東京は得をしているか

 東京一極集中が言われ出してから、もう数十年が経ちます。一時、バブルがはじけ、日本の成長に陰りが出始めたとき、東京への人口集中が止まりかけたことがありました。1995年頃のことです。ちょうどその頃、日本経済も曲がり角を迎えていて、世界の中で日本のそれまでの優位が失われはじめ、産業構造も大いに変わり始めましたので、世界に再び互して行くには、東京など大都会がその力をもっと発揮出来るようにして、その力で日本経済を引っ張っていってもらおうと言う考えが主流になったと思います。そのため、東京や大都会への集中を防ぐために作っていた様々な制度を緩和していったことも大きかったのではないかとも思いますが、その後の東京一極集中の加速化は我々が皆感じているとおりです。私は今、和歌山県知事を引退し、一人で仕事と家内の世話のため和歌山と東京の間を行ったり来たりしていますが、東京の繁栄と、和歌山との格差拡大をひしひしと感じます。和歌山から見ると、東京の活況はすごいと思います。一時コロナの流行で、東京から人が周辺部や地方に移り、一極集中が緩和されるかと思いましたが、また、もとの傾向が力強く戻ってきています。
 東京は人口も多く、経済的にも繁栄しており、高所得者も多く、したがって税収も多く、交通機関も発達し、大学も企業の本社、ベンチャー企業も多く、若者を地方から多く引きつけています。
 これらは自由な意思決定の結果であり、地方間の競争の結果とも考えられ、一概に、とりわけ道義的に責められるものではありません。
 また、日本の国際競争力を考えると、東京の持つ役割は大きいものがあります。
 しかし、そこに制度的に地方間の競争を歪めている要素があるとしたら、それは是正検討の対象でしょう。そういう観点から見ると、次の6点に関しては、制度的に東京が地域間競争の上で有利になっているといえるように思います。

1.税構造の問題

①地方税の各税目ごとに偏在性が違う
例)人口一人あたり税収額の最大東京と最小県の倍率は地方消費税1.7倍、地方法人二税 6.1倍
偏在性の高い法人課税を地方税の重要な要素にしているので東京都の税収が大きく、地方のそれは少なくなる。
 
②その法人事業税も、法人の事業所等が2以上の都道府県にまたがる時は「課税権の調整」(分配)がなされるが、その分配基準は、製造業は従業者数で、非製造業は半分を従業者数で、半分を事業所数で分配することになっている。ということは、従業者数が多いところが有利となることである。最近は地方の工場は省力化を中心とする技術進歩によって従業者が減り、本社機能が充実してそこで働く従業者が増えるので、本社の多い東京都が有利となる。
しかし、水の手配、道路、環境対策など工場のある地方の自治体の事務は大きく、それに要する支出も大きい。

2.インフラ

①高速道路は大都会から段々と地方へ延伸されていった。高速道路は企業の立地選択や観光客の行き先選択の重要な要素であるが、東京都の高速道路整備のための投資の全国比は昭和40年ぐらいまでは人口比よりも高い。最近は人口比よりは少なくなっているが、かつての東京の経済発展を助け、その繁栄に弾みを付けたことは確かであろう。現に全国的に見て、高速道路の整備が遅れた地域ほど人口減が大きい。

②東京都や大都会は重要インフラが国の分担になっているものが多い。したがって、地方は自らの負担のもとにその地域の重要インフラを造っていく必要があるのに対し、東京都などはその部分は国が造ってくれるという有利な立場にある。(もちろん負担金支払いは伴う。)

③道路とならんで重要なインフラである新幹線網に関しては、その計画策定時には東京発の路線と大阪発の路線は同数であったのに、事業化され、完成したものは東京発のものばかりである。その結果関西の地盤低下を招き、さらに関西の周辺部の経済発展は特に遅れてしまった。     

3.高齢者福祉の負担

①大都会には高齢者福祉のサービスに対する待機者の数が多い。もしこれを地方並みに少なくしようとすると、多大の財政負担がかかることは当然のこととして、これにより、施設整備のための土地需要が発生し、福祉サービスに要する従業者の労働需要が拡大する。これによって、一種のクラウディングアウトが発生して、東京における民間ビジネスの負担増が発生して事業継続や拡張が難しくなってしまう。それによって、経済力の低下が予想される。

②そのような状況に鑑みて、東京都等が福祉サービスの充実を放棄すれば、高齢者の地方移住が進むが、それによって地方行政への財政圧迫が起こってしまう。(高齢者福祉は国の制度であるが、地方政府負担がある。)
例)特別養護老人ホームの施設整備費:1床あたり350万円を事業者に補助・・・その際都道府県が30%負担
同施設運営費:市町村がサービス事業費の90%を負担、その半分が保険料、半分が公費で都道府県12.5%、市町村12.5%               
国民健康保険制度:公費負担50%のうち都道府県負担が9% 後期高齢者医療保険制度:公費負担50%のうち県負担はその6分の1
高齢者が環境のいい地方に移住するのはいいことであるが、それを障害なく行うためには人の生涯納税額の再配分制度がないと不公平である。東京都は、人の一生のうち納税額の多い期間に東京都に住んで貰った人を、納税額が減って、福祉負担が多くなる期間に地方に押しつけることになる。

4.保育サービスの負担

①大都会には保育サービスの待機児童が多いが、もしこれを地方並みに少なくしようとすると、多大の財政負担が発生し、施設整備のための土地需要と従業者を雇うための労働需要の拡大が、民間ビジネスの負担増につながり、その地域の経済力の低下に繋がっていくことは高齢者福祉の場合と同じである。
 
②大都市は出生率が低いが、これが保育サービスの不足といった子育て環境の低さによって、招来されているとすると、大都会に若者をたくさん集めることは、子供を産み、育てることを難しくしていることになる。これは日本の出生率の低下に寄与していることになるのではないか。  

5.教育費負担

①若者の大都会転出によって地方は教育にかけたコストを回収する機会を失っている。
例:和歌山県の試算(2018)によると、高校卒業までに、県は一人あたり約1800万円の教育経費をかけて人材を育成しており、高校卒業後にこの若者が県外に転出すると、この教育経費を回収出来ない。最近で年間約500億円の流出があったと推計している。(教育費総額を100とすると、国は10%強、都道府県は約50%の負担。これは義務教育という国の制度でも、施設整備費、人件費ともにそれぞれ地方負担が多くあるから。)

②大学が多く、企業の本社やベンチャー企業などが多い東京など大都市に若者が流出すると、その若者を育てるのに要した教育費の分だけ、地方から東京への財政移転になっている。

6.行政のコスト

①大都市でも、地方でも行政が行わなければいけない業務は広範囲に亘って共通している。その場合、人口が少ないとスケールメリットが生かせず、人口一人あたりの行政コストは割高となる。特に行政に高度の専門家が必要になってくる現在はさらにこの格差は拡大することになる。
例:和歌山県の試算(2018)によると、過疎に苦しむ古座川町(人口2,826人)の一人あたりの行政コストは東京都港区(人口243,283人)の2倍以上。

②大都会では義務的行政の勤めを果たした上、裁量的行政をいろいろ構想出来るが、地方ではそうはいかない。

 以上の分析によって、東京一極集中には東京を有利にするような制度的問題があることが分かるのではないかと私は思います。とりわけ、少子高齢社会の弊害が多くの人に意識されるようになった今、東京の一極集中は、日本にとっての待ったなしの課題だと思います。地方からの声は時として、東京に対する羨望から恨みに転じている向きもありますが、このような感情論だけではなく、また、かけ声だけではなく、合理的な制度改革が現実に伴わなければ、東京一極集中の是正はおぼつきません。かつて我々は工場等立地法や、工業再配置法などの、強力な政策手段を作り上げました。もう一度このような強力な制度を構想する必要があるのではないでしょうか。
 このようにいうと、現に東京に住んでいる人々からは、大いなる反発があると思います。しかし、かくも繁栄している東京にこれ以上人を詰め込む工夫をすることが、東京に現に住み、将来住むことになるかも知れない人にとって、本当に望ましいことでしょうか。もともと、東京は緑の豊かな、ある意味、過密の弊害を感じさせないような街でした。それは、郊外には武蔵野の丘陵地が広がっていて、江戸時代から大名屋敷と寺社の比率が著しく高かったという特殊事情のもとに発展してきた街でもあるからという面もあると思います。しかし、その魅力が、最近の住宅開発と緑の減少によって毀損されつつあるように思います。私が住む住宅地でも、近所にある古くからゆったりと建っていた住宅が取り壊され、そこまでするかと思われるようなたくさんの地面に分けられてぎっしりと住宅が建つといった現象がどんどん進んでいます。土地価格が高騰しているから、こうでもしないと、新しい参入者が家を建てられないということだろうとは思いますが、今はそれで何とか住めたとしても、その住民が子育ての時代になると様々な不都合が起こりそうだし、もっと時間が経って老後を迎えたとき、果たして、東京が今のような魅力を維持し、古くなった家を買ってくれるような人が次々と現れるかという疑問も感じます。したがって、ずっと東京が魅力を失わず、現在の住民が資産価値を減じないようにするためには、今さえよければいいやというような、無理矢理の詰め込みはやめる方向で、制度を作っていかなければならないのではないかと私は思います。ましてや、明治神宮外苑の古木を切ってしまうような開発は是非やめにしてもらいたいと思います。あそこに古木が残っているということは東京の魅力を高め、それは東京に住むすべての人に対する外部経済効果をもたらしていると思うからであります。直接開発に携わる人はこういうことは知ったことかといわれそうですが、東京中に住んでいる人やずっと将来東京に住むかも知れない人の利益を考えると、経済学の外部効果のある場合の行政介入の正当性という観点から考えても、ここは行政の適切な行動が待たれるところであります。こういう問題は開発者や当該土地の所有者にとっては大いなる関心事でありますが、外部効果が失われることによって、広く薄く損害を被る住民にはあまり意識されないことかも知れません。だからこそ賢い行政が必要とされるのではないでしょうか。