外国人労働者②(全2回)

前回からの続きです。(全2回中の②)

 片や日本はどうかというと、世界の国々の中でこれ以上優しい人が住んでいる国はないのではないかという感慨を持ちます。優しいし、正直だし、約束は守るし、体制には容易に順応するし、常に弱いものの見方だし、差別は悪だと無条件に思っているし、無条件で平和が好きだし・・・と誠にやさしい、いい人たちの集まりなのです。でも、世界のどこでも同じと思ったら大間違いです。日本人の特色の一つは、自分がそうであるから人もそうであろうとすぐ思ってしまうことであると思いますが、こんなにやさしい国民は世界では他にありません。もちろん先進国では様々な意見を持った人たちが自分の主張を自由にできますから、移民を差別するな、彼らの人権を守れとデモなどしている姿がよく報道されますが、これなど、日本人の報道機関が日本人ならではの共感を持つからに相違ないと私は思います。程度の差はあれ、外国人労働者に自国民と同じ権利と法的地位を与えよというのがマジョリティーになっている国などありません。
 こういう外国人労働者は何故、程度の差はあれ、言葉も違い、差別も迫害もある外国に行って働かなくてはいけないか。それは、自国がとても貧しく、生活をしていくのが大変で、大きな所得格差がある外国で働くことが圧倒的に有利だからです。彼らは給料のかなりの部分を本国の家族に送金しますが、その送金の額はその国ではとても大きいので、近しい家族はもちろん、親戚一同もこの送金に依存するようになります。こういう時に流入規制が弱かったらどうなるかというと、この外国人労働者は家族を呼び寄せます。老いた両親、愛する配偶者、幼い子供。こういう時、心優しい日本人は、そうすることは許してあげるべきだと思います。しかし、日本は世界でもまれにみる福祉国家です。最近では負担額を上げなければ維持できないような制度が多いのですが、病気になっても医療保険は完備しているし、教育もすべてただという訳ではありませんが、基本は公的負担で成り立っています。老後の高齢者福祉も充実しています。そしてそれらを賄っているのが国民です。もっと細かく言うと、働いて所得を上げている国民と、過去働いて負担し、今もその一部を負担している国民です。そこへ低所得の外国人一家が先ほどのようなメカニズムで流入してきたら日本の制度が持ちません。心優しい日本人は、新しく来て税金もほとんど納めていないような外国人一家の人達には日本の福祉や教育の制度は使わせてやらないなどとはとても言えません。そうすると制度が崩壊し、日本が持たなくなってしまいます。
 安い外国人労働者を入れて、産業界が採算が良くなった時、国民全体がその付けを払うという事態が起こる可能性もあるのです。諸外国が外国人労働者を導入している時、そこから派生する問題に対処するために日本人が眉を顰めるような対応をしていることを忘れてはいけません。本当に心優しい日本人がそういう非情に耐えるでしょうか。

 国とは何か、私にとっては大変哲学的な難しい問題ですが、私は、物理的な国土と、その上に暮らしてきて、今も暮らしている人々、それにその人々が長年培ってきたものの考え方や感じ方、すなわち文化の総体であると思います。そういう意味では、北関東のどこかの町にあるように、外国人労働者だけが固まって住んでいる昔の租界のようなものが日本にできていくことは好ましくないと思います。日本人は外国で暮らすようになると、すぐに「その国の人」になります。ルーツの記憶はあるでしょうが、生活習慣からものの考え方まですぐに同化します。南米にあった日本人街も今は形骸化して、その代わり日系何世かの方がその国の中枢で活躍しています。でも、世界がみんなそんなものだと思うと間違いです。日本人とは随分違う現実を世界中で観察することが出来ます。ブルネイでは、国民の15%ぐらいが中華系です。19世紀ごろから中国の色々な地域から渡ってきた人たちです。賢くて働き者が多く、ブルネイの民間経済を実質的に動かしている人が多いのですが、百年もの間イスラム教徒が多く、国を支配しているブルネイにその家族が住んでいても、自分たちのアイデンティティは捨てません。名前も中国風、宗教もイスラム教には改宗せず、道教や仏教を信じてお祀りをしています。日本人がブルネイに住むようになった時、改宗をし、名前まで変えてすっかりブルネイに同化するのとは大違いです。したがって、もし大量に外国人を日本にいれたら、日本は日本ではなくなってしまうでしょう。日本の人口が減って困るから外国人で補えという意見がありますが、それは日本と違う国を物理的な日本の国土に作ることになると思います。日本は島国で、外国人に侵略されたり、皆殺しにされたりすることのなかった国ですから、日本の国土という物理的な存在とそこに住んでいる日本人とが違うはずがないと思っている人が多いと思いますが、世界の歴史を見たらそんなものではありません。民族移動や大規模な侵略はいくらでも起こって、ある地理的な地域に住んでいる人が前に住んでいる人とは全く異なるというような例がいくらでもあります。人口減に苦しむ今の日本を守るために外国人にどんどん来てもらえというのは、解になりません。日本の文化を持った、民族的にも日本人がいなくなったり、少数派になったりした物理的日本が「日本」であるはずがありません。

 以上のようなことから、私は外国人労働者を今以上に自由に受け入れるようにすることは反対です。けっして排外主義者だからではありません。外国人労働者を受け入れることによって生じる恐れのある日本の制度の崩壊を守るために、諸外国が行っている非情な仕打ちをすることに日本人は耐えられないだろうと思うからであります。日本人は優しすぎます。日本の人口を維持するために外国人の流入を促進することも反対であります。そうして人口を維持した国は日本ではなくなるからであります。
 一方、このところ東京にいますと、外国人(姿かたちと言葉でわかる)が近所にもたくさん目につきます。住宅費も高いですから、その費用に耐えるだけの所得を上げている人々に相違ありません。また、日本人と結婚して、なにがしかの仕事をして生計を立てている人も増えてきました。前者の人はひょっとすると母国にいずれ帰ってしまう人が混じっているかもしれませんが、ずっと日本に住み続ける人もいるでしょう。後者の人はもはや肌の色の違う日本人です。私はこういう人々を排除せよと言っているわけではありません。日本も古来なにがしかの外国人を渡来人とかいう呼称で受け入れ、従来からいる人々に同化しながら出来上がってきた国です。渡来人のほうが従来の住民に影響を与えた側面もいっぱいあるでしょう。肌の色や出身地で人を差別することは反対です。
 では、今まで申し述べてきた外国人労働者や移民とどう違うのでしょう。まず、おそらく数の問題があります。集団でやってきて、その集団でしか暮らせない状況に追い込まれた人たちと、一つ一つの人生の選択で日本で暮らすことになった人たちとは違うでしょう。二つ目は所得です。出身国に帰ってもちゃんとした暮らしができるような人たちは、日本の制度にすがって生きる必要はありません。あるいはその制度を支える一員になってくれるでしょう。身も蓋もない、それこそ「非情な」ことを言っているようですが、私もこういうことを平気で言っているわけではありません。実はおそらく日本政府が慎重に、熟慮の上考えたであろう、現在の出入国管理法上の入国規制はよくできています。高学歴の、高所得を上げる保証のある人は入国を認めるというのは、ある種人道的な考えの人からも、人手不足に苦しむ産業界の経営者層からも評判が悪いのですが、実は、優しい日本人が住む我が国としてはよく考えられた制度だと思います。もちろんファインチューニングはこれからも時に応じ必要になってくると思いますが、その時でも、優しい日本人の心からもたらされる様々な問題点と、ものすごくレベルの高い福祉国家の制度を維持しなければいけないということを忘れないでやってもらいたいと思います。
 最後に、必要は発明の母と言います。人手不足を外国人労働者を入れて安易に解決するのではなく、機械化、IT化、設備投資で生産性を上げていくほうがずっと将来のためになります。少子高齢化対策を「小説人口戦略法案」のように抜本的に講じて対処するほうがやはり日本のためでしょう。こういうことは世の賢い論者がよく言うことですが、やはり正論だと思います。現実にその難しさを知っている人たちからは、綺麗ごとを言うなと大いに批判されそうですが。