まず隗(かい)より始めよ

 私が知事に就任したころ、世の中を騒がせていたのは、国の公共事業における地方の負担金の問題です。私の理想は、国が行う事業は国が全部負担して責任を負い、地方が行う事業は地方が全部負担して責任を負う、ということです。しかし、現実の問題としては、国が行う高速道路の建設などの公共事業については、都道府県は負担金を払わなければいけないことになっており、また同様に、都道府県が行う県道の建設などの公共事業については、それが立地する市町村の負担金を県が徴収することになっていました。

 このことを声高に問題視したのは、当時、大阪府知事に就任したばかりの橋下徹さんです。この問題については、その時からさかのぼること20年余り前、私が経済企画庁の調査局にいた時、「地域経済レポート97」という準白書で問題提起をして大問題になったことがありました。よく調べてみると、道路建設に関しては、国道建設には都道府県や市町村から負担金を取りつつ、都道府県道や市町村道の建設に際しては、国から補助金が交付されていて、しかも、負担金と補助金の金額は全体としてはほぼ同額という奇妙な事実が明らかになったのです。それならば、このような持ちつ持たれつの関係を解消して、それぞれがその財源を自分の事業に全額投入して、すべての責任を負うということにしたら、もっと各行政庁の仕事に緊張がもたらされるのではないかというのが、当時の私の主張でした。したがって、時を経て、この時大議論になった国の公共事業に関する負担金の徴収の是非については、私は、橋下知事の問題提起にまったく賛成でした。しかし、この問題は、負担金を出すのに反対という単純な問題ではなく、日本の地方自治制度に根強く存在する、国と地方の持ちつ持たれつの関係全体を解決しなければ実現しない問題であると、私には分かっていました。事実、この問題は実現されることなく、いつしか忘れ去られてしまったのですが、和歌山県は、独自で一石を投じたのです。

 国がそうであるように、従来から都道府県はその公共事業を実施する際には、その事業の立地市町村から負担金を取っていたのです。国に負担金を取るのはけしからんと言うのなら、自分が市町村から取っている負担金をやめてから言ったらいいではないか、私はそう思いました。そこで、和歌山県では、県の行う公共事業における市町村負担金の徴収を廃止することを決定したのです。ただ、よく調べてみると、一部に、もし市町村から負担金を取らなければ、市町村の住民が負担金を払わなければならないということが法律で定まっているものもありました。そこで、そのようなものにつきましては、市町村の負担金を残すことにしました。けれど、このような特段の理由がない場合は、和歌山県は、県の公共事業における市町村負担金を徴収しないことにしたのです。

 おそらく、このような決定を行ったのは全国でも和歌山県だけだったと思いますが、何分、広告塔としての知事がいささか地味であったためか、このことが全国的なニュースとして取り上げられることなく終わってしまったのは、いささか苦笑ものです。しかし、何かを主張し運動する場合は、まず自分の責任で出来るものは自分からそれを行うのが筋です。中国の戦国時代の郭隗が言っている「まず隗より始めよ。」ということは、地方行政にも言えることではないかと、私は今でも思っています。

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