能登大地震の被害状況は当初想像していたよりも遙かに深刻で、特に死者数が大変な数に上るように思えますが、痛ましいことです。心からなくなられた方のご冥福をお祈りし、お悔やみを申し上げます。紀伊半島大水害の時も、和歌山県の迅速な対応と早期復旧が世の中から褒められたのですが、それでも依然行方不明の人を入れて61人の方が亡くなっていまして、考えると悔しい思いがぬぐえません。命さえ助かっていれば、早期に復旧がなり、復興が進むと、また人生をやり直し、地域起こしに励めるのですが、亡くなった命は、それらがうまく行ったとしても帰っては来ません。
そういう意味で、災害関連死も防がなくてはいけません。折角地震、津波の攻撃から逃げおおせた命が、劣悪な避難生活環境で失われるのはいかにも残念です。その意味で、1月10日のNHKニュースでこの問題を取り上げ、この問題が重要だと警鐘をならしたNHKを大いに評価すべきだと思います。さらに特筆すべきことに、私が1月3日のこの和歌山研究会のメッセージで伝えた、災害関連死を少しでも減らすために、避難は体育館や公民館のような施設に収容してという固定観念をやめて、心身のダメージを減らすために「避難所よりも温泉施設」を利用するという施策が、石川県の馳知事によって実行に移されつつあるということが報じられました。ひょっとしたら、私の前のメッセージが効果があったかなと嬉しくなりましたが、石川県や政府の方が思いつかれたり、元々知っておられたりしたのならもっと嬉しく思います。
まだまだ大変な災害対策が続きますが、力を合わせて乗り切ってもらいたいものだと思います。
一方、被害状況が明るみになるにつれ、和歌山県にとってはやはり大変な問題だという事態が明らかになっています。それは住宅の耐震強化の遅れです。和歌山県は南海トラフの大地震が発生したときは、太平洋に突き出た紀伊半島にあるが故に、全県で震度7の揺れが発生する恐れがあります。しかも、震源域の南海トラフにとても近いので、直下型の揺れが起こる恐れが高いところです。と言うことは、震源が太平洋の遙か遠い地点であった東日本大震災の時と違って、地震の第一撃による被害が甚大なものになると言うことです。東日本大地震の津波被害があまりにも強烈な記憶を人々に残したものですから、津波は怖いが地震はそうでもないと思う傾向が高まったように思います。しかし、能登大地震を見ても、実際に津波もおそってきて大きな被害も出したけれど、それ以上にずっと地震による被害の方が大きかったのが実態です。しかも、この地域は発展を続けている都会ではありませんから、昔からの家屋が多く残っていて、その多くは、おそらく耐震強度には大いに問題があったのではないかと、被災地の映像などを見ると思います。これはまさに、和歌山県に、しかも、南海トラフ地震の直撃を受けそうな紀南地方に当てはまります。
和歌山県は比較的古い家が多く、その耐震性には大いに問題があるという家がとても多いところでした。もちろん個人の住宅だけではなく、公共施設も、学校も、病院も、ホテルなど観光施設も皆そうでしたが、近年かなりの財源もつぎ込んで、そういう施設のほとんどは耐震性を確保するに至っています。特に、古い観光地ですから、耐震性が不十分なホテルも多く、このままでは観光立県和歌山の名がすたると思って、ちょうど国の耐震強化法が出来て、観光業者が厳しい対応に迫られた時、全国で唯一県による高レベルの補助制度を作って、官民をあげて耐震強化に突っ走りました。ところが問題は個人の住家です。実は、和歌山県は、おそらく全国一の住宅の耐震強化のための補助制度を持っているのです。ところが、実際の耐震強化が、先述の公共施設や観光施設の場合と違って、なかなか進みません。そういう耐震上問題のある家にすんでいるお年寄りなどで、「もう私は、大地震が起こって家がつぶれて死んでもええんや」と言う人が多いとのことです。それでも、我々は、「ああそうですか」というわけにはいきません。人の命を助けることが行政の一番大事な目標です。だから、耐震強化をするように県民に一生懸命説得しました。行政報告会などでは、先述の発言を引用して、「そう言って死んでも良いという人に限って、死んでから化けてくる人が多いのですから、皆さん、補助はものすごく手厚いので、是非耐震工事をしましょう」と何度も何度も言いまくりました。しかし、もちろん少しずつ耐震化率は上がりましたが、他県と比べると今一つです。制度の方もどんどん強化して、事実上自己負担ゼロで工事が出来るという方法も編み出して、PRしました。家全体を直すと大変だという人には、寝室だけとか、ベッドだけとか言う制度も作って、一生懸命耐震強化をお勧めしました。それでも改善率は顕著ではありません。私の知事の任期の最後の頃には、担当部局から、「このままでは耐震強化が十分に進みませんから、県内の全戸に戸別訪問して、耐震強化を説得して参ります。」と言う意見まで出て、実行に移してくれたはずですが、効果はまだまだの感があります。
能登大地震の揺れは、同じ直下型とはいえ、南海トラフの大地震の場合の想定揺れに比べれば、いささか小さめでした。それでも、あの大惨事ですから、南海トラフの大地震が和歌山県を襲ったらと言うことを想像すると気が遠くなる思いです。
この住宅の耐震強化の未達成が和歌山県の防災対策の最大の問題点です。私も県職員もそのことは重々承知していて、上記のように、口を酸っぱくして住民の方々に耐震強化をお勧めし、そのために住民の負担が小さくなるように、最大限の助成拡張を図ってきました。しかし実態ははかばかしい成果が上げられていなくて、大きな宿題となっています。私の後を引き継いだ岸本知事にこのような大きな宿題を残して申し訳ないと思いますが、引き続き最大限の努力をして、南海トラフ地震の第一撃で亡くなる人を極小まで減らしてもらいたいと思います。
能登大地震の直後、青山繁晴さんが、ユーチューブの「青山繁晴チャンネルー僕らの国会」で、この地震についての対策について、自戒的な思いも含めて色々意見を述べておられて、その中で、「この住宅の耐震化をもっと進めておかなければいけなかった、進めるためには思い切った助成を考えなければならないのではないか」と言っておられました。その通りです。でも、およそ考えつく限りの助成策を充実した上で、必死に住民を説得してきた和歌山県ですら、多くの住民の皆さんが耐震工事に踏み切って下さる所まで持って行くのは本当に難しかったということを考えると、余程この問題の深刻さが分かると思います。しかし、だからといってあきらめてはいけないので、和歌山県はもちろんですが、同じような耐震の進まない、過疎の地域を抱えている地域の当局や住民は余程危機感を持って、この問題に取り組まなければいけないでしょう。実は、住宅建築の技術はどんどん進んでいて、それを反映して新しい住宅の耐震強度は、昔のものに比べると格段に強くなっています。もちろん耐震規制も、それを義務付けるべく厳しくなっています。東京の住宅地など大都会は、新規住宅需要もあり、新陳代謝も盛んなので、耐震性にすぐれた新しい住宅が多く、そういう所では、この地震による第一撃リスクは低下していると思います。しかし、紀伊半島南部のような過疎の地域は、経済的にも振るわず、新規住宅需要も少ないので、家が新しいものに建て代わるスピードが速くありません。今回の被災地でも伝統的な住宅が軒並み被害に遭っている中で、新しそうな住宅が無傷に残っている姿が映像でよく写りました。だから、この耐震性の強化のためにも、このような過疎の地域の経済的発展が起こり、新規住宅需要が高まるような施策が必要だと思う一方、そうは言っても、すべて古い家が建て替えられるまでは結構時間が掛るだろうから、既存の住宅の耐震強化工事も今までの努力以上に進めるべきでしょう。和歌山県だけでなく同じような地域が沢山あると思いますので、行政当局の奮起と住民の方々の踏み出しが必要であると思います。それには、どの地域でも、せめて和歌山県ぐらいの耐震強化助成の制度を行政が準備すべきでしょう。しかし、最後はやはり住民の方々の踏み出しです。助成が手厚くても、簡単には耐震強化工事に踏み切ってくれません。でも、行政当局の説得などよりずっと効果のあるのが地震被害の映像です。おそらく今が一番、多くの全国の住民の方が地震被害の恐ろしさを実感し、恐怖に駆られ、耐震強化を進める行政の説得に応じやすいときではないかと思います。この機を逃がさず、防災対策の任にある各行政機関の方々は、地域の耐震強化、特に住宅の耐震強化に全力を挙げてもらいたいと思います。