部下力とボス力-ホワイトカラー消滅か②(全2回)
組織防衛に極度に走ったり、前例ばかりにこだわったり、指示待ち人間になってしまったり、・・・と、どの組織でもこのような問題を抱えていると思いますが、これも「部下力」ばかり大事にしてきたせいでしょうか。私も、通産省と言う役所にいわば「部下」でずっといましたが、少し偉くなって、部門のトップになったり、知事という組織のトップを務めてみてわかることは、部下とトップは違うなあということでした。私の場合、奉職した職場が通産省と言うちょっと変わった役所で、やたら「部下」が何でも自分たちがきめるのだといきがっていた世界であったのが、のちにトップになった時に大いに役立ったような気がします。ただ実際には通産省の若手もいきがっているだけで、本当は大事なところは練達の先輩、上司、さらには政府全体のカバーの中で生きていたのだと思いますが。
ならば、これからの時代で、会社が思い切った意思決定をし、進路を決め、変革を遂げていくためには、必要なのは「ボス力」を持ったトップで、いっぱいいる「部下力」に秀でた、賢そうに見えるホワイトカラーの多くはいらないと言う議論になります。いらないのなら思い切って整理してしまおう、そうすれば、労働投入量が減って、生産性も上がるし、前例や精緻過ぎる問題点の摘出に終始して、ひょっとすると会社の利益創造の足を引っ張っていたマイナスも除去できる。おそらく社会はそちらに向かうのでしょう。
しかし、本当にそういうことが出来るのか、ホワイトカラーの部下の人達がやってくれていたさまざまな分析なしに、トップは意思決定が出来るのかということが次の問題になります。冨山さんは出来ると言います。その手段は、AIの導入だそうです。人間が問題を設定すれば、AIは人間よりも上手に分析をしてくれるので、あとはトップがどう意思決定をするかだけだというのです。そうすると、今までいっぱいいたホワイトカラーの人達の大失業時代が始まりそうです。冨山さんは理論的にこう言っているだけでなく、実際に会社経営をしていますから、その発言は重いものがあります。JPiXは、全体の従業員は8500人いるけれど、本社の非現業ホワイトカラーは60人ほどだそうです。
冨山さんからは、AIはとても使いやすい。専門の提供業者がユーザーインターフェースを自然言語で出来るものをどんどん作って提供してくれるから、ITの知識がそうなくても困ることはない。ただ、AIも「うそ」を言うので、それを見抜く力をトップは持っていなければならない。AIを使うには会社にコンピュータ部門やCX専門家はいらない、むしろ邪魔だ。などという発言がどんどん出て来てなるほどそうだなあと私は感心して聞いていました。
このAI利用によるホワイトカラー部下職の大量整理により、少なくともその会社では付加価値労働生産性が飛躍的に上昇します。後はそこで要らなくなったホワイトカラーをその会社として新たな利益創造のためにどう再配置してどう使うかということであり、社会全体としてそれをどう達成するかということであろうかと思います。とても難しそうですが、経済合理性のスイッチが押されれば、それに抗うことは難しいので、これからの社会は大変な変化を迎えていくのであろうなと思います。日本がそれにうまくアジャストすることが出来たら、再び一昔前の勢いのある日本経済が戻ってくる可能性があります。冨山さんは、この点についても多くの示唆に富むお話をしてくれました。
さらに、冨山さんの話に追加すれば、現下の課題である東京一極集中が劇的に変化を遂げるかもしれません。このことは冨山さんも、実は地方企業にとってもチャンスだとして指摘していることですが、東京に集中している人材は、主としてホワイトカラーで、大企業に勤めている人が多くいます。この人たちが皆「ボス」になるわけではありませんから、「部下」の多くの部分がAIに取って代わられるとすると、今いる東京のホワイトカラーの多くは職を失います。もちろん東京は懐が深いので、別の形、例えばベンチャー企業などの独立企業の「ボス」として東京で成功する人も出て来るとは思いますが、多くの人はコストの高い東京には住んではいられなくなるでしょう。今でもだんだんと顕在化してきているように、ブルーカラーへの回帰などが進むかもしれませんが、その受け皿として大きいのはむしろ地方でしょう。生活費が安くて有利であるという点からも、地方の時代への道かも知れません。
私は知事の時代に「第二の就活サイクルプロジェクト」というのを始めました。和歌山で働こうというキャンペーンの一環で、大都会に行くしかないと思い込んでいる若者にいろいろ情報提供をして、和歌山で働いた方が実は有利ですよと説得にかかったのですが、やはり一度は東京で一旗をという感情には勝てない場合もあるので、その時は東京で働いてみて10年たったら現実が分かるから、分かった人をもう一度就活させて相思相愛になった和歌山企業に就職させようという事業です。そのような人にとって、大きな企業で働いた10年は大変な苦労の時代だから、能力もノウハウも身についているので、そういう人を途中採用すると和歌山企業にも大変なプラスだと思って始めたものです。しかし、この冨山さんの説に従えば、これからは大企業で言わば「修業した」人を中途採用しても、その人の能力やノウハウは「部下力」のそれであって、地方の中小企業がこれからの大変な時代を生き延びていくために本当に有用な「ボス力」とは違うなあと気が付きました。冨山さんは、夙にこのことに気が付いていて、JPiXが世話をして、有為な若者を地方の中小企業の「ボス」の直接の補佐役や代理役に数年のタームで送り込むVFJというプロジェクトを発足させて大成功しているそうです。
もう一つの問題は、ホワイトカラーがプロフィットセンターから離れて行っていて、儲けのもとにならない間接部門にどんどん滞留していることです。手元に良いデータがありませんが、知事を辞めて私人として暮らし始めると、何じゃこれはというような、間接部門の跳梁跋扈に触れることがあります。これもハングリー精神を失った「金持ち病」のしからしむるところかと思いますが、会社が変なトラブルに巻き込まれないように、客はもちろん、自社のスタッフが杜撰なあるいは不正な仕事をしないように間接部門がどんどん過大なチェックをかけてきています。その結果会社の効率がえらく悪くなるということがすごく多くなってきている感じがします。これも東京の大きな組織に典型的で、現場で営業や客との対面折衝に従事している第一線の社員は頑張っているのに、間接部門がその足を引っ張っているとしか考えられないことがいっぱいあります。おそらく客も人間ですからこんな目にあわされると、そういう企業からは足が遠のいていくような気がします。かつて公共調達の新制度を作る時お世話になった郷原信郎さんの本に「コンプライアンスが日本を滅ぼす」というタイトルの著作がありました。形式主義の型にはめることをコンプライアンスと勘違いしている会社が多いというのが郷原さんの主張だったと思いますが、まことにその通りで、今周辺に頻発している事案は、郷原さんが語っていた話よりもっと次元の低い、間違った形式主義を、会社を守るためと考えて全社に供ししている図式です。何でこういうことが進むのかとつらつら考えますと、その会社が大変なスキャンダルに巻き込まれたことをきっかけにこういう制度が導入され、そういうことが起こらないように「番」をする組織が出来たというケースが多いようです。こうして直接の利益創造とは全く関係のない多くのホワイトカラーが社内に存在するようになって、現場の自在な営業活動や新事業企画などの足を引っ張っているということです。悪かったのは、間違った意思決定をして、会社に損害をかけた一部のトップであって、一般の社員の行動に、形式的なつまらないコンプライアンスなど要求しても、本当にトップの地位にいる人が悪いことを企んだら易々と同じことが出来てしまうだろうなあと外から見ていて思います。本当の問題は、愚かなトップの行動を諫められなかった側近のかなり地位の上の部下の忖度で、こういうことは、コンプライアンスの導入などとは全く別物です。マスコミも、ネットも不祥事が起こると、ここを先途に猛攻撃をするので、こうした対応が流行るのかもしれません。かくて、ただでさえ、付加価値労働生産性が悪い日本の会社のホワイトカラーの中で、最も付加価値労働生産性の足を引っ張るグループが増殖しています。
こうなったら、「部下力」を買われて出世したトップではなくて、突然変異で現れたようなトップが、企業文化を作り直す必要があるかも知れません。忖度などしても何の評価も受けられないと皆が分かっていて、むしろ、日頃は利益の拡大に動きつつ、トップになったつもりで自己の思考力を鍛え、いざという時にはその時のトップに直言できるという人が偉いのだよということを皆が分かっている企業文化を。そうすれば、かつての高所得国日本の復活も夢ではないでしょうが。問題はそういうトップが現れることが突然変異では困るということです。
企業の、そして国としての付加価値労働生産性を高めていくためには、今まで肥大の一方であった「部下力」のいっぱい詰まったホワイトカラー層をいかに整理して、プロフィットセンターに集中できるかであります。また、その中でも、企業の対外活動の後ろにいて、第一線部隊の足を引っ張ることに終始しているコンプライアンスなど間接部門のホワイトカラーをいかに小さくしていくかが問われていくことになると思います。そうでなければ日本が沈没します。