農業政策について その2

 前回「農業政策について」と言うタイトルで、山口亮子さんの「日本一の農業県はどこか」に触発された思いを書きました。書きながら、もう一つ大いに触発された話があったのを思い出しました。先日旧知の、新しい農業ビジネスを創業して上場まで成長させた、株式会社農業総合研究所の及川智正会長CEOにお目に掛かった時、及川さんから「日本の農業には農産物の需給調整が出来る供給側の担い手がいないのが問題ではないですか。」と言われたことです。農業総合研究所は及川さんが自ら構想したビジネスモデルを駆使して和歌山で創業した企業ですが、東京生まれの及川さんが何故和歌山で農業ビジネスを創業したかというのはなかなか面白いお話しがあるのですが、そこは省略して、和歌山県が私の知事就任前から採用している「企業ソムリエ委員会」という制度で見いだされて以来、及川さんの農業総合研究所は、私がもっとも将来性を嘱望している企業の一つです。企業ソムリエ委員会というのは、和歌山県が誇る日本のエジソン、島精機の島正博社長(当時)が、自分のように企業を興して、成長させて、地域の発展に資する後進を育てようと、一柳アソシエイトの一柳良雄さんなどと諮って県に企画を持ちかけて発足したもので、島さんも、以来この制度を利用して、ずっと後身の発掘と支援に努めておられます。企業ソムリエ委員会で農業総合研究所が選ばれたとき、私は直感的にこれはいけると思いました。それで直ちに、多少のふっかけもありましたが、及川さんに対して、未だ売り上げが一億円にも届かない時であったにもかかわらず、「目指せ売り上げ10億円、目指せ上場」と煽ると同時に、「大きくなっても本社は和歌山に置いておいてね」とお願いもしました。期待に違わず、農業総合研究所は、10億円はおろか、既に取扱高130億円に達している一方、本社は、ビジネスを企画する部隊は東京に置きつつ本社は和歌山に置き続けてくれています。農業総合研究所は、一言で言うと、農家を組織化して、全国の有力小売店に出店する仕組みを提供するというもので、今やはやりのプラットホームビジネスの走りの、農業版と言ってもいいかと思います。その及川さんでも、「日本には農産物の需給調整が出来る仕掛けがない」と言うのですから、これは深刻です。
 私は日本の農業の大問題は二つあって、一つは日本が農業の企業経営を許さなかったことだと思っています。農業部門を、他のセクターと比べると、圧倒的に経営規模が小さいのですが、それは戦後の日本の農業では、一般的に経済発展の道具であった企業経営、株式会社が認められていなかったということが原因だと思います。今はもちろん緩和されていますが、それでも農業生産法人の創設には他業種にない制約がありますし、特に農地保有に対する制限は、日本農業の経営規模の小ささに大きな効果をもたらしたと思います。これは戦前の日本で、農地の大地主への集中と小作人の疲弊がひどかったので、そういう事態を二度と招かないように、日本の農業は独立自作農でやっていくのだと決め、それを何十年も続けた結果だと思いますが、他産業が諸外国の産業に互して、企業成長と集中を繰り返しながら日本経済を支えてきたのと大きな違いになっています。
このような日本の農業政策は国民がカロリー不足で苦しみ、米が絶対的に需要超過で供給が追いつかないという時代なら、意味があったかも知れませんが、食糧不足が解消され、国民の食に対する需要が大いに多様化し、高度化するにつれ、全く意味を失っています。ところが、それでも自作農家を守ろうとする政策をしゃにむに継続してしまった結果が、及川さんの言う「需給調整を供給側で出来る者がいない。」と言う事態を招いたのだと私は思います。及川さんのような流通ビジネスがそれを出来るかというと、現状では私は出来ないと思います。生産者の生産に対する意思決定に入ることは未だ出来ていないからです。私はもう手遅れかもしれないが、農業のビジネス制度を製造業やサービス業のように、土地所有も含めて自由にして、様々な経済主体が自由にビジネスを構想できるように一刻も早くすべきであると思います。そんなことをすれば、大商社のような企業がたちまち農家から土地を買い占めて、また、戦前の大地主制に遡りだという人がいるかも知れませんが、今の農産物に対する消費者の需要の多様性から考えると、農地の買い占めにどれほどの経済的合理性があるか怪しいと私は思います。農業はどの国でも日本のようかと言えば、会社形態で大農場経営をしている国もあれば、カーギルのように大流通企業が農家をコントロールして品目ごとに需給を調整しているような国もあります。
私は自分の乏しい海外経験からでも、日本の農産物、特に差別化の容易な果物や高級畜産物がものすごい人気なのをよく知っていますし、最近では日本の農産物の安全性が大きな市場価値を得ていると言うことも分かっています。このように、日本の農産物は国際競争力が抜群にあるので、海外に打って出れば、他のメイドインジャパンの製品と同じように、大いにしかも高く売れるはずだと思っているのですが、なかなか進みません。なぜ進まないかというと、経営体である農家が、国内に出荷する時でさえ、青果市場や農協頼みなのに、海外に輸出などとても考えられないと言う事態だからです。そういう時には、かつて世界的に見れば小さい会社だった日本の自動車会社の製品を商社が担いで市場開拓をしたように、農産物の輸出を流通業が担いでくれるかというと、なかなか難しいと思います。あまりにも小さい経営体である農家がそれぞれ作っている農産物をまとめ上げようとすると、期待利益に対してコストがかかりすぎで、とても手が出ないという状況ではないかと思います。ちなみに和歌山県の農産物は果実など商品性が高いものなので、海外展開が大いに有望ですから、こういった事態を乗り越えるために、県で有力国の流通を牛耳っている企業に商品を引いてもらう工作を私を先頭に一生懸命にやっていました。しかし、本来は生産側で、販売と生産の戦略を立て、マーケティングを一生懸命に行うというのが本来の姿です。そのためには、生産側にその任に堪えるような経営体が出てこないとどうしようもありません。今からでも遅くないと考えて、農業の部門に企業参入をもっと導入すべきです。

 もう一つの農業政策に関する、私が考える問題点は、長い間農林水産省が外国の安い農産物から国内農家をどう守るかと言うことばかり考えて、日本の実はすごい農産物を海外で売って稼ぐと言うイマジネーションがなかったことだと思います。今は政策転換もされて、海外に農産物を輸出しようと言う政策が追求されているように思いますが、ずっと、守ることばかり考えて、攻めることをおろそかにしてきた結果、およそあらゆる国で、日本の農産物に対する理不尽な輸入制限がものすごくたくさん存在しています。こういう制限は、それが導入されたときや、国際ラウンド交渉などで撤廃を要求していないと、定着してしまいます。そうなると、撤廃してもらうのも本当に大変です。その中には、国際条約上本来はあってはいけない数量制限や、うんと高い関税などもありますが、一番嫌らしいのは、検疫、植物検疫です。これらは、WTOの傘の元にあっては、科学的に立証されていない制限は課してはいけないということになっているのですが、実際はこれが腐るほどあって、輸出で活路を見いだそうとする農業者の足枷になっています。さらに当局が油断をしたり、怠惰であったりすると、あっという間に増えてしまいます。そして、一旦導入されてしまいますと撤廃させるには大変な労力と時間が掛かってしまいます。その被害者は、折角の輸出利益を逃してしまった農業生産者で、ひいては日本の国民すべてです。
この検疫でもっとも腹立たしいのは、福島の放射能漏れに端を発した、諸外国による日本の農産物の輸入制限です。放射能レベルを考えれば、日本の農産物は諸外国と比べても高いわけではないですから、どう考えても諸外国の措置はWTO違反です。したがって、日本政府は農業者のために戦わないといけません。それなのに、全く戦おうとしない当時の政府に私は文句を言いに行きました。きっかけは、EUの原産地証明に関する農林水産省の通達です。東日本の農産物は輸入停止にするから、和歌山県のような西日本の県は農産物の輸出がしたかったらEUが送って来た様式に沿って原産地証明を付けろというものでした。私はこの証明さえすれば輸出が出来る和歌山県の知事ですが、こんな理不尽な国際法違反を見逃して、EUの言うままにEUが示した原産地証明を付けろと言うなんて一帯どこの国の政府だと思って、時の農水副大臣に抗議に行きました。(本来は輸出が出来なくなる東日本の知事の仕事だと思ったのですが。)私の通産省時代の経験から言うと、こういうことを真っ先に仕掛けてくるのがEUで、これを見逃すと、そこまで知恵の回らない他の国もあっという間に追随してきます。だから一刻も早く叩かないといけないのです。ところが副大臣の対応は、「いいですねえ。仁坂さんは通産省の出身で、いつも攻めていらっしゃったから。農水省OBの私なんか、いつも守りばかりでしたから。」と言って取り合ってくれませんでした。この時瞬時に動いていたら、そして、世界中が東日本大地震で苦しんでいる日本を助けようという世論一色だったときに、こんなことを他ならぬEU委員会がするんですよというキャンペーンを張っていれば、その後の展開はまた、別のものになっていたでしょう。そう思うものですから、本当に腹立たしく、残念です。実際の世の動きは、世界中の国が瞬く間に日本の農産物に理不尽な検疫上の制限を課して、震災で苦しんでいる日本を、そして特に日本の農業者を苦しめました。(この話はあんまり腹が立ったものですから、前も書いたのですが、あらためて。)そして一旦導入された制度を撤廃させるのに今どれほどの労力がかかっているか、これは日本人が皆理解していることでしょう。
 このケースに限らず、その後の農水省にあって、農産物の輸出振興を正面に据え、この検疫問題を大いに取り上げようとして下さったのは現在の官房長官の林芳正さんと現経済産業大臣の斎藤健さんでした。前述のように一旦出来た制度を撤廃してもらうのはそうそう簡単にはできないのですが、少なくとも、農水省の政策のメニューに据えられたことで将来は希望が持てるものと期待しています。海外に行けばいっぺんに分かります。そして外国人旅行者の日本における行動を見ていたらいっぺんに分かります。日本の農産物はものすごく国際競争力のある、日本の宝です。