新しい友人に越純一郎さんと言うほぼ同年配の方がいます。その方が「トルコからの翼」顕彰献花式を3月19日に挙行するのに尽力されました。素晴らしい試みです。その献花式に関するサイトを作ったので寄稿してくださいとお願いされました。以下はその寄稿文です。越さんのお許しを得て、このメッセージにも載せさせていただきます。サイトは以下の通りですので、私の寄稿も近く掲載されるとのこと、ご関心の向きはぜひご覧ください。
https://seon-inc.com/wingsfromturkey/index.php
2025年3月19日、下関のオルハン・スヨルジュ記念園において「トルコからの翼」を顕彰する献花式が、越純一郎さんはじめ日本トルコ双方の貴顕、心優しい人たちの協力で行われました。
段々と日本人の多くの人の記憶から薄れ始めていることですが、イラン・イラク戦争のさなかの1995年3月19日、テヘラン空港に取り残された日本人を救出するために、危険を顧みず、トルコ航空の旅客機2機がテヘラン空港に舞い降りて、多くの日本人を安全な隣国に運んでくれました。この美談の背景には、1890年、トルコ海軍のエルトゥールル号が嵐の中和歌山県串本の紀伊大島沖で座礁、沈没した時に、当時の紀伊大島住民が総出で生存者を助け、死者を手厚く弔ったという事件がありますが、私は、その和歌山県知事を2023年の年末まで勤めていたものですから、エルトゥールル号事件も、トルコ航空によるテヘラン空港日本人救出事件もよく知っています。エルトゥールル号事件のことは、和歌山県人として、また日本人として誇りに思いますが、私が最も感動することは、以来135年の長きにわたって、トルコの人々は、この紀伊大島の住民がトルコ人にしてくれた献身を、教科書に書き続けて感謝し続けてくれたことです。だから、トルコの人々は大の親日家になり、日本人が本国の助けも得られずテヘラン空港に取り残されていると知るや、助けに行こうという気持ちになってくれたものと思います。我々日本人は、エルトゥールル号事件に関しトルコ人が日本人に対して捧げ続けてくれている感謝の念と同じように、テヘラン空港事件の際に受けた恩義に対する感謝の念を永遠に忘れてはいけません。しかし、我々日本人はこの恩義を、そして、テヘラン空港事件そのものを忘れかけてはいないでしょうか。
私は、ある時にあるトルコ関係の外交官にこう言われたことがあります。「トルコと言えばエルトゥールル号と皆が言うのですが、私はそれ以外で日本とトルコのきずなを深めることに頑張りたい。」 私も、縁あって、外務省に出向し、ブルネイという国の大使を拝命していたことがあります。私は日本の外交官でしたから、日本とブルネイの関係を強固にするものならば、誰がそのために尽くしたかなど関係なしに、ブルネイの人々の心に響くものなら、言葉は悪いのですが、なんでも「利用」しました。大事なことは日本とブルネイの関係を良好に保つことだから、自分がどんな功績をあげたかなどはどうでもいいことだと思っていました。
トルコに限らず、ブルネイに限らず、世界中の人々は、自国が他国のためにいいことをしたことを、他国の人々が正しく評価し、感謝し、いつまでも忘れないでいてくれることを喜びます。国と国との関係も、そういう人々の感情を抜きにしては語れないと思います。だから、トルコとの関係も、エルトゥールル号のことを重視し、それをアピールしても決して間違いではないと思いますし、それ以上に、我々日本人はテヘラン空港事件を永遠に忘れないぞと言うメッセージを発信することが重要だと私は思います。
テヘラン空港事件を忘れないことを表す献花式を行いたいと立ち上がられたのが、越純一郎さんでした。大変な国際派のビジネスマンである越さんは、以前から、日本人が外国人に対して行った善行と、外国人が日本人に対して行った善行を顕彰し、世に発信する活動を続けてこられていました。私が、越さんの知遇を得たのは、越さんが「今度は日本とブルネイのお互いの善意と親切を顕彰したい。」とおっしゃったので、古くからのブルネイのことならなんでも詳しい我が友人をご紹介したのがきっかけでしたが、次に言い出されたのが、トルコ航空によるテヘラン空港日本人救出事件のことでした。前述のように、私は、エルトゥールル号事件の起きた和歌山県知事でありましたから、当然テヘラン空港事件のこともよく知っています。それ以上に日本人がこのテヘラン空港事件のことを忘れかけていることに憂慮の念を抱いている人間でしたから、それは立派なお考えだと感激もし、ご相談にも乗りました。
越さんはお考えも立派だし、行動力も才能も大変なものでありますが、意外と遠慮されるところがあり、「トルコ大使館に協力を求めたいのだが、どうしたらいいか」ということに悩んでおられました。私は即座に、「外交官なら自国民をほめてくれる機会を作ってくれる人は大事にするに決まっていますから、遠慮せずに、大使に手紙をお書きなさい。外交官でこんないいことに飛びつかない人はいませんから。」とお勧めしました。私は心から越さんのこの試みは素晴らしいことだと思い続けていましたが、実際に私がしたことはこのことだけです。その後、苅田吉夫大使や宮島昭夫大使のような立派な賛同者が現れ、外務省やトルコ大使館、和歌山県、下関市のご協力も得て、この素晴らしい試みは、「トルコからの翼」顕彰の献花式として、3月19日に挙行されるに至りました。越さんはもちろん、多くの善意にあふれる方々のご貢献のおかげです。私は、家庭の事情もあり、この式典にすら出席が出来ませんでした。申し訳ないことですが、越さんは過分にも、この献花式は私のおかげで出来たことだと言ってくださいます。しかし、私が唯一したことは越さんにトルコ大使あてに手紙をお書きなさいと言ったことだけであります。
ただ、そんな私でも、思うことがあります。我が日本はこれからは経済力にものを言わせて他の国々を引き摺り回すことはできない。軍事力で威圧することもできない。それでも世界中の国々と良き関係を保ち続けなければならない。そのための一つの手段は相手国の人々の心の琴線に触れるようなことを心掛けることだ。そのためには、世界の国々に対し、日本の威厳を保ちつつ、懸命に好意あふれる善行を積んでいかなければならない。同時に世界の国々の人々が示してくれた日本と日本人に対する好意と恩義は決して忘れてはいけない。そして、忘れてはいないことを謳い続けなければならない。そのように思います。