参謀肩章

 私が昔いた通商産業省は、中々変わったところで、上級職(今の総合職)で入省した人は、昇進も早い代わりに、自分が属する課とか局の組織のことは、全部責任を負え、人のせいにするなというモラルでありました。中央官庁の仕事は、定型的なものは少なく、何かしらの世間の変化に応じて、日本としてどう対応するか、その都度その都度の行動が問われます。課を例にとると、たくさんの業務を少ないスタッフで分割して、担当していて、その中には、制度ができていて、きっちり処理をしなければいけない仕事もあり、スタッフはそちらに多く向けられています。そのため、全体の舞台回しや新しい事態に対応するために「総括班」といった何でも屋が少数いて、課長の下に総括班長や総括係長それに係員の若手がせいぜい一人配置されているのが通例でした。上級職の人は、大体この総括班長や総括係長に配置されるのですが、課に降りかかってくるさまざまな行政ニーズは他の担当には降り飛ばせませんから、このほんの少数の者で対応することになり、いつも夜遅くまで仕事をしているということになるのです。組織論として考えると、スタッフ全員を効率的に使えていないという意味で、通産省は欠陥職場なのですが、全部お前の責任、自分で考えて、自分で世の中を動かせ、人のせいにするなという雰囲気の中で育てられる(こき使われる)という意味で、人間の訓練という点では意味があったのかなとも思います。

 もう一つの特色は、その責任は自分のまたは自分の課の所掌に限らないということであります。何か案件があった時、それは自分の仕事ではありません、とだけ言っていると叱責をされてしまいます。「それでは誰がそれをやるんだ。誰もやる人がいないからと言ってほっといていいのか。」というわけです。考えてみれば、中央官庁も色々あって、日本の行政を分掌しているのですが、複数の官庁にまたがるものもあるし、どこの仕事なのかよくわからない新しいものも生じます。それに、明らかにほかの官庁の仕事であるとわかっていても、そのやり方が時代に合わなくなったり、別の官庁の政策目標の達成を邪魔していると考えられる場合があります。そういう時は、「黙っていてはいけない。そもそも日本のためには、こうしなければいけない。」というのがモラルだというのが通産省に流れていた思想です。通産省は経済、産業を所管していて、それらの発展によって、国民の国富を増し、国民生活を豊かにするというのがミッションですが、ある省庁の所掌している法制度が合理的理由もなく産業の発展や経済の成長を妨げているとしたら、他省の仕事といっても意見を言って改善できないか議論をしに行くのが当たり前、むしろ我々の使命だという雰囲気でした。そのため、他省からは「通産省=インベーダー」と言って嫌がられていました。考えてみると、縦割り行政の弊害で言われていることと180度反対です。

 そういう雰囲気の中でへとへとになって働きながらも、少し甘い対応をしていると、よく先輩に叱られるのですが、その時の言葉が「君たちは参謀肩章をつけているのだから」です。参謀は旧軍隊用語で、組織の各部署にいて長たる指揮官を助け、軍略、作戦、軍政のあらゆることを企画立案し、関係者と調整し、命令し、実行するという任にあるスタッフのことです。今は一般用語化して、誰かのアドバイザーという意味になっていますが、軍隊はこの言葉が好きなようで、陸軍の軍令トップは参謀総長と呼ばれるのです。ビスマルクの時の有名なモルトケなどがそうであります。

 この言葉は「君たちは通産省の頭脳であり、力であり、リーダーなんだからそのつもりで頑張れ」という意味だと思います。そう言われて私なんかはブラック企業中のブラック企業通産省でほとんど乗せられて頑張ってきたのですが、今から考えると矜持が過ぎて世の中に対してアロガントな物の見方をしていたかもしれないし、少数の上級職の人ばかりがいきがって無茶苦茶働いて、全体の有能な職員の力を動員できていなかったというきらいはあります。事実、旧軍の参謀の中には、自尊心とおごりと狭量な視野で強引な戦争指導をして、結局は日本を敗戦という奈落の底にひきずりこんだ人もいっぱいいます。功罪相半ばするということでしょう。

 翻って県庁を見ると、中央官庁のような身分割がなく、特定の人だけがいきがって働いて、他の人は限定的な責任を果たせばよいという制度ではなく、全員が懸命に働けば、必ず全員に達成感があるという組織です。職員は能力も高く、知事に就任してすぐ私はこれは期待が持てるぞと思いました。ただし、通産省とは逆で、インベーダー的体質があまりなく、逆にそれゆえ縦割り行政的になりやすく、県民をこう幸せにしようという政策目標より政策手段を重視するきらいもありました。それに割合遠慮するところがあって、「とても私なんか」と大事な局面は出番も意思決定も上司に丸投げして譲るところがありました。自らはそこからの指示を待つ、指示待ち人間になっている訳であります。私は、せっかくの能力がこれでは生きないと考え、様々な働きかけと工夫をして、県庁職員全員が自ら考えて、議論をして、最も有効な政策手段を見つけて実行するという方向へどんどん誘導しようとしてきました。また、広い世界での経験とか研修とかも考え、語学、法令実務など様々な高い能力を持つ人がたくさん育ってきています。したがって、県庁に入ってきて、頑張って働いている若手職員に責ではなく期待を込めて言いたいと思います。「君たちは参謀肩章をさげている者なのだから」と。