すばらしいリーダー 帝京大学ラグビー部 岩出雅之監督

 大学ラグビーの日本一はこのところずっと帝京大学で、もう9連覇を達成したのですが、この帝京大学ラグビー部を常勝集団に仕立て上げて、見守っているのが岩出雅之監督であります。岩出さんは、和歌山県の新宮市出身で、新宮高校→日体大とラグビーに親しみ、滋賀県の八幡工業高校のラグビー部監督を経て、そう強くなかった頃の帝京大学ラグビー部の監督に就任、2009年度から今日に至るまでずっと帝京大学が日本一に輝き続ける土台を作った人であります。我々が学校の体育会というと、すぐスパルタ教育、練習に明け暮れる毎日、特訓に次ぐ特訓、鉄の伝統といったイメージを連想しますが、岩出さんの手法はまったく逆で、選手が自ら考えて、自らを強くしていく方法を追求し、それを育て、見守り続けてきたのでありまして、私はテレビ和歌山の「きのくに21」(平成26年7月27日放送)の対談で、それをお聞きして、腰を抜かさんばかりにびっくりしたものでした。

 世の中では、日本大学のアメリカンフットボール部の選手が監督とコーチの指示のまま、相手の選手を故意に傷付けるようなタックルをしたことが大いに話題になり、監督を中心とする命令には絶対服従といった部の文化が批判に晒されている中で、それとは好対照の方法で、見事な成果を挙げている岩出監督の考えがとりわけ注目されるべきであると私は思います。と同時に、このような立派な人を当県から輩出したことに誇りを感じます。

 和歌山県では、青少年を健全に育成しようと、青少年育成協会という組織が篤実な有志の皆さんによって結成されており、知事である私が慣例、伝統により会長に任じられています。私は名だけのトップの地位は、どんどん他の方々に譲ったのですが、この会をはじめ、どうしても県の行政として力を入れる必要があるものは会長として精一杯良い活動をしようと努力をしています。
 その青少年育成協会の総会が6月16日和歌山市で開かれ、その後の講演会で岩出さんに青少年育成の話をしてもらいました。始めは、総会に出席する会員の方々へのサービスとして企画しましたが、一般参加を認めているもので、ラグビー部などの高校生も大挙押しかける講演会となりました。大人向けにしゃべる内容を考えておられた岩出さんには子供達のことも考えて話をしてもらう羽目に追いやって、大変ご迷惑をかけましたが、やはり立派なお話をして下さいました。

 岩出さんは、「人は他人からは変えられない」と言います。チームが強くなるため、個々の選手に強くなり成長して欲しいと思っても、指導者の命令や指示ではそうはできないということでしょう。個々の選手がそうなろうと思わなければならないし、どうすればそれが可能か自分で考えなければならない。「どうしたらいいでしょう」という指示待ち人間だとどうしても不可能だというわけです。
 そのために、帝京大学ではチームの雑用などは上級生がやることになっているそうで、およそ世の常識とは逆でびっくりしてしまいます。これは、下級生はまだ自分がどうしたらよいかよく分かっていないから、自分のことに集中させ、自ら気付く、自ら工夫する、自ら解を発見させるのだということなのだそうです。

 もう一つびっくりしたことは、チームが常勝軍団になって何連覇かを達成した時、インタビューを受けたキャプテンが、ここまで来るのに楽しいことも辛い事もあったが、それを乗り越えてきたといった発言をしたのに対し、監督である岩出さんは、自分はチーム作りでまだまだ至らないと反省をしたということです。岩出さんに言わせると、辛いと思っているうちは本物でない。努力が楽しいと思えるようにならないと駄目だというのです。楽しむ力を付けないと本物にならないというわけです。これもまた深い言葉だと思います。
そういうチームを作るには、「トップが変わらなければならない。」人の力は「変わり続けられるかどうかだ」と岩出さんは言います。参ったという言葉です。

 岩出さんのお話を聞いて、我が身を振り返ってみました。私は和歌山県民の幸せを追求するのに一生懸命、何とか県政を挽回してやるぞと思ってやってきましたが、そのためには県政の方向を、かなり細かいことまで、これが良いと指示をして引っ張ってきました。いわゆる上意下達をいっぱいやりました。その結果自分で言うのもおかしいのですが、様々な点で県政が変革したと思います。県職員についても、最近は色々な所で賞讃を寄せられることが多くあります。本当は、あんまり始めからグイグイやると職員などに嫌われるから、少なくとも一期目は回りの様子を見て、二期目くらいからカラーを出していけば良いのではないかと心配してくれる人に言われていましたが、聞きませんでした。始めからグイグイやったのです。それは、自分のことを嫌われるのが嫌で、分かっているのに手を付けないというのは県政を預かった者の使命感に反すると思ったからです。それでまずは成果を上げたと思いますが、これは心配だと思い始めているのです。
 それは、時々ですが、職員が自分でこうしたいと言って了解を取りに来るのではなく、始めからかくかくの案件はいかが取り計らいましょうと答を聞きに来るのを発見するようになったからです。一応私がこうしろと指示を出す時は、自分でもくどいと思うほどその根拠、理由などを説明するのですが、やはり、それでは考える力は十分身につきません。私もそうでしたが、若手の時からどんどん自分で考えて、提案して、上司の批判や叱責を得て、経験を積んでいかなければいけません。始めから指示待ち人間では成長をいたしません。その個人が成長しないだけではなく組織の力も涵養されません。仮に私がいなくなったら、和歌山県はどうなるのでありましょう。そこで最近は、意識して、職員に考えさせるように色々と工夫をしています。わざと答を言わないで、君ならどうすると考えさせるように努力しています。ただ、中々うまくいきません。帝京大学のような徹底した人の育て方ができていないなあと思っている今日この頃です。

 もう一つ楽しく仕事をするということも大変大事な目標です。多分、共通の目標、問題意識なり使命感を持ち自分で考えて、提案をした案が採用されて、それが県の施策として実現していけば、そのプロセスを含めて楽しく仕事をしていると思えるのではないでしょうか。今、働き方改革という言葉が氾濫しています。ただし、大方は、働く時間を短くしようということばかりが強調されます。それも本当に大事なことですが、さらに楽しく仕事をできるようにするにはどうしたらよいか一層の考察も必要であると思っています。

 全てはまだまだ岩出監督に遠く及びません。
 岩出さんが講演の最後に大略次のように言ってくれました。「自分は和歌山の新宮で生まれ、育って幸せであった。あんなきれいな空ときれいな海はどこにもない。そういう所で若い頃を過ごせた。また、新宮高校でラグビーをできて幸せであった。厳しい指導者にも恵まれなかったが、そのかわり自分達で考え、工夫して県内では優勝できた。人に教わってただ従うだけでなく、自分で考えて努力することが大事という私の考えの原点ができた。ありがたいことです。」