陰徳を積む

 現在日中関係はぎくしゃくした状態ですが、日本が欧米流の帝国主義に舵を取り、中国を従わせようとし始めた頃より以前は、日本の特に知識人は中国に同情的であり、特に退嬰した清朝を倒して新しい国家を作ろうとする中国人の運動には多くの人が肩入れしていました。中国の革命の父は孫文と誰でも考えると思うのですが、その孫文が若いころから多くの日本人と交流があり、支援を受けていたことは有名です。犬養毅や宮崎滔天との交流は有名ですし、政治の世界という訳ではありませんが、和歌山県が生んだ天才南方熊楠との交流はよく知られたところです。南方熊楠は天才的な記憶力で、ものすごい博覧強記の人ですが、和歌山に生まれ、東京帝国大学予備門を中退してから世界を放浪し、ロンドンに滞在中にその学識を大英博物館の幹部に見込まれ、博物館のお手伝いをしながら、その紀要に様々な分野の論文を書いていましたが、その時孫文と知り合って親交を深めたようです。よほど意気投合したのか、南方熊楠が意地悪な学芸員をぶん殴って大英博物館を首になって和歌山に戻っている時、何度目かの日本滞在中であった孫文がわざわざ和歌山に南方熊楠を訪ねてきたようです。その時の写真が残っていて、孫文を囲んで、南方熊楠に加え、その生家の南方酒造の面々が一緒に写っています。この写真は、台湾の台北にある国父記念館に陳列されているのを、知事時代に台湾に和歌山のプロモーションに行った時に拝見しました。

 南方熊楠の話に脱線をしましたが、本日の主題は別にあります。
 井沢元彦さんという作家がおられます。私は、その「逆説の日本史」の愛読者で元は週刊ポストに連載されていたものを単行本にして発行していくわけですが、半年ぐらいたつと、発行元の小学館から文庫になって発行されるのをずっと読み続けてきました。井沢さんの主張は何度も繰り返されるので自然と覚えてしまうのですが、私には大変説得的で、一例をあげると、歴史学会の資料偏重主義や、宗教の影響、言霊信仰、怨霊に対する軽視などへの批判、朱子学がアジアの近代化にいかに悪影響を及ぼしたかなど、とても納得するところがあります。「読み続けてきました。」と時制が現在完了形になっているのは、まだ続いているからですが、おそらくその最近号は27号で、「明治終焉編」という副タイトルがついています。同巻では孫文と中国の辛亥革命が述べられるのですが、その中で驚くべき記述に遭遇しました。孫文は、幼少の時から中国を出てアメリカで教育を受けたキリスト教徒で、革命家と言っても、井沢さんの言葉を借りると「革命のプロデューサー」であり、何度も仲間を語らって武装蜂起も行っていますが、ことごとく失敗し、海外を放浪しながら、外国から蜂起の計画を練ったりしています。その時、ロンドンで南方熊楠と親交を深めるほか、何度も日本にも来て、多くの日本人の支援を得るのですが、その中に梅屋庄吉という実業家がいます。実は私もこの本を読む前は知らなかったような人ですが、実業の才に優れ、おそらく巨万の富を稼いだのでしょうが、その財産を惜しげもなく孫文の革命運動に差し出しているそうです。井沢さんが書いておられるところによると、その総額は今のお金にして1兆円にも2兆円にも上るそうです。この金額にはたまげました。それなら、辛亥革命の少なくとも初期の資金を支えたのは日本人梅屋庄吉ではないか。辛亥革命のスポンサーは何と日本人ではないか。びっくりしました。日本人の歴史好きの私が知らなかったのですから、日本中でこのことを知っている人はごくわずか、ましてや現在の中国人でこのことを知っている人は、いるかいないかのような少数でしょう。現在の中国は国民党を台湾にたたき出した共産党の支配下にあり、国民党の流れを汲む台湾の人々が孫文を敬うほどには、現在の中国は孫文を重視していないかもしれませんが、少なくとも、共産党が活動を始められたのは清朝の圧政の重しが取れたことが前提ですから、孫文の辛亥革命は今の中国の誕生の礎であったことは事実でしょう。そうすると、梅屋庄吉が、そして日本が現在の中国の建国の大功労者だということになります。日本というと、日中戦争を仕掛けて中国人を苦しめた極悪人という中国の教育が徹底していて、特に経済的に頼るところが小さくなったごく近年では反日教育がものすごいのですが、何のことはない、その中国の建国に功績があったのも日本だということになったら、中国人はどう思うのでしょうか。

 では、どうして梅屋庄吉が孫文に対してかくも巨額の資金援助をしていたということが世に知られていなかったのかというと、井沢さんによると、梅屋庄吉自身が遺言で、このような「美徳」を「世に漏らしてはいけない」と子孫に言い残していたからだというのです。なるほどそういうことかであります。この話は極端にしても、日本人にはそういうところがあって、自分の善行を、たとえそれが善行であっても、それを口にするのはよくないことだという道徳律があると思います。偉そうに自慢する、自分の長所や善行を人に吹聴するのは悪徳だという考えが日本人の心に染みついているような気がします。いいことは黙って実行する。人がそれを分かろうが分かるまいが、そんなことはどうでもいいと日本人は心のどこかで思っています。「陰徳を積む」と言います。人によって、時代によって、そう思う程度が違うような気がしますが、梅屋庄吉とその子孫の方々はその気持ちが人一倍強い方々だったのだなと私は尊敬します。日本人はそういう気持ちがある人ばかりで古来島国に孤立して住んでいましたから、自分が思うのだから人もそう思うだろうと思いがちです。自分が相手に対して善意を示せば、自分がそれを声高に言わなくても相手も分かってくれるはずだ、また、相手も同じような態度で自分に接してくれるはずだと思いがちです。「腹を割って話せば、相手も分かってくれ、同じように話してくれるだろう」とか、「自分はここまで譲歩しているのだから、相手もきっと同じように歩み寄ってくれるだろう。」といった案配です。声高に口に出さなくても、以心伝心で分かってくれるだろうという日本人によくある信条にもつながります。私は日本人ですから、こういう日本人の行動パターンは嫌いではありませんし、特に陰徳を積んで、そういう行動をされる人はとても尊敬します。
 しかし、一歩日本の外に出るとこういう日本人の「美徳」は通用しません。何も言わないのは思うところがないのだなと思われてしまいますし、そちらが意見なしならこちらで勝手にやらせてもらいますよということになってしまいます。陰徳を積むというのは、西洋の社会では、日本には善行をことさら人に言わないという美徳があるのだと説明をすれば分かってくれると思いますが、同じような行動をする人を探すには、キリスト教の世界のごく一部にしかないような気がします。

 井沢さんは、日本人のこのような「美徳」はいいことかもしれないが、やはりいいことは表で言ってもらいたい、特に、中国や韓国に対してはと語ります。梅屋庄吉が辛亥革命の最大のパトロンで、巨額の資金を提供したからこそ、孫文は清朝を倒し、近代国家としての中国の歩みが始まったのだということを日本人のほとんどは知らないし、もっと大事なことは、中国人や韓国人はまったく知らないということだと言います。その通りだと思います。

 今は中国は経済大国だし、政治的リスクがなければ投資は世界中から集まってきますが、元は日本の投資がその発展の礎を築いたところもありました。鉄鋼の世界でも電機の世界でも、まだ日本が無敵で、その後の高いコストゆえに工場は海外に出ていかなければいけなくなった時代よりももっと前から、そういう企業は熱心に中国に投資をし、技術協力をし、中国企業の成長を助けていました。そういう中国支援を主導した稲山義寛さんや松下幸之助さんの心の中には、日本が中国に侵略をして迷惑をかけたという贖罪意識があったと私は思っています。しかし、そういう日本の協力で、中国の多くの産業が離陸を果たし、今日の地歩を固めた面も大いにあると思います。ところが、日本の企業も国もそういうことは言いません。黙って尽くすのです。今さら偉そうに言っても始まらないことですが、昔から客観的にそのことを物語るような材料を示し、中国は立派に発展しているが、日本の貢献もあるのですよと静かに言い続けておかなければならなかったのではないかと思います。

 韓国の場合はもっと極端です。私は歴史が好きですので、明治維新からこの方、日本と韓国がどう関わってきたかに関しては結構勉強しました。そもそも、大韓帝国が出来たのは日清戦争に勝った日本が清国に韓国の独立を認めさせたからであるし、日本への併合も、それ以前の韓国側の事情を考えると仕方がない面もあるだろうし、それによって、大韓帝国の朱子学にとらわれた伝統的なエートスが断ち切られて、近代国家への歩みが始まったという意味があるという井沢さんの説には説得力があります。
 それ以上に、あれだけ韓国が反日の材料にする日本の「植民地政策」は、私たちが世界中で見聞している植民地政策とは全く違うことは明らかです。私も色々な国にも行って、また勉強もさせてもらいましたが、およそ世界の「植民地」の中で、支配する国が経済的利益を持ち込む方が収奪をして持って行くよりも多い所など見たことがありません。日本は台湾や韓国に日本と同じような国を作って行こうとして、官民とも大いに投資をし、その近代化に努めています。私は20歳ぐらいの時にそういう研究が載せられた本を読んでデータを見て、何じゃこれはと思いました。最近に至るまで北朝鮮の経済を支えている電力施設の多くは日本統治時代のものだし、道路は作る、鉄道は作る、農業生産は上げる(その結果安い穀物が内地に流入して農村の疲弊をもたらし、2.26事件の伏線にもなって行きます。)、最先端の工業施設に投資はする、極めつけは京城と台北に帝国大学を作り、その予算規模は一時他の内地の帝国大学を上回るほどなどということはびっくり仰天でした。私も高校生の時までは、学校では日本の侵略史観を教えられていましたから、これでは日本の韓国、台湾経営は、ヨーロッパ諸国が現に行い、それにより概念も確立している「植民地」ではないのではないかと思いました。植民地からの「収奪」がそこへの「投資」よりも小さいなんて想像の範囲外でしょう。そう言う意味では、戦前日本が唱えていた「大東亜共栄圏」、「八紘一宇」などの概念は、子供の頃は、戦前の悪い政治家や軍部が唱えていたただのきれいごとだと思っていましたが、今は、それなりに真面目に構想していた人もいたのだろうなと考えることもできます。ただし、これは結果論かも知れませんが、私は日韓併合は間違いだったと思います。沢山投資してやって、立派な教育を受けさせてやって、善導してやったのだからいいだろうというのは、やはり上から目線で、韓国の人々の誇りを大いに傷つけていると思います。もとより、民族も言葉も違うのだから、たとえ効率は悪く、近代化がなかなか進まないことがあったとしても、韓国は韓国と考えて、日本の安全保障、すなわちロシアに対する防衛線さえ守れるなら、そんなにわがことのように韓国に介入する必要はなかったのではないかと思います。これは前述のデータを見てから後もそれ以前と同じようにずっと思っています。

 問題は、こういう客観的事実を日本の政府も、経済人も、研究者も声高に語らないということです。おそらく併合などしてしまって、韓国人を傷つけたという贖罪意識がそうさせたのでしょうが、誰もこういう事実を声高にしゃべりませんでした。その結果日本人も、韓国人もそのことを知らないで、日本人からすると贖罪意識、韓国人からすると一種の復讐心「恨」ばかりがいつまでも続いて、本当の意味での親善が生まれません。韓国側も、国内におけるもめ事を「反日」で逸らそうとする余地が出て来るし、日本側でも事実に基づかない贖罪意識から日本を賤しめ、反日思想を語るジャーナリストや一部マスコミが勢いを増します。ただし、私が担当審議官として付き合った多くの韓国の人達は官民を問わず立派で、大変尊敬に値するような人たちでした。また、最近は、一部の学者の間で、戦前からの日韓関係の真実を客観的なデータをもって実証的科学的に語る人も出てきました。反日の嵐が吹きすさぶ韓国の中でそれを世に問うことはとても勇気がいることでしょうが。

 私は、日本人以外の人とも随分付き合い、日本以外の文化の中で暮らしたこともありますが、やはり、この「陰徳を積む」文化は日本が極端に強いと重います。西洋、特にアメリカ人などは、自分の長所や功績は遠慮なく語り、アピールします。もちろん、それは個人差があって、あんまり度が過ぎると、嫌われたり、信用されなくなったりするようです。その証拠に、英語でも、「SHOW OFF」というネガティブな言葉があります。国によっても階級によっても差はあるようで、私がかつて暮らしていた北イタリアでお知り合いになった知識階級の人達は教養にあふれ、静かで、謙虚で、人の立場や気持ちを慮って、私からするととても気持ちの良い、好感の持てる人達でした。(旅行ジャーナリズムが広めたイタリア人像とは正反対です) それでも、やはり、「陰徳を積む」という言葉まであるような国、我が日本に比べれば、自らの立場や功績はそれでもちゃんと語る人達であったと思います。だから、我々日本人も、事実は、言うべきことは言わないといけません。
心の中では梅屋庄吉のような生き方に惜しみない敬意を払いつつ、そう思います。

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