将来の東京都のために

 7月7日の東京都知事選挙が終わりまして、現職の小池百合子さんが3選されました。その時、対抗馬の蓮舫さんがかねてから問題になっている、古木の伐採を伴う神宮外苑の再開発について、知事選挙の争点にすると言い、小池さんは今中身を検討しているから争点にはならないと言いました。小池さんに賛成です。でも、古木の伐採を伴う再開発に賛成だからではありません。反対だからであります。これが争点になってしまうと、どうせ小池さんが勝って蓮舫さんは負けるから、古木伐採賛成が民意のようになってしまうからであります。

 日本全体では、今東京一極集中の是正が大いに唱えられていますが、その割にはなかなか東京一極集中、もう少し言うと大都市への人口集中が歯止めのかからない状態です。私も、この間まで和歌山県知事でしたから、この問題には大いに悩まされました。産業構造の変換や若者の野心や性向を考えると、なかなかこれに棹を差すのは難しいのですが、和歌山県では、労働環境、住環境に関する若者やその家族の誤解を正したり、田舎暮らしを鉦や太鼓で宣伝したり、産業誘致やインフラ整備に努めたりと様々な努力をする一方、制度的に東京、ないしは大都市が有利になるような制度の問題を指摘し、その是正に努めて参りました。しかし、東京への人口集中は止まりません。
 ここでは東京自身の将来と言うことから考えて、議論を進めたいと思います。

 私は東京はなかなか魅力ある街だと思っています。中心地にはなかなか魅力的な盛り場(ちょっと表現が古いか)があるし、住宅地は、都心の近代日本の伝統がにじみ出ているような住宅地や、盛り場近くに建った高層アパートや、郊外に向けて放射状に伸びる鉄道の駅の回りにあって、そういう駅前はミニダウンタウンになっていますから、付近の住民が買い物に言ったり、レストランや飲み屋に行くのもまあまあ便利です。都心や郊外の中心地にある高層アパートはある程度スペースを空けて建っていて、そのスペースには人工的ではありますが緑もあしらわれています。また、一戸建ての住宅には少し緑が残っているような庭があって、古くからある住宅地にある広い住宅の庭はその景観上公園の機能の一部を果たしている観があります。あまり遠いと体に応えますが、郊外の住宅地から都心や郊外の中心地に通うには鉄道その他の公共交通網が発達しているので、便利です。それに、これが言いたいのですが、東京は都心部も、郊外も緑が結構豊かで、この緑豊かなという印象がこれほどの大都会の割には強いものがあります。広大な皇居や明治神宮などを除いても、至る所にうっそうと繁った森があり、しかも丘があり、谷があります。中心部も郊外の住宅地も緑が意外と豊かで、環境がよく守られているという感じなのです。大阪や京都の都心部に比べると、いや福岡や名古屋の中心部に比べても東京の緑の豊かさは際立っていると私は思います。したがって、海外の人が東京に来たら、綺麗で自然豊かな街だなあと思って大いに気に入ると思います。外国人の不動産需要が高くなるはずであります。
 どうしてこうなったかという点については、私は東京特有の歴史のしからしめるところだと思います。誰かが書いた本に、江戸時代の東京都心部の70%ぐらいは大名屋敷か神社仏閣だったと書かれていたのですが、明治新政府が首都を東京に置いた時東京にはこのような大名屋敷のような立派なお屋敷はあったが、その割には人はちょっぴりしか住んでいなかったというところが至る所にあったと思います。また、太田道灌の治績からも窺われるように、東京は低層湿地と武蔵野台地から伸びた丘からなるところで、その中に大名屋敷の配置などかなり人工的にお上が都市を作り上げた所と言ってもいいでしょう。古くから平地に自然発生的に形成された大阪のような街や、初めは計画的に作られた街であったものの長い歴史の中で町中に家が建て込んだ京都のような街とは本質的に違うと思います。
 しかしそんな東京も、今大いに変容しているように思います。私の東京の家がある地域も今は変容の真っ最中です。私の隣の家は今から50年ぐらい前に持ち主の気鋭の建築士さんが、ご兄弟と左右対称に建てた鉄筋コンクリートの二階建てでしたが、皆さんお年を召され体を壊されて皆で介護付高層共同住宅に移るというので、家を大手不動産業者に売却をしました。今建物撤去のために鉄筋を壊すための重機が我が家に絶え間ない振動を与えていますが、今まで二軒でまずまずぴったり建っていた家の敷地に、今度は4軒の家が建つのだそうです。また、少し離れた所では、かなり広い敷地に古い大きな家が建っていた一軒のお宅がすっかり更地になって、おそらく二桁以上の住宅がぎっしり建つ事になるのだろうと思います。そのようにゆったりと家が建ち、相応の緑がいっぱいあった住宅地が小さい家にどんどん分割されていっているのが今の東京ではないかと思います。原因は二つで、一つは相続税が高いので、時価の高い土地を相続人が維持できないこと、もう一つは不動産価格が高くなりすぎて、個人で購入できる住宅の限度から考えてぎりぎり小さく分割しないと購入できる層が限られてしまうことだと思います。特にこれから子作りでもしようかという若い世代の大多数の人は、そうでもして小さく分割しないととても土地や建売住宅を購入できません。仮に昔の住宅と同じ広さの住宅に住みたいと思ったら、うんと都心から離れた地域でないと住宅が購入できません。都心のマンションでもオフィスビルでも入居したい人の負担を考えると、今までのように建物をゆったりと建てるわけにはいきません。住宅の建築や高層ビルの建設に関しては、古来からの人間の知恵として、都市開発法や建築基準法があって、都市環境を悪化させるような開発行為は禁止してきたのですが、今はそのような規制の限度いっぱいに細分化や過密化が進んでいます。さらに今世紀になってから導入された規制緩和の結果、このような規制の限度の代表である建坪率や容積率が、特に東京のような大都会で緩められ、結果として、細分化と過密化が進みつつあるのです。このことは、東京に集中してくる参入者に住居を与え、結果として東京一極集中を支える効果がありました。もし制限がもっと厳しくてこのような住宅の供給が不可能であるならば、潜在的労働人口が東京から消え、そのせいで、東京一極集中はもっと抑制されたことでしょう。件の建築系の規制緩和は90年代、東京も含め日本経済全体がそれまでの活力を失って行くことに危機感を抱いた政府が、大都市の持つ潜在力を発揮させて、その力で日本全体を引っ張ってもらおうと考えて行ったもので、日本経済を一定程度転落から防いだ効果はあったと思いますが、そろそろ、東京の参入を厳しくして、エネルギーを地方にも向かわせるようにすべき時が来ていると私は思います。東京の企業活力が高いので、労働需要が強く、その人達が住む住宅需要が高まるので、不動産価格が上がるが、そうすると今度はより多くの人が不動産を買えるように土地を細分して、小さい住宅を建てるというサイクルがどんどん続いてきたと思います。そして今度はもっと多くの人に住宅を売れるようにさらに住宅に関する規制を緩和すべしと言う要求が高まるといったことも予想されるでしょう。こうして、住まいを手に入れた人はそれなりに一安心ですが、それが将来も安心に繋がるかは大いに懸念のあるところであります。まずあまりに狭い家では子供が生まれたり、増えたりしたら途端に不便を託つことになります。また、ずっと年月が経ち、所有者が家を売ろうとしてもそのように細分化された土地や住宅はそう簡単に処分ができないし、次の再開発は細分化された住民の意向をまとめるのが大変でなかなか進まないかも知れません。そうすると、劣化していく住宅や建物が街の魅力を損ない、その結果今これほど皆に選考され、人気が高まり、東京への人口集中が起こっている現象がいつしか逆転しないとも限りません。
 私は、地方のステークホールダーとしての立場を離れても、東京がずっと魅力のある街で居続けるためには今のような目一杯の受け入れを押さえて、魅力的な街の雰囲気と環境を守る方に舵を切るべきであると思います。そしてもう一つは土地が細分されないような相続税制度の改正も是非検討すべきであると思います。

 その脈絡の中で、私は古木伐採を伴う神宮外苑の再開発には反対だと言っています。とはいえ、投資と手入れを怠った経済は破綻していきます。したがって、都市にも何らかの再開発も必要でしょう。要はその時あの地の魅力の源泉である多くの古木を切るかどうかです。是非、目一杯上手に土地利用をして、緑豊かな東京の素晴らしいランドマークを極力壊さないようにしてもらいたいと思います。再開発主体は、三井不動産、伊藤忠商事、明治神宮といった民間ですから、目一杯の開発をしないと採算が取れない可能性があります。だからどうしてもたくさん古木を切って、建物、施設を大きく効率よく配置して、採算をあげたくなるのが当然であります。しかし、東京の将来のためには結果として古木がたくさん残るような方法を模索してもらいたいと思います。民間だけでは出来なければ.ルール作り屋の出番です。行政がより厳しい環境規制をかけて、前記「目一杯」のルールを少し厳しくしたらいいと思います。そして、その結果コスト高を解消するためには入居者の家賃や販売価格を高くすればよいと思います。そこで、値上げはけしからんなどと言ってはいけません。もともと所得が一定以上ある人しか購入できないような場所の物件であるし、大いに利益が上がっているような会社が再開発ビルの入居者になればよいと私は思います。その結果、外国人、外国企業しか入れないではないかと言って反対する向きには、それでもいいではないかと私は答えたいと思います。外国人がそれほど高額のコストを支払っても入居したいというのなら、それはその地が魅力がそれだけあるということだから慶賀すべきではないかと思うのであります。外国人がたくさん入居しても、それが日本を乗っ取られたと考える必要はありません。必要な規制を含めて適切な行政が健在である限り、外国人に日本が乗っ取られてしまうと言うこととはまた違います。メインの開発者である三井不動産には、目一杯工夫をして、古木を出来るだけ切らないような再開発を指向して欲しいと思います。私の家の近くにはずっと前から三井財閥企業が共同で保有していた三井の森があり、今は三井パークシティという低層共同住宅と一戸建ての住宅がかなり大規模に集積している住宅団地になっています。ここは元が三井の森ですから多くの木があったところですが、三井不動産はかなり見事に昔からあるケヤキの巨木の並木などを残して、その合間の空間に建物を建てています。神宮外苑の再開発においても、この団地を開発した企業としての誇りを持って、将来の東京都の魅力を減殺しないような開発を行ってもらいたいと心から思います。

 以上東京のずっと先の将来を考えたら、そろそろ行政は舵を切り直して、東京の「オーバーポピュレーション」を抑制するような政策を自ら推進していくことが必要でしょう。しかし、それは大変困難を伴います。政策の舵を切る為政者は選挙民により支えられているわけですが、選挙民は、そんなずっと先の地域の将来などには興味がないか、考えるイマジネーションが不足しており、それよりもこの今、より安く不動産を入手出来るかどうかの方がずっと大事だから、今それに棹を差すようなことを考える為政者には反発こそ覚えても、支持をするような人はとても少ないからです。したがって、時には自らの不人気を覚悟して、このような政策を遂行してもらいたいものだと思っているのです。

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