ワールドシリーズ
日本時間11月2日LAドジャーズがトロント・ブルージェイズを4勝3敗で破って、今年のワールドシリーズが終わりました。今年は例年になくアメリカのメジャーリーグベースボールに熱中し、テレビにかじりついていました。知事を引退してからも主夫業などで結構忙しいのですが、お勤めの方と違い、家で自由に時間を使えるので、朝の家事が終わりますと午前中テレビにかじりつけるのです。アメリカ西海岸のナイターの時間が日本の午前中で、本当にぴったりの時間に中継があるわけです。
大谷選手は本当に魅力的で、良く打つし、良く投げるし、それに礼儀正しいし、笑顔が可愛いし、言うことなく、エンジェルス時代から、時々はテレビで応援していました。しかし、エンジェルスがあまりにも弱いので、大谷選手が打つことを楽しみにするだけで、それ以外はあまり興味がわきませんでした。それが、ドジャースに移ってからは、チームも優勝を狙えるだけ強いし、同僚の選手も魅力的な人ばかりで、結構名前もそれぞれの選手の癖も覚え、大谷選手が打つことはもちろん、チームが勝利することも望むようになりました。すっかり本物のドジャースファンです。小学校時代の杉浦忠と400フィート打線の南海ホークスのファンだった時以来です。それ以後は野球を見るのはいつでも好きですが、特定の球団を応援していたわけではありませんでした。今ではついに「ドジャース頑張れ」です。
そのドジャースは、今年は補強した選手が活躍せず、けが人も多く、監督の重用が仇となって、次々とリリーフ投手が壊れて行って、特にレギュラーシーズンの後半はアップアップでした。あんまり強いと応援する気が希薄になるのですが、結構負けそうになるので熱心に応援するという訳です。
それでも、何とかナショナルリーグ西部地区の優勝を勝ち取り、10月になると、ワールドシリーズに繋がるポストシーズンです。これがまた、ひいきの大谷選手、山本投手、佐々木投手が大活躍するわ、手に汗握るようなドラマティックな場面が続出するわで最高でした。
レギュラーシーズン最後の頃は四苦八苦のドジャーズでしたが、ポストシーズンになると、急に強くなりました。スネル、山本、グラスナウ、大谷という先発4本柱が万全になり、カーショウ、佐々木と言う立派な先発投手を課題のリリーフ要員に回せるので、急に選手層が厚くなったように思いました。ポストシーズンまでこの本当の実力を隠していたのではないかと思ったほどです。その働きで、ワイルドカードのレッズ戦も完勝、地区シリーズのフィリーズ戦も、一試合は落としたものの、圧勝です。佐々木投手はリリーフで3回も投げて勝利を呼び込み、ナショナルリーグの大谷に1本差のホームラン王シュワーバーに対しては投手大谷が抑え込みました。ナショナルリーグチャンピオン決定シリーズも、ナショナルリーグ最高勝率を誇るブリューワーズに対して、山本投手が完投したり、大谷選手が投手で10三振、打者では3ホームランを打って、圧勝。大活躍に胸のすく思いでした。
そして、ワールドシリーズです。これまでのポストシーズンはドジャースが意外にも破竹の勢いで進撃してきたのですが、ここからはそうは行きませんでした。第一ブルージェイズがものすごくいいチームでした。ゲレーロJrが絶好調でどんな球が来ても打ってしまうという感じでしたが、そのほかにもこれはいい選手だなあと思う選手がずらっと並んでいて、打線に穴がありません。投手陣もなかなか立派。案の定、第一線ではスネルが打たれてしまい、その後のリリーフはボコボコにされました。そこへ立ちはだかったのが山本選手で、第2戦でまた完投勝利をやってのけました。拍手喝采です。山本など日本選手が投げるときは、大谷が打つ時と違い、ずっと心配で目が離せません。強打者ばかりですからひやひやの連続です。それでも完投をしてしまいました。そしておそらく伝説になるだろう第3戦。大谷が二塁打、ホームラン、二塁打、ホームランと神様の領域に入り、あとは勝負をしてもらえなくて5四球。それでも両軍が必死に戦って、なんと延長18回の裏フリーマン選手のホームランで決着しました。前日完投をしている山本が志願で「投げます」と投球練習に入った直後でした。漫画みたいな感動的な世界です。その後漫画でもこうは思いつかないというような出来事がいっぱいあって、ドジャースの歓喜のワールドシリーズ連覇に至ったのでした。本当に漫画でもこうはいかないという言葉がぴったりのような出来事がいっぱい起こりました。第6戦では左中間への大飛球が抜けて同点かと思ったら、何と球がフェンスの下にピタリとはまってしまってエンタイトル2ベースでランナーのホームインは認められませんでした。あんなところにこの絶体絶命の局面でボールがはさまってピンチを脱するなどと言うのはまるで漫画のストーリーです。
特に第7戦は神の試合でした。まず、これはヒット、点が入ってゲームセットと言うような場面で、いっぱいファインプレーが出ました。どちらかと言うとブルージェイズのほうに多かったような気がしますが、見事な選手ばかりです。ドジャーズも不振のパヘズが第7戦の延長11回守備固めに出てきたと思ったら、その直後に山本が打たれたあわや逆転かと思う大飛球を、同じく球を追ってきたキケ・ヘルナンデスを吹っ飛ばして捕ってしまいました。みんな本当に上手です。けがをして、動くたびに痛そうなのに、試合に出続けてヒットやホームランを量産したブルージェイズのスプリンガーやビシェットにも感動しました。ちょっと不振であったドジャースのベッツもマンシーもテオスカー・ヘルナンデスもエドマンも神様はどこかに殊勲の場面を用意していました。ずっと使われていなかったドジャースのベテラン、ロハスが絶体絶命の9回起死回生の同点ホームランを放つというのも漫画のストーリー以上だし、その裏サヨナラのピンチでセカンドゴロを腰砕けになりながら本塁に投球して封殺をしたのもだれかの創作としか思えない劇的な出来事でした。そして山本です。前日第6戦で6回を投げ切った後で、今度は本当にリリーフに出てきて、スミスのホームランによる勝ち越し点を守り切ってしまいました。漫画でなければあり得ないような英雄的活躍です。これで、4戦のうち3勝、MVPにふさわしい活躍ぶりでした。
こんなに感動的なドラマを見てしまったものですから、毎日の午前中にワールドシリーズ・ロスを感じています。本当にいいものを見せてもらいました。
ドジャースの優勝は日本人トリオなくしてはあり得なかったと思います。WBCの時の大谷選手の言葉のように、メジャーベースボールリーグは、昔は「あこがれ」の存在でした。それが今や日本人選手が主力で引っ張っています。隔世の感です。それにみんな人柄もよさそうだし、礼儀正しくて好感が持てます。サッカーもバスケもバレーも、日本人選手が世界のトップチームで大活躍をしています。以前は考えられないことで、世界で覇を競っていたのは唯一日本企業、それも日本企業の作るハイテク製品だけだったように思えるのですが。今では、スポーツの世界でも、音楽の世界でも、科学の世界でも日本人がどんどん世界で活躍しています。ところが反対に、かつては世界一過ぎて世界からの反発と摩擦にむしろ苦しんでいた日本企業が多くの分野で退潮気味です。昔通産省で貿易摩擦対策でひーこら言っていた私からすると切歯扼腕です。
思えば、前兆はありました。一つは、今から25年前に、時の通商政策局長の佐野忠克さんの提唱で始めた「日中経済対話―中国は脅威かチャンスか」の日本側の参加者をリクルートする役割であった私に、日本のハイテク分野で二大巨頭であった二つの企業のトップクラスの人が、異口同音に「脅威です」と言ったことです。私が「我々政府は日本人の雇用を考えなければいけないので脅威の面もあるのですが、あなたがたのような世界企業はどこで生産をしてもいいし、巨大な中国市場があるのですからチャンスしかないのではありませんか。」と質問をすると、その答は「日本人は押しなべてよく働きますから、全体としては中国のライバル企業に今は勝っていると思いますが、トップの5%とか10%とかを取ると、中国人の人材のほうが日本人よりはるかに上なんですよ。だから、大脅威です。」ということでした。そして、ちょうどそのころ、精華大学の副学長と話をしていて愕然とした覚えもあります。「日本人は大学に入るまではよく勉強するのですが、大学に入るとサボってしまう学生が多いのですよ」と言った私に対して、まだうんと若かった副学長は、「我が大学の学生はよく勉強しますよ。でもやりすぎて体を壊す学生が多いので、全寮制の寮では12時になったら電気を一斉に消すんですよ。その時は便所も消します。でないと便所に籠って勉強する学生が出るので。」と言ったのです。そしてもう一つは、私がブルネイに赴任する直前の今から22年ほど前のことです。私は、覇権争いをしている通信システムの世界で日本企業をブルネイで勝たせられないかと言う問題意識で、その分野の有力企業に勉強に行きました。そうしたらその企業のその分野で世界と戦っているはずの企業の幹部は、「もう勝てる見込みはほとんどないのです。」とまるで闘争心が感じられませんでした。これが官民一体となって巨人IBMやAT&Tに立ち向かって行った人々の後輩の姿かと、やはり愕然としたのです。(このようなブルネイを舞台とした日本企業の世界進出の応援は、メタノールプロジェクトや新型省エネ発電システムの受注になって別の領域で実るのですが。)
新しいNHKのプロジェクトXも最近はちょっと前の変な企画から昔のようなオーソドックスな企画に戻っていますが、その時に事を成し遂げたヒーロー達に共通の特色は、強大な敵の前でも、たとえ幾多の困難があっても決してあきらめないということだと言うことでした。メジャーベースボールの頂点のワールドシリーズを見ていてその思いを改めて抱きました。スポーツ選手だけでなく、多くの企業人にも同じく、あきらめない闘争心がもう一度要求されているのがこれからの日本ではないかと思います。
私はアメリカの野球を大リーグと言ったり、その頂上決戦をワールドシリーズと言ったりするのに昔は違和感がありました。ワールドシリーズとは何だ、ただのアメリカの野球の話ではないか、USシリーズと言えという訳です。あんな素晴らしい漫画でも考え付かないようなドラマを見て考えを改めました。やはりすごいわ。そして、その中に入り込んで日本人があんなに活躍する姿こそ我々日本人の誇りなんだと。舞台は世界です。私なんか到底できなかったことをスポーツの世界だけでなくて、経済の世界でも、ビジネスの世界でもこれからの若い人が頑張って実現してくれることを、ワールドシリーズを見て興奮して、その余韻に浸りながら思いました。