、私自身の反省も含めて申し上げますと、私も自分が考えている和歌山県の進むべき方向やその理念、望ましい政策の在り方などについて、全県庁職員が理解をしていて初めて県庁はいい仕事ができると信じていましたので、澤田さんの説示とブログに匹敵するようなことは結構熱心にやっていました。知事の訓示というのを行う機会もありますから、そこでは、ただの挨拶ではなくて、自分が考えていることを実質本位で心を込めて述べていました。また、それだけはなかなか理解してもらえないだろうと思って、県庁内のLANで、職員向けの知事メッセージを折に触れ書いていました。澤田さんと違うところは、短くズバッと意思を伝えることの才能がないので、結構長文のメッセージを書いていたことです。
ただそれでも、県庁の職員に自分が考えていることを理解してもらっていないということを発見することが結構ありました。普段からも、私は自分でもくどいなと思いながらも、職員に結論を指示するだけではなく、その根拠や理屈を時間をかけて説明していたつもりでした。したがって、あれだけ言ったのだから、よく分かって、ちゃんとやってくれるだろうと思っていたのですが、職員が全く違ったことをやったり、何もしなかったりということがたまにあって、その時は本当に激怒しました。なんで激怒したかというと、その職員が面従腹背をして、私の前ではいい顔をしながら、実はそれを誠実に執行しようとはしていなかったと思ったからです。言わば裏切られたような気持ちでした。しかし、少し時間をかけて取材をして行きますと、実はその職員は私がくどくどと説明したことが実は分かっていなかったということが真実でありました。分かっていないということが分かれば、分かるように説明をし直すとか、別の方法があったのですが、それが分からなかったのです。しかし、ここでもし私が澤田さんのように各部門の人たちとフリーディスカッションを折に触れてやっていれば、いずれかの職員や部局が私の意図を分かっていないということが事前に発見されたと思うわけであります。さすが澤田さん、さすが花王と思うとともに、このように時間を空けてフリーディスカッションを職員としていれば、もっといい知事になれたのになあと、深く深く反省を致しました。
ちなみに和歌山県にとって、花王株式会社は極めて大事な存在です。全体としても、花王株式会社は極めてエクセレントなカンパニーでありますが、その中でも和歌山工場の位置づけは大変高いところにあります。主力製品のトイレタリーを作っている中心工場であるとともに、その分野の研究開発や、そのもっと前にある基礎研究(本質研究と澤田さんは言っておられますが。)の根拠地でもあります。澤田さんも、和歌山にお家を構えておられます。そんな花王に和歌山県民はもっと感謝の気持ちを持たなければいけないと思います。私は、このような感謝の意を示すために、(これは個人的にでありまして、職員には強制してはいませんでしたが。)我が家では、トイレタリー商品はすべて花王のものを使用しております。
もうひとつ、花王株式会社について言えば、もう一つ素晴らしいことがあります。花王では、どんなに素晴らしい仕事をした実力者の社長でも、社長退任後は、いわゆる院政を敷くことなく、後進に完全に道を譲るということを私は昔から存じています。社長を退いた後は、ごく短期間は会長になるけれど、会長を引かれた後は特別な優遇は全くないということであります。歴代の立派な社長は皆そうされてきたし、かくも素晴らしい澤田さんも会長を引かれて現在は特別顧問ですが、それは会社の外で公職をされるための便宜的なものだそうで、なんと花王からは無給でいらっしゃるとお聞きして驚きました。世間では、よく実力者の社長が社長退任後も会社の意思決定を左右し、中にはそれが嵩じて会社の業績を下げたり、不祥事を起こしたりするような例が時々報じられますが、世界のエクセレントカンパニー花王株式会社は、そのようなこととはまったく無縁の世界の中で、今の地位を維持し続けているということを、私は申し上げておきたいと思います。
澤田さんありがとうございました。