ファーストペンギンの後に列はあるか①(全3回)

 皆さま新年あけましておめでとうございます。(本当は私は今年は昨年家内の母が亡くなったので、喪中につきこのようなご挨拶を控えなければいけないのですが、母にお許しを願って。)今年もいいメッセージをお届けできるよう大いに努力いたします。今年の手始めに以下のメッセージをお届けしますが、張り切り過ぎて長くなったので3回に分けてお送りします。

 ファーストペンギンという言葉があります。ペンギンは、群れを成して住んでいますが、臆病な動物で、海に飛び込む時に、なかなか決断が付きません。その時一頭のペンギンが勇を鼓して飛び込むと、そのあとは皆列をなして飛び込むのだそうです。(動物学的に言うと変だと思いますが、ペンギンの専門家ではないので、そのまま使います。)それで、最初に飛び込んだ個体をファーストペンギンと言って讃えるのだそうです。これが人間世界の出来事にも譬えられて、この言葉が人口に膾炙しています。初めに誰かが何かを創始したら多くの人が追随するという訳です。

 どうしてこういうことを私が言うかと言うと、前にこのメッセージに書いた釧路湿原のメガソーラーに関するフォローアップの記事が12月に新聞に載り、私が秘かに尊敬している登山家であり、環境問題の専門家である野口健さんの解説が載っていたからであります。この問題は、私もこの和歌山研究会のメッセージの2025年9月1日及び2日付けの「環境保全と行政のあり方(全2回)」に書いたとおり、自然環境として最も保護を要する釧路湿原のど真ん中にメガソーラーが建設中であり、そのために大規模な木々の伐採や湿原の埋め立てが進んでいるというニュースが飛び込んできたことに発します。ところが、それはひどいじゃないかと止めに入るべき北海道庁も釧路市も、そしてすぐ横に環境保護のためのフィールドセンターを持っている環境省も、制度がないとかなんとか言って、手をこまねいているということでした。そこで大いに怒ったのが私のほかには、野口さんであったのです。止めに入る制度がないからと言って放っておくのは行政の怠慢で、こういうことで釧路湿原という貴重な自然環境が失われるのは我慢できないという点ではまったく共通で、私の方ではこれに加えて、和歌山県ではもう10年も昔から独自の条例を作って、望ましくないメガソーラーを排除しているぞ。何が制度がないだ。なければ作ればいいではないか。ちゃんと前例だってあるのに。という趣旨の内容が付け加わっています。
 そう言う批判が効いたのか。ようやく北海道庁も、釧路市も、規制の法制を準備し始めたし、国も規制の在り方の検討に入ったというのが記事の内容でした。そして、野口さんのコメントが続きます。すなわち、「(略)しかし、釧路湿原のメガソーラー問題が世の中に大きく注目されると流れに変化が。・・・(略)・・・政府も補助金制度廃止や・・・(略)・・・法改正に着手。北海道の鈴木直道知事も複数の法令違反が発覚した釧路湿原のメガソーラー建設に対し『中止命令もあり得る』と表明した。『ファーストペンギン』の後には必ず列が続く。釧路の揺れは全国に広がっていくと確信している。」

 でも、本当にそうでしょうか。政府の検討は結論が出て初めて現実に意味がある効果をもたらすのだし、北海道知事がそう発言したぐらいで、山は動かないのが地方自治体の世界であるのではないか。それに、鈴木知事の発言も、「法令違反があるから中止命令もあり得る」と言っているだけで、こんなところにメガソーラーなど作ってはいけないという制度を北海道庁で作ってやるとは言っていないようです。10年以上も前から、和歌山県や兵庫県は、問題のある所にはメガソーラーを作ってはいけませんという条例を作って成功裏に運用しているのに!ファーストペンギンがやったことなど頭の中にないのかもしれません。
 ファーストペンギンの後ろには本当に列はあるのか、皆が皆先進事例を採用して行政を充実しものにしようと本当に思っているのか。私は尊敬する野口さんではあるけれど、行政、特に地方自治体の行動に関しては野口さんの分析は甘いと思います。

 この世の習いとして、生みの苦しみは大きく、それを乗り越えていいアイデアが実現したら、後に続くものはどんどんそのアイデアを採用して社会が変わって行くものだと思います。特に、ビジネスの世界では、どんな新機軸でも、それが新しいものであるほど大きなリスクはあるので、リスクをものともせず一番初めに挑戦した人は大いに賞賛され、それが成功した暁には他の人々も模倣、追随するのが常であります。ビジネスの世界では常に競争にさらされていますから、追随をしないと直ちに競争に負けてしまいます。これがファーストペンギンとそのあとを列をなして追いかける者の話が使われるようになった背景です。初めに創意工夫を行う者は、大変なリスクをおかしてようやく成功に至るわけですから、その報酬として知的所有権を守る法制が整備されています。

 一方、行政の世界ではこのような「知的所有権」を保護する制度はありません。ある中央政府や地方政府が始めた新しい政策は、他の国の中央政府や他の地方政府が真似てもだれも文句を言えないようになっています。おそらく、利益を上げる手段というよりも人々を幸せにする手段なのだから、誰が思いついたか、最初に始めたかというようなことにかかわらず、そのような政策によって人々が幸せになればいいではないか、どこに住んでいる人々でも恩恵にあずかってもいいではないかという考え方であろうと思います。
 ところが、地方自治体は、驚くほど他の真似をしないのです。私は国の役人をしていた時も、企業に比べると、自治体は他の自治体の良いところを真似しないなあという思いを持っていましたが、自分で知事をやってみて、この思いを強くしました。地方自治体はあまり競争しないのです。だから、真似をしなくてもいいのです。
 私は、地方自治体も競争をしなければならないと思っています。その地域に住んでいる人々が他の地域の人々より幸せを感じているかどうかの競争です。地方自治体がそのためにできることは政策に磨きをかけることですから、政策で競争をしていると言っても過言ではありません。(付言すれば、置かれた環境が他と違うということがあり、競争条件が同一ではないということがありますが、ここでは議論しません。)政策で競争をするためには、政策を新た発明する必要は必ずしもありません。政策に知的所有権はないのですから、よそでいい政策を採用して成功していると思ったら、真似をして、自分の所でも採用してしまえばいいのです。もちろんその時には、その政策が自分の地域に適合するかどうかの検証もし、現実に合わせて適用のための多少の改変もしなければいけないのは当然です。また、現実に切実な問題があって、他にはそれを解決できる政策がない場合は、自分で政策を創案しなければなりません。でも、模倣と創案によって、その地域の人々の幸せを極大にするというのが当然のことであると思います。

 ところが現実には、地方自治体は本当に真似をしません。知事になってそれを実感して、ある意味感動しました。和歌山県もそうであったと思います。私が知事に就任して職員と議論していると、皆横並びを意識しているということがよくわかりました。しかし、その時の考慮の対象はほとんどの自治体が採用している制度や政策のことです。他のほとんどが採用しているのに自分の県だけ違うのは恥ずかしいということなのでしょう。しかし、少数の県だけが先進的に採用している政策を真似て来て、自県の人々にも同じ恩恵をもたらそうという意識はありませんでした。私は、知事になるまでは主として民間企業相手の仕事をしていましたから、こういうマインドは変だなあと思いました。それで、先進的な政策を採用して成功している、または少なくとも成功しているように見える自治体の政策の中身を徹底的に調べて、いいもので当県に採用できるものがあればどんどん真似をしていこうじゃないかと職員に檄を飛ばしました。そして、そういう候補を見つけたら、色々な手立てを考えて、調査に行かせることにしました。早い話がスパイです。少し戸惑っている職員には、冗談半分に「僕はパクリの仁坂だぞ」と言って揶揄っていました。

 その結果、和歌山県では、結構真似をした先進政策もあります。調査をして理解したうえで、よく考えて採用を見送った政策もあります。
 以下少し実例を述べます。まず模倣したほうからです。
その1は、愛媛県のミカンの販売戦略です。和歌山県はずっとミカンの生産量日本一です。ところが、生産額ではいつも愛媛県の後塵を拝していました。おかしいなあ、和歌山のミカンはものすごくおいしいと思うものがいっぱいあるのに、なぜ安くしか売れないのだろうと思いました。大阪の中央市場にプロモーションに行くと、そこの社長から、和歌山のミカンはばらつきがあるのでなかなかいい値がつけづらい、もっと品質をそろえてくれないと困ると親切にアドバイスをいただきました。生産量で勝って生産額で負けているということは、和歌山県の農家は重いミカンを運んでお金は少ししかもらえていないという訳だからアホみたいだ、何とかしようと考えました。そこで、愛媛県と和歌山県のミカンに関する制度比較を担当部局にさせてみました。その結果驚くべきことが分かりました。まず、愛媛県は全県一区の単一農協になっていますが、その農協が中心になって、出荷するミカンには糖度検査をして、甘いものだけ出荷を認め、甘くないものは生果では出荷させないで、愛媛県の名産ポンジュースに回す。しかし、その際にジュース原料を提供した農家の手取りはうんと少ないので、生果を出荷した農家からの出捐金で、所得補償をする、とこういうからくりだそうです。さすが愛媛県、よく考えています。しかもずっと昔からなのが驚きです。和歌山県は農協も沢山に分かれていて(今は一つになりましたが。)、このような統一システムは採りづらく、自信のあるミカン農家は個別に良い値段で自家のミカンの取引をしているが、多くの農家は、甘いミカンもそれほどでもないミカンも一緒くたに箱詰めして農協から出荷しているという状況でした。これでは市場でいい値段がもらえません。そこで、この愛媛県のシステムを「パクる」ことにしました。このような立派なシステムの当事者は愛媛県では農協で純民間ですが、和歌山県では農協が分かれていることもあって、県が参加しないと動きません。そこで、期限を切って、いささかの県の補助金を使って、「厳選ミカン出荷方式」を県と各農協とで協力して実施することにしました。出荷するミカンはすべて糖度を測って、一定の糖度以上のものだけを「厳選ミカン」として出荷することにして、残りはジュースの原料に回し、そこへ県の補助金も加えた所得補償を出すことにしました。「厳選ミカン」には「厳選」というラベルを箱に貼付又は印刷することにしました。そうすると、こうした「厳選ミカン」には糖度の低いものは入らないので、市場でも安心して高い値段をつけてくれることになりました。そうしたら、何と開始1年目で、生産額でも愛媛県からトップの座を奪ってしまったのです。平均単価もどんどん順位を上げて、県の担当者たちは嬉々として、「次は生産量、生産額、平均単価の三冠王を目指します」と報告に来てくれました。もっとも今に至るまで、この三冠王は達成されていませんが、生産額首位の座はずっと守っています。

②(全3回)へつづく