環境保全と行政のあり方①(全2回)

 最近の新聞に釧路湿原にメガソーラーが乱立して湿原の自然が破壊されようとしているという記事が出ていました。中でも環境省の釧路湿原野生生物保護センターと近接する湿原で、重機が入って、大規模に土地が造成されて、広い範囲にわたって土が露出していて、さらに重機が樹木をなぎ倒している様子が動画で公開されたということです。これに対して、探検家の野口健さんのような著名人が抗議の声を上げているということが紹介されていました。このような事態を受けて、釧路市や、なぜか遠く離れた福島市で「ノーモアメガソーラー宣言」が行われているとのことでした。私も野口さんに賛成ですが、この件について私の考えと経験を述べます。

 私はもともと昔から「昆虫少年」ですから、自然保護にはとても関心が高いのですが、同時に環境保護、自然保護を唱える人々の実際の知識のなさと、行政が行う自然保護政策の方法については少し苦々しく思っている人間です。田舎のまだ自然が残っている環境の下で過ごし、昆虫採集や魚釣りに興じて育った人々に比して、ずっと都会に育って、虫を殺すことはいけないことですよと立派なお母さんに教えられる一方で、マンションのエレベーターホールにアリがいただけで、気持ちが悪いと跡形もないぐらい靴で踏みにじるような子供が大きくなると、本当の自然や本当の環境に関する感度がずいぶん鈍くなるのではないかと思います。その中で、報道その他により絶えず頭に入ってくる地球環境を守ることは大事だというメッセージには無条件に賛意を示してしまう人はどんどん増えていると思います。そういう人にとっては、エコは大事だと言われ、クリーンエネルギーは善だと言われると、クリーンエネルギーのためなら、その辺の空き地にメガソーラーを敷き詰めることはいいことだとまず思い、その立地点が貴重な自然が残る場所かどうかなどは関心の対象外になってしまうのではないでしょうか。こういう人が国民の中に増えているばかりか、行政にもずいぶん多くなっているのではないでしょうか。これがこの記事に書いてあった事態の背景だと思います。

 私のような非専門家でもこの暑さはなんだと思うような気候変動が生じていて、昔は考えられなかったような豪雨とか台風とかが次々と襲ってくるのを経験していると、CO₂はやっぱり削減しないといけないから化石燃料に頼れないなと思う傍ら、原子力は危ないのでやめないといけないと言われると、残った選択肢は太陽光や風力、洋上風力などしかないので、それを推進する人はとにかくいい人で、つべこべ言う人はだめな人だということになるわけです。政治、行政の世界ではその任にある人は世の風当たりを大いに受けます。クリーンエネルギーを推進しようとする政治家はとにかく善で、それがたとえ口だけで具体的な実効策がなくてもいい人だということになります。これがやたらと「なんちゃらエコ宣言」が流行る理由です。一方、これに対して、色々なことに配慮してつべこべ言う政治家は人気がありません。初めから、「それは一面いい話だけれど、ここでそういうのに手を出すと、こういう問題が生じるので、それを克服するコストを考えると、あまり無条件に飛びつかないほうが賢明だ。」などという人は、嫌な奴だ、遅れた人だと嫌われます。私は、前述のような事情で、人後に落ちない「環境派」だと自認していますが、風車(大規模風力発電)も、メガソーラーも、洋上風力発電も、地熱発電も無条件には飛びつきませんでした。政府は次々と考えて色々なクリーンエネルギーを提唱してきますが、いずれもそれ自体としては魅力的なもので、政府としては、そういうものを首長としては大いに評価して、うちでやろうと言ってくれ、飛びついてくれという訳です。ほとんどのものはクリーンエネルギーですから一般の受けもよく、周りを見ていると飛びついて何らのジェスチャーを示している首長さんがほとんどでした。でも私は結果として飛びつきませんでした。

 まず雇用があまりないものが多くて、地域に雇用をというのが切実な目標である和歌山県からはそんなに魅力はないものばかりです。もちろん、プラントの建設途中では建設需要が発生しますから、建設従事者の雇用はプラントが出来るまではあるのですが、完成すると雇用はガクッと減ります。次に様々な不都合を予測しておかなければなりません。どんなものでも何らかの不都合があるのは当たり前ですから、メリットがとても大きくて、不都合はそのメリットの力で克服できるようなものならいいのですが、なかなかそうは行きません。考えられる不都合は、災害の発生リスク、有害物質などの古典的被害、環境の悪化、景観の悪化、自然破壊、観光業など他の産業への悪影響などで、結構深刻なものばかりです。したがって、流行りのプロジェクトに関しても、私はホイホイ飛びつかなかったのでが、そのため、色々な人に攻撃されて少し人気がなくなったかなと思います。

 一例をあげると洋上風力ですが、私はこの先進地域のデンマークの立地点などを見て来ていますから、なかなか魅力的に思えるのですが、和歌山県沖は潮の流れが激しいうえ、対象地域が漁業の漁場ですし、紀伊水道、太平洋の紀伊半島沖ともに海運の最も重要な通路の一つです。また、和歌山の海岸線は最高の観光資源です。したがって、デンマークの大規模な洋上風力エリアのように、単調な海岸線に沿って人家や畑が連なる静かな灰色の海の中に立ち並ぶ風車群というイメージが想定できません。したがって、前述の不都合を避けられるゾーンを設定して、それ以外は洋上と言っても風車はまかりならんという政策態度を取りました。観光という観点から、美しい紀伊半島の海岸線の景観を傷つけないように、風車の許される区域はかなり沖合の地に設定しました。エネルギー行政の当局や洋上風力で一旗揚げようという企業の評判はすこぶる悪かったと記憶しています。逆にすでに大工場や火力発電所が建っている港の地域などは、私は、むしろ海岸に近接の地でも適地としてもいいのではないかという議論をしていました。もとよりその地域は工場や発電所の人口構造物に慣れていて、それが大きな風車に変わったからと言ってあまり不都合はないからです。雇用のインパクトは大いに違いますが。ただ、どういう訳か、企業でそのようなところに興味を示す社はありませんでした。

 陸上の風車でも同じです。和歌山県の特に中部地方は風の通り道で、風力発電にはいいそうです。私も、それなら土地の有効活用にもなるし、国全体のエネルギー戦略にも貢献できるだろうと大いに推進しました。その結果、私が知事になる前は微々たるものであった和歌山県の風力発電は近畿地方全体で断トツトップになっています。しかし、無条件で推進したわけではありません。特に和歌山県は美しい海岸線と熊野古道に代表される世界遺産の地です。したがって、特に景観の毀損にならないかについては厳格にチェックしました。例えば世界遺産のコアーゾーンとバッファーゾーンには建ててはいけませんというのは当たり前ですが、その向かい側の山並みの上に風車が露骨に見えるというのもいけませんというようにしました。逆にミカン畑のように既に人手が入り、人口構造物が結構立っているようなところは可としました。
 また、自然環境にも配慮しました。残念ながら和歌山県の自然環境は、昔南方熊楠が跋扈していた時代のものとは既に違います。これは一面産業活動としては評価すべきものですが、ごく一部を除くとびっしりと杉、檜の植林になっています。ある林道沿いは山の稜線沿いがモヒカンカットのように原生林が残され、あとは一面の植林なのです。その稜線は絶好の風車ポイントですから、いくつか風力発電プロジェクトが企画されていました。当然そういう原生林は保護対象だから、風車はそこを避けるように規制を運用せよという指令を出していたのですが、ある時実際にそこを通ると稜線上の自然林が伐採され、風力発電の観測塔が建っているのです。私は烈火のごとく怒って、職員を問い詰めたところ、風車建設は認めるつもりはなかったが、観測塔は小規模なので断らなかったと言うのです。もちろんこのプロジェクトはとん挫ですが、企業にしてみれば観測塔を建てるのだってかなりの投資ですから、それを県庁が何も説明しないで認めてくれたら、県の意向は開発OKだなと誤解してしまうに違いありません。凡そこういうことが全国の法令の運用で起こっていると思いますが、県の意向をこのように解して、多額の無駄な投資をしてしまった企業の担当者は社内でおそらくとてもつらい目にあったことだと思います。申し訳ないことです。

②(全2回)へつづく