日本初の民間ロケット打ち上げ

 1月26日スペースワン株式会社が、3月9日串本にある同社のロケット射場スペースポート紀伊から、日本における最初の民間ロケット打ち上げを行なうとの発表をしました。日本にとっても、和歌山県にとってもとても大きな出来事ですし、私にとってもとても思い入れのあるプロジェクトであったので、ようやく打ち上げまでこぎ着いたかと感慨ひとしおの物があります。コロナがあり、世界的にサプライチェーンが乱れたあおりを食って、ロケット製造に必要な部品が手に入らなくなったりして、打ち上げが随分遅れましたが、スペースワンの豊田正和社長はじめ関係者の皆さんの大変なご努力でついに打ち上げの日取りを発表するところまでたどり着いたと言うことに、深く敬意を表したいと思います。
 振り返ってみると、今から5、6年前、当時キヤノン本社の役員をされていた豊田さんと、担当の阿部さんが密かにお訪ね下さり、小型ロケットの射場を探しているのだが、それを串本の荒船海岸に作りたいというお話しがありました。詳しくお聞きすればするほどわくわくするような素晴らしい話で、私は一二もなく直ちに賛同し、全力を挙げて支援をすると申し上げました。
 案件は小型ロケットの射場なのですが、実は世界的視野で見ると、ロケットもさることながら技術の進歩による衛星の小型化こそがより本質的なことでした。これにより、沢山の衛星を宇宙空間に配置して、様々なビジネスにつなげるチャンスが生じます。様々な地球観測がそうですし、科学的な研究がそうですし、通信放送分野での新機軸がそうですし、それをうまく使うことによって地球上の様々な物の制御が可能になります。もちろん国の安全保障の面でも新しい展開が予想されるでしょう。今までは衛星がでかくて重いから、それを打ち上げるロケットも巨大なものが必要で、そうすると射場も広大な敷地が必要になります。また、当然1基あたりのコストもかかりますから、沢山の衛星を打ち上げるということは難しくなります。そこで今我々が目にしているような、世界の大部分が国営である、大射場と巨大ロケットの組み合わせとなるわけですが、衛星が小型化できるならば、小型ロケットで沢山の衛星をタイムリーに打ち上げるというビジネスモデルが出来るはずだと言うわけです。ご説明をお聞きするまで私も知りませんでしたが、この動きはどんどん進んでいて、既に米国系の打ち上げ会社が稼働にはいっていると言うことですし、イーロン・マスク氏のスペースXは、万の単位の衛星を宇宙空間において配置して、衛星インターネットアクセスを提供する構想を発表しています。こうなると、小型衛星の打ち上げ需要は爆発的に伸びるでしょうが、今の打ち上げキャパでは到底追いつかないので、世界的に射場ビジネスが発展すると言うことでした。もし串本のプロジェクトが順調に実現したら、これは世界2番目の実用プロジェクトになり、日本のみならず、世界中の小型衛星打ち上げ需要に応じることが可能になります。ちなみに、現状はJAXAなどの大型ロケットに小型衛星をいくつも一緒に積み込んで打ち上げてもらっているようですが、大型ロケットの打ち上げがそういつもあるわけではないので、ビジネス機会を考えると、タイミングが遅れて商売にならないと言う欠点があるとのことです。ロケットは南に向けて打ち上げるので、射場としては赤道にまっすぐ最短で向いている地形がよく、南に海が広がっていることが理想的で(北に射場があると事故が起きたときはロケットが射場の南の方にある陸地に落ちてしまいます。)、かつロケットや衛星を効率よく運搬できるような交通の便も重要な要素になるが、太平洋に突き出た紀伊半島の先端にあり、重要な製造拠点である東海地方とも陸上輸送で繋がっている串本は最高の立地点だと言うことでした。小型ロケット打ち上げの構想を胸に抱いて、阿部さんは全国の候補地を全部行脚して、出した結論が串本の荒船海岸だったと言うことでした。そこで、経済産業省のOBの知事ならこの辺の機微が分かってもらえるのではいかと考えて、和歌山県にこのプロジェクトの支援をしてもらおうと相談に来たというのがその時の豊田さんのお言葉でした。
 後々私はいつも言っていたのですが、このプロジェクトは世界経済が変わってしまうような大変動の現場に居合わせているという大変意義深いもので、先に申しましたように、私は直ちに「乗った」のですが、同時にその場で直ちに射場完成までのプロセスを想像しまして、これは容易ならざることですねと豊田さん達に申し上げました。
 まず、このプロジェクトは世界史的意義のあるプロジェクトであるとは言え、民間のプロジェクトであるので、公共事業において使える手段が使えません。実はこの土地は私が昆虫採集のために訪れたことがある土地なのですが、土地所有者の誰かが予定地の土地を売らないと言ったらもう終わりです。もっといやらしいのは、このプロジェクトを聞きつけて、金儲けを企んだ誰かが土地を買って法外な値段をふっかけてきたら、事業になりません。また、地元の公共団体はもちろん、住民の賛成がないとなかなか進みません。特に海を望む地なので、地元の漁業者との調整もうまくしなければならないと言うことは、これまで多くの官や民の立地案件で我々が経験してきたことです。したがって、純粋にビジネスに関することは、ビジネス当事者であるキヤノングループに任せるとして、このような様々な困難を乗り切るためには県の支援、しかも密かな支援が欠かせません。したがって、その場で、この件は県庁の中でも私と商工観光労働部長と担当課長の3人だけの秘密事項として、情報の開示は慎重に少しずつ必要に応じて行なうことにしました。私は一般には県民には何でも言ってしまうという行政手法を採ってきましたが、これだけは徹底的に秘密裏に話を進めました。県民の皆さんには申し訳ありませんでしたが、事の次第をご理解頂ければお許しいただけるでしょう。以来ほぼ2年間の準備で、会社と県の二人三脚で、地権者に土地も譲って頂き、漁協をはじめ関係者の賛同を得られ、プロジェクトの発表にこぎ着けた時は、我ながらほっとしました。事業会社スペースワンの社長として、豊田社長に引き継がれるまで心血を注がれた太田信一郎社長やプロジェクトの権化阿部さんも同じ思いでいらっしゃったでしょう。もちろん地元の串本町、那智勝浦町も町長さんはじめ全力投球で応援です。スペースワンの方々は、キヤノン電子をはじめとする出資者の構成を決め、資金手当を決め、射場建設をどんどん進められました。そして、射場の愛称もスペースポート紀伊と、ロケットの愛称もカイロスと決まり、県は、スペースワンとともに、毎年の様に東京大学高須賀教授をはじめ日本のロケットに関する学界、産業界のオールスターキャストをお呼びして串本でシンポジウムを行ない、さらに串本古座高校には宇宙探究コースも作り、このプロジェクトの成功に向けたあらゆる努力を重ねてきたのです。もうカイロスの打ち上げは指呼の間に見えていました。
 ところが、2020年初めから世界を襲ったコロナ禍は、先述のように、このカイロスの打ち上げを困難にしてしまい、とうとうこの3月9日まで時間が流れていきました。その間、我々地元はただ一日千秋の思いで待つだけでしたが、豊田社長をはじめスペースワンの会社関係者の皆さんはそれこそ、筆舌に耐えぬご苦労を重ねられて今日まで乗り切られたことと存じます。お疲れさまでございました。
 ここまで来たら、打ち上げ成功を私はいささかも疑ってはいませんが、一つ打ち上げればいいという物ではありませんで、このビジネスが打ち上げの成功を重ねるごとに評価が高まり、大発展を遂げられることをお祈りしたいと思います。そうすれば、この小型衛星ビジネスの将来性は先述の通りですから、これからは急速にカイロスの打ち上げ需要が高まり、今の射場がフル稼働しても追いつかなくなって、いずれ第二第三の射場が必要になってくると思います。私からは、会社には、次なる射場候補は沢山ありますのでご検討をと、既に申し上げてありますが、これから和歌山県は、ユーザーたる世界の産業界の動向を見誤ることなく、スペースワンの方々とも意思の疎通を欠かすことなく、次なる手を打ち、必死で環境整備に努力して、串本を中心とするこの一帯を名実ともにロケット王国にしていく夢を実現してほしいものだと思います。あのとき、会社と一体になり、それこそ実際に地元対策で汗をかいた和歌山県の職員の隠れた努力のひそみにならってもらいたいと思います。そうすれば、かつて和歌山県に沢山あったような「はじめ和歌山、今はなし。」にはならないはずであります。