和歌山県は1998年、スペインのガリシア州とそれぞれが誇る熊野古道とサンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼道を姉妹道にしようという大変ユニークな協力協定を結びました。双方とも古くからの巡礼道で、熊野古道は日本古来の信仰に基づく巡礼道で、神道に立脚したもの、サンティアゴ・デ・コンポステラへの道(カミノ・デ・サンティアゴと言います。)はキリスト教徒の巡礼道で、それぞれの宗教的、文化的意味づけはうんと違いますが、長く歩いて目的地を目指し、巡礼が成就すれば、魂が救われて、甦るという点では共通のものを持っています。熊野古道も最近では国内外ともに大変な人気ですが、カミノ・デ・サンティアゴはもっとすごくて、年間33万人の人が巡礼に訪れます。20年前は熊野古道が一時知られることが少なくなっていた時代ですから、これを大人気のカミノ・デ・サンティアゴと絡めて大いに売り出そうと考えた当時の西口勇知事やそのスタッフはとても偉いと思いました。特に西口知事は熊野古道が大好きで、ご自身の著作に「くまの九十九王子をゆく」があります。
このせいもあってか、1993年に世界遺産登録のあったカミノ・デ・サンティアゴに続いて、わが熊野古道も2004年に世界遺産に登録されました。今やこの二つの道は巡礼道として世界でたった2つの世界遺産として、知る人ぞ知る存在となっています。
今年はその協定ができてから20年目、例年以上に張り切って、お互いに相手方のPRをすることで自分達の道のファンにしようというイベントを色々と繰り広げています。その一環で、寒かったので風邪を引きましたが、私は1月22日から1月27日にマドリードとサンティアゴ・デ・コンポステラに行ってガリシア州政府の要人と交歓したり、共同プロモーションをしたりしてきました。また、ヨーロッパ最大の旅行フェアFITURがマドリードで開かれていましたので、そこにも和歌山県のブースをJNTOのパビリオンの中に設けてPRを頑張りました。職員とともに、白浜の旅館「むさし」の沼田女将が全体のPRを含め頑張ってくれました。
私はもう12年も知事をしていますので、この20年間の後半には色々と思い出深いこともありました。一番の思い出は、協定10周年を記念してという県職員の説明で、サンティアゴ・デ・コンポステラに最初に乗り込んだところ、何と西口知事が交わした協定が、ガリシア州側の政権交代ですっかり忘れられていることを発見し、咄嗟に一人で現地で大立ち回りを演じて、元の鞘にうまく収めたことでした。でも、この時は、たまたま私が日西両政府間の日西委員会の講演者兼メンバーとして招待を受けていてサンティアゴにわりと長く滞在できたという特殊事情があったことにも助けられました。現在の、行って用事をしてすぐ帰るという弾丸ツアーでは、到底あの離れ業は不可能であったと思います。ただし、その後10年で和歌山県の外交能力は格段に高まりました。職員の能力とカウンターパートのグリップが向上し、今ではあんなことは全く考えられません。
そういうわけでガリシア州の首相等が来られたときは、少しだけ熊野古道を歩いてもらっていますが、私も向こうに行ったときに少し歩きませんかと誘われます。向こうで言うと最終目的地サンティアゴ大聖堂が見える丘が「歓喜の丘」として有名観光スポットとなっているのと、熊野古道を歩いてきてついに眼下に目的の本宮大社の大斎原を見て感激をする「伏拝王子」という同じようなコンセプトものがあるというのが興味深いのですが、我が熊野古道が森の中の神秘的な道なのに対し、カミノ・デ・サンティアゴは変哲もない畑や田舎町の中を歩いて行くので、雰囲気は大分違います。考えてみれば、我々の神々は神秘の森の中のあちこちにいるのに対し、カミノ・デ・サンティアゴの神はキリストであり、巡礼者の心にあるいは背中にいるのですから、道自体に神秘性はいらないというわけでしょう。
しかし、長い年月を掛けて整備されてきたカミノ・デ・サンティアゴは熊野古道より一日の長がある所もあります。まず最終目的地のサンティアゴ・デ・コンポステラの大聖堂を取り囲む町そのものです。巡礼をお迎えする宿泊機能はもちろん、休息、食事、お土産、完歩証明書発行所など至れり尽くせりのサービスが有り、町自体の景観を考えた保全も完璧です。次に、巡礼道沿いに宿泊料のうんと安いものから高いものまで、各種の宿泊施設が要所要所に配置されていて、疲れて泊まりたいときにどこにでも泊まれるようになっています。こういう点は、是非我々も見習わなければならないと、少しずつ熊野古道周辺の整備もしている所です。宿泊施設「霧の郷たかはら」の整備もその一つです。
今や西口知事がおそらく構想したであろうカミノ・デ・サンティアゴの巡礼者に熊野古道に来てもらおうという考えが、現実のものになりつつあります。キリスト教の神を信じ、神とともにサンティアゴに巡礼した人々が、今度は熊野古道を歩いてみようと続々と訪れてくれるようになりました。熊野における我々の神様は森の中の森羅万象です。その中をキリスト教徒の人はキリストへの思いを心の中に持ちつつ、神秘の森の中を歩き続けるのです。他教の神とともに歩く、他教の聖者とともに歩くということであったら、熱心なキリスト教信者にとって、そういう所を歩くのは抵抗があるでしょう。でも熊野は違います。熊野への巡礼は心の中に、背中にキリストがいてもいいのです。我々の神々は森の中の至る所にいます。その神々はおそらくキリスト教信者の巡礼者をも、そしてキリストをも祝福してくれるのです。
熊野は誰にでも寛容です。古来熊野はこう言われてます。「老若男女を問わず、貴賤を問わず、浄不浄を問わず、信不信を問わず。」と。特に最後の「信不信を問わず」は、およそ宗教という範疇のものの中で最高の寛容であると私は思います。だから、カミノ・デ・サンティアゴの信奉者に熊野古道を歩くことをお勧めできるのです。双方で共同プロモーションができるのです。ここに姉妹道20年の意義があります。
そういう思いを込めて、私はサンティアゴ・デ・コンポステラの共同プロモーションのイベントで、次のようにスペインの聴衆に語りました。
熊野古道写真展オープニングイベント
知事プレゼンテーション 要旨
日時:1月24日 午後7時15分~午後8時15分
場所:ガリシア州立巡礼博物館
今から20年前、和歌山県とガリシア州は姉妹道の合意をしました。ガリシア州にはサンティアゴ・デ・コンポステラの大聖堂を目的地とするカミノ・デ・サンティアゴがあり、和歌山県には、熊野古道があるからです。この2つの道は、世界でもたった2つの巡礼道の世界遺産になっています。
今年は、この姉妹道提携から20周年です。和歌山県とガリシア州はこれを記念して、県州協力して双方の巡礼道をもっとアピールしようと様々なプロジェクトを実施してきました。先月12月には東京のセルバンテス文化センターでロドリゲス州文化観光大臣をお迎えして、大きな写真展とレセプションを開催しました。明日はマドリードのFITURでフェイホー首相と私とでガリシア州ブースにおいて共同プロモーションをおこないます。そして今日、ガリシア州のご厚意で、ここ巡礼博物館においてルイス=ガーゴ氏の熊野古道の写真展を開いていただき、またこのようなプレゼンテーションの機会をいただいて大変感謝しております。それでは、みなさんに熊野古道をご紹介します。
和歌山県のある紀伊半島の大部分は、標高1,000m以上の山々が連なる山岳地帯が占めており、温暖な気候と豊富な降水量により、うっそうとした森林が広がっています。
紀伊半島の南部に位置する熊野はこのような雄大な自然を構成する巨岩や大木、滝、川が数多くあります。日本人は太古から自然を畏れ敬い、それらの中に神を見いだしました。
熊野地方は、古代、都が置かれた京都から見ると、ずっと南の、うっそうと茂った山の奥に位置しており、当時の京都に住む人々にとって、神々が住んでいる神聖な場所として崇められ、大切に思われてきました。そこで、京都の皇族や貴族たちは、日々の政治の争いに巻き込まれたりして心身共に傷ついたり疲れたりすると、熊野にお参りし、神々から癒しの力を受けることでもう一度蘇り、心の元気を取り戻すという巡礼の旅が始まりました。これが熊野古道の巡礼のはじまりです。
これらが、熊野古道の巡礼の目的地です。カミノ・デ・サンティアゴの目的地は大聖堂ですが、熊野古道の巡礼の旅の目的地は総称して熊野三山と呼ばれる、この3つの神社です。それぞれ熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社です。(右上写真の)この大きな鳥居のある大斎原は、かつて熊野本宮大社が建てられていたところで、現在でも神聖なところとされています。熊野古道の巡礼者はこれら熊野三山をひとつひとつお参りし、そして帰っていったのです。
紀伊山地には熊野のほかにあと2つ霊場があります。その一つが「高野山」です。偉大な僧侶である「空海」によって、約1200年前に開かれました。
高野山は標高約900mの山上盆地に位置し、厳しい自然環境の中にあります。空海は、この高野山から今も人々を救い続けていると信じられています。空海を慕う人々によって高野山に多くの寺院が建てられ、1200年にわたり人々が高野山に巡礼を続けてきました。
この高野山は近年では外国人にとても人気があります。特に多くのフランス人がここを訪れ、その様子を語ったことから、ドイツ、スペインなどのヨーロッパ諸国からの訪問客が増加しています。この高野山は標高約900mの山上盆地に位置していると言いましたが、山上に上がるとそこには寺院しかありません。こんなに多くの寺院だけでできている山上の町は世界にもありません。多くの外国人はこの現世とかけ離れたこの雰囲気に魅了されるのだと思います。
そして、今日、高野山ではこれらの寺院に宿泊することができ、多くの外国人観光客に人気になっています。宿坊に泊まることでお坊さんたちの日頃の生活ぶりを垣間見ることができ、また翌朝のお勤めにも参加することで心身がリフレッシュされます。
そして、もう一つの霊場は、「吉野・大峯」です。ここは自然の中で苦しい修行を積む山岳宗教の一つ「修験道」の聖地です。
これが熊野古道のある紀伊半島の地図です。これらが巡礼者の目的地である熊野三山です。高野山、吉野・大峯も同じ紀伊半島に位置しています。仏教の聖地である高野山、修験道の聖地である吉野・大峯、そして神道の聖地である熊野三山、これらの宗派の異なる3つの信仰の対象が、それぞれ争うことなくお互いに尊敬されながら共存している姿が世界遺産にふさわしいということで認定をされたのです。そしてこれらの聖地を結ぶように熊野古道が通っているのです。
また、巡礼道は一つではなくカミノ・デ・サンティアゴ巡礼道のようにいくつものルートがあり、巡礼者は好きなルートを歩くことができます。田辺市から山中へと入っていくルートである、中辺路ルートが最も多くの巡礼者が歩いた道です。また伊勢参りをした人々が熊野を目指した伊勢路というルートもあります。
このような熊野古道は、紀伊半島の豊かな自然を反映して、主として深い神秘的な森の中を通ります。(左下の大門坂の写真)この写真は熊野古道のイメージを最もよく表しています。日本人の信仰は、森の木々や岩や山や水のせせらぎや滝にも神々がいらっしゃる、つまりあらゆるものに神々がいる、ということですから、熊野古道の巡礼者は、神々の中を、神々に守られながら歩き続けるのです。
一方、カミノ・デ・サンティアゴは、このような平坦な道を通っていくのです。普通の道と言ってもいいかもしれません。ただ、カミノ・デ・サンティアゴの巡礼者は、この道をただただ歩くのではありません。遙か彼方の大聖堂を心の中に思い描きつつ、そして自分自身の中にイエス=キリストを思いつつ、一歩一歩歩いて行くのです。
つまり、熊野古道の巡礼者がたくさんの神さまに囲まれ、その中を歩いて行くのに対し、サンティアゴ巡礼道の巡礼者はそれぞれの心の中に神を感じながら、キリストとともに巡礼道を歩いて行くのです。
冒頭にも申しましたが、今から20年前、和歌山県とガリシア州は姉妹道の合意をしました。これがそのときの写真です。和歌山県からは私の前前任者である西口知事がこの姉妹提携の署名を行いました。熊野古道とカミノ・デ・サンティアゴ、それぞれの巡礼道の崇高な価値を互いに認め合う姉妹道提携は、世界でも例を見ないものであり、和歌山県とガリシア州はこれまで着実に交流を実施しています。その一つとして、我々は2010年から毎年、青少年交流を実施し、若者を15人程度、相互に派遣しています。こちらにある写真はガリシア州の若者たちが和歌山県を訪問した時のものになりますが、この交流ではお互いの巡礼道を散策したりしますが、交流のメインともいえるのはホームステイプログラムです。2、3日ですが、ホームステイを通してそれぞれの地域での普段の生活、文化などを体験できることはとても貴重だと思っています。この事業による派遣者は和歌山県とガリシア州であわせて200人を越えました。ここにいる青少年の皆様の中でこの事業に興味がありましたら是非申し込んでください。
また、2014年にはフェイホー首相が来県され、熊野古道を歩かれました。また先月にはロドリゲス州文化観光大臣が来県されました。この写真は、世界遺産センターで熊野古道についての説明を受けているところです。ロドリゲス大臣には、熊野古道を歩かれたほか、和歌山県とガリシア州の共同観光プロモーションに出席いただきました。
このような共同プロモーションをおこなったお陰で、和歌山県は世界中のメディアで評価されるようになっています。
世界的な旅行ガイドブック「Lonely Planet」誌は、「2018年世界で訪れるべき地域」の第5位に紀伊半島を選びました。また、同じく「Lonely Planet’s Best of Japan」においても、紀伊半島は、東京、京都、日本アルプス、奈良に次いで第5位にランクされています。また、Airbnb社の「2019年に訪れるべき19の観光地」では、和歌山県が日本で唯一選ばれました。
またJNTOに聞くところによると、スペインにおける日本の行きたい、人気の観光地として、和歌山は東京、京都に次いで第3位ということです。ここにいる皆様のところにそのアンケートが届き、和歌山県を選んでいただいたかどうかは存じませんが、東京、京都に続き日本の行きたい観光地の第3位に選ばれています。
それから、最後になりましたが、ガリシア州は海に囲まれ大変美味しく、豊富な食材に恵まれています。そして、和歌山県にも海があり、新鮮で豊富な食材に恵まれています。また、和歌山県は日本国内でも最も風邪を引く人が少ない県であります。和歌山県の特産物にはみかんと梅があります。常にこれらのものを食べているのがその理由かと思われます。観光客の方々には、お食事の面でも楽しんでいただけると思います。
皆様にあっては、来日される機会がありましたら是非和歌山を訪問いただき、世界のメディアに認められた魅力を存分に感じていただきたいと思います。