外国人の訪日観光客がどんどん増えてきて、大都会ではホテルラッシュではあるものの、まだまだ需要に追いつけない状況にあり、一方では大都会でも地方でも理由はいろいろではあるものの、遊休不動産があふれていて、旅館ホテルのみならず一般の住宅に臨時に観光客を泊めようではないかという動きがとみに加速してきています。いわゆる民泊であります。それがネット事業者の格好のビジネスチャンスになっていて、今や日本の津々浦々の住宅が世界的ネット仲買業者のチェーンに組み込まれつつあります。
一方で、ホテルや旅館は、厳重な法規則の下に置かれ、安全や宿泊者のお世話のために、かなりのコストも支払っているのに、民泊がそういうものから逃れられるのは不公平ではないかという批判も大いにありましたし、今まで静穏に暮らしていた住宅地やマンションに、突如として、見たことのない外国人などが出入りし、時には生活秩序を荒らしていくのはとても困るという地元側の事情もあります。昨年成立し、近く施行をされようとする住宅宿泊事業法は、このような問題を一挙に解決すべく考えられた法律で、上記様々な点をうまく調整、解決しつつ民泊事業の推進により、さらに我が国における観光の発展を図ろうとするはずのもので、その成立が大いに期待されていました。
しかし、出来上がった法律は、下記のような内容から、どうもどの方面に対しても予見可能性と透明性が不足しているような気がしますし、法制定後の政府による対地方公共団体説明でも、地域の実情に合わせて、様々に法運営を図ろうとする地方公共団体に対して、その自由度を束縛するような発言が相次ぎ、その不満を買っているように見えます。ある地方公共団体の職員からは「天下の悪法だ。国交省始まって以来の悪法だ」というような発言すらあるようです。和歌山県でも、旅館ホテルの営業を守るという立場よりも、安寧な県民生活を守るという観点から、考えなければならない事が多く、決して、他人事ではありません。
法の制定の趣旨は十分理解できるところでありますから、要は、問題である法の予見可能性、透明度を高めるような法運営を可能とし、県民生活の安寧を守りつつ、一層の観光振興を図れるような住宅宿泊事業法の実施条例を作らねばならないと考えるわけであります。
以下はそのような趣旨で考えた、我々和歌山県の構想をまとめたものであり、今後法運営にあたる国土交通省や厚生労働省の理解も得つつ、県民に広く周知した上で、条例成案を来たる2月議会に上程しようと考えています。
そうすれば、「天下の悪法」批判は一挙に消えるはずであります。
□和歌山県における住宅宿泊事業の在り方について
《はじめに》
和歌山県においても、訪日外国人が増加しており、これらの人々のニーズに対応するとともに、地域の活性化に資するものとして、住宅宿泊事業法が制定されたことについては、評価をするものである。
しかしながら、この法律には次のような課題があり、その課題を解決するために、次のような対応をすることとしたい。
《課題》
1 法的安定性の確保
住宅宿泊事業法の基本的な形は、事業者は同事業を行おうとする際は、都道府県知事に届出をしなければならないとする一方で、住宅宿泊事業者又はそれから委託を受けた住宅宿泊管理業者は、その事業の適正な遂行のための措置をとることを義務付けるとともに、知事による監督を義務付けている。
しかし、法の条文及びその実施のための政省令を見る限り、事業者が届出しなければならない事項の中に事業の適正な遂行のために事業者が行う措置に対するものが明定されておらず、かつ、事業の適正な遂行のための措置として、法令に定められている事は、抽象的な文言で実現されるべき規範が語られているのみで、具体的な数値基準等、客観的な基準については定められていない。
すなわち、法は、まず届出により事業を認めた上で、事業の適正な遂行上何か問題が生じたと知事が判断した場合に事後的に監督を行って、事業の適正な遂行を図らせることを考えているように思われる。
しかしながら、このような方法では、事業者にとり、何が監督を加えられるべき「事業の適正な遂行」かがあらかじめ分からないという点で法制上の予見可能性が欠けるという問題が生じるし、行政の関与の透明性に欠け、ともすれば恣意的なものと事業者や県民に感じとられる恐れもある。
政府は、このような問題に対し、住宅宿泊事業法施行要領(ガイドライン)を発表して対応しようとしていると思われるが、ガイドラインとは行政庁が期待する運用指針に過ぎず、法的な位置付けについて安定性に欠けるのみならず、事業者に対する明確性や透明性に関し、問題が残るものと思われる。
さらに、仮にその点を置くとしても、発表されたガイドラインにおいては、諸々の点で抽象的な表現のまま留まっている箇所が多く、法運用に関する明確かつ透明な基準としては十分とは言えない所がある。
2 地方公共団体の権限
住宅宿泊事業法をめぐる環境は、各地域で様々に異なる状況にある。したがって、住宅宿泊事業法の適正な運営を図るには、地域の実情に合わせた制度設計を可能とする権限が地方公共団体に与えられるべきであり、現にそのような法律にするという説明を法案作成の初期の段階でお聞きして、そのように期待もしていたところである。しかしながら、法の条文上、地方公共団体に委任されているのは、法第18条に基づいて条例により区域と期間を定めて事業の実施を制限できることのみである。
これでは、地域ごとに異なるバックグラウンドを十分に考慮した制度づくりができない。
3 事業者の管理責任
住宅宿泊事業を有効活用して健全な観光振興を図るためには、近隣の生活環境との調和を図ることが必要である。生活環境上の問題が発生した際の対応は、住宅宿泊事業者あるいは住宅宿泊管理業者が責任をもって行うべきものと考える。法がそれら事業者の管理責任を重視していることは、法第11条において、住宅宿泊事業者が事業の用に供しようとする住宅に居住していない場合は、住宅管理業務を住宅宿泊管理業者に委託しなければならないと規定していることから明らかである。
したがって、地域にとって重要なことは地域の実情に応じ(家主不在型の事業の場合)住宅宿泊管理事業者が十分に管理を行えるかどうかである。とりわけ近隣の生活環境との調和という面で何か問題が発生した場合、住宅宿泊管理業者が遅滞なく当該住宅に駆けつけられるかどうかが重要である。しかしながら、ガイドラインに示されたところによれば、駆け付け要件は通常30分、時間を要する場合は60分とされており、地方圏の都市又は農山漁村を考えるとこれは町のどこに住んでいてもよいという基準に等しい。何らかのトラブルが発生した時、30分ないし60分も時間が経過すれば、静穏に暮らしている住宅地を想定すれば、事業者が駆け付ける前に、警察または地元自治体がこのようなトラブルに対応して出動しなければならなくなっているという事態が容易に想像される。
また、同様に、共同住宅の場合であっても、一戸建ての住宅地の場合であっても、住民は自らと同様な住民が暮らす共同住宅ないし住宅地を想定し、その環境を前提として、住宅を購入したり、その住宅に住み続けることを意思決定しているはずである。しかるに、ある住宅が突如、家主不在型の住宅宿泊事業の用に供され、見ず知らずの不特定多数の宿泊者が出入りするようになれば、先の意思決定に際する前提条件としての生活環境に悪影響が生じていると考えられない訳ではなく、あらかじめ何らかの調整がなされることが必要である。
《対応》
上記の課題に対応し、円滑な住宅宿泊事業を展開するためには、地方公共団体においてその地域に合った形の事業者が守るべきルールを考え、これを事前に誰にでも分かるような透明性を持って明示しておくことが必要である。
したがって、当県では法第18条の委任に基づく条例のほか、次のような内容を持つ同法実施条例を制定し、この目的に応えたいと考える。
なお、当県においては、住宅宿泊事業を用いた観光の一層の振興はもとより望むところであり、かつ、地域の実情から過密、混雑等による弊害も考えられないことから、上記実施条例に定めるルールが適用されることを条件として、法第18条に基づく条例では全県180日までの事業を認めることとする。
□住宅宿泊事業法実施条例の概要
1 住宅宿泊事業者、住宅宿泊管理業者及び管理業務の一部を再委託された者が守るべきルール(法律及び政省令に定められていること以外)
①宿泊者の衛生の確保
住宅宿泊事業者、住宅宿泊管理業者又は管理業務の一部を再委託された者は、次の基準に従わなければならない。
○設備や備品等は、清潔に保ち、定期的に清掃、換気を行うこと。
○寝具のシーツ、カバー等は、宿泊者が入れ替わるごとに洗濯したものと取り替えること。
○循環式浴槽や加湿器を備え付けている場合は、宿泊者が入れ替わるごとに浴槽の湯は抜き、加湿器の水は交換し、汚れやぬめりが生じないように洗浄すること。
○衛生管理に関する講習会を受講すること。
②宿泊者の安全の確保
住宅宿泊事業者又は住宅宿泊管理業者は、次の基準に従わなければならない。
○消防法令や市町村の火災予防条例の規制の有無等について、届出の前に建物の所在地を管轄する消防署等に確認し遵守すること。
○火災保険や第三者に対する賠償責任保険等への加入に努めること。
③外国人宿泊者の快適性及び利便性の確保
○住宅宿泊事業者、住宅宿泊管理業者又は管理業務の一部を再委託された者は、外国人宿泊者に対し、外国語を用いて設備の使用方法や災害発生時の通報連絡先に関する案内を行うとともに、当該事項が記載された書面を居室に備え付けること。
④宿泊名簿の作成及び本人確認
住宅宿泊事業者、住宅宿泊管理業者又は管理業務の一部を再委託された者は、次の基準に従わなければならない。
○原則対面により宿泊者全員について、本人確認をすること。
○対面によらない場合は、対面と同等の手段として、届出住宅に備え付けたテレビ電話 やタブレット端末等、ICTを活用した方法により行うこと。
○宿泊契約が7日以上の場合は、定期的な面会等により滞在者の所在を確認すること。
⑤周辺地域への生活環境への悪影響の防止に関し必要な事項の説明
○住宅宿泊事業者、住宅宿泊管理業者又は管理業務の一部を再委託された者は、宿泊者に対し、以下について説明すること。
・騒音の防止のために配慮すべき事項
大声での会話を控えること、深夜に窓を閉めること、バルコニー等屋外での宴会を開かないこと
・ゴミの処理に関し配慮すべき事項
当該市町村における廃棄物の分別方法等に沿って、事業者が指定した方法(届出住宅内の適切な場所にごみを捨てること等を含む)により捨てるべきであること
・火災の防止のために配慮すべき事項
ガスコンロの使用のための元栓の開閉方法及びその際の注意事項、初期消火のための消火器の使用方法、避難経路、通報措置
⑥苦情等への対応
○住宅宿泊管理業者又は管理業務の一部を再委託された者は、共同住宅の場合にあっては、宿泊者の滞在中、共同住宅の施設内に駐在すること。
○住宅宿泊管理業者又は管理業務の一部を再委託された者は、共同住宅以外の場合にあっては、緊急時や届出住宅の周辺の住民からの苦情及び問合せについて、迅速に駆け付け、適切に対応するため、おおむね届出住宅から徒歩10分以内の範囲に駐在すること。
〇住宅宿泊事業者、住宅宿泊管理業者又は管理業務の一部を再委託された者は、宿泊者に対して注意等を行っても改善がなされないような場合には、退室を求める等、必要な対応を講じること。
⑦標識の掲示
○住宅宿泊事業者、住宅宿泊管理業者又は管理業務の一部を再委託された者は、公衆が認識しやすい場所に宿泊者が滞在している旨の標識を掲示すること。共同住宅の場合にあっては、共用エントランスや集合ポスト、その他の公衆の認識しやすい場所に掲示すること。
2 周辺住民への事前説明
○事業の届出をしようとする者は、上記1のルールを明示し、当該住宅の存する場所の自治会、町内会、その他の地域住民の組織する団体に対し事前に説明すること。
3 周辺住民の反対がないことの確認
○事業の届出をしようとする者は、一戸建て住宅の場合は、おおむね届出住宅の向かい側にある三軒の家と、左右二軒の隣家及び裏の家の反対がないことを確認すること。
○事業の届出をしようとする者は、共同住宅の場合は、管理組合の規約や議事録により住宅宿泊事業を営むことを禁止しないことが記載されているか、もしくは管理組合において禁止しない旨の意思を確認すること。
4 事業の届出
○事業の届出をしようとする者は、法及び規則に定める書類のほか、下記の書類を届出書に添付すること。
・上記1のルールを満たしている事業計画書
・上記2に従って周辺住民に対し事前に説明したことを明らかにする書面
・上記3に従って周辺住民から反対がなかったことを明らかにする書面
・届出住宅に係る消防法令適合通知書
5 指導監督
○住宅宿泊事業者、住宅宿泊管理業者及び管理業務の一部を再委託された者が上記1の事項を履行しない場合のほか、知事が住宅宿泊事業の適正な運営を確保するため、特に必要と認める場合は、知事は、住宅宿泊事業者又は住宅宿泊管理業者に対し、法の規定に基づき報告徴収・改善命令等の措置をとるものとする