生物多様性を守れ、という声が高まっています。大賛成です。しかし、私の子供の頃はこんな言葉もなかったなあと思うわけであります。私は昆虫少年でありましたから、家の近くで網を振り回していましたが、段々とよい虫取りサイトが減ってきて、野原が住宅になり、水田が工場になり、川がにごってヤンマもなくなり、山の木が切られてコンクリートで固められたり、果樹園になったりしていくうちに、従来はたくさんいた様々な生物が近くからどんどん消えていって、残った虫も限られた種類の「多様」とはいえない世界になっていくのをずっと実感してきました。
多くの人がそう感じているのでしょう。生物多様性を守れという運動が世界中に拡がり、ちょっと意識の高い人の共通の言葉となっています。しかし、生物多様性を守れと言っている人に、何をどう守ったらいいですかとお聞きしたら、あんまりはかばかしい答えが返ってきません。多くの人は、概念でだけ理解していて、生物多様性を守れという気持ちは強いのですが、そのためには、はてどうしたらよいかがあんまりわかりません。そこで、高名なオピニオンリーダーの言うことを勉強するわけですが、時々そのオピニオンリーダーも、生物多様性条約ではこうだとか、名古屋の会議ではこうだとかは教えてくれるけれど、我々の身の回りで起こっていることを、肌で感じられるようには導いてくれません。だから人々は時としてゴルフ場に行って、豊かな自然はいいなあと言いますし、杉や桧の植林に行って、やっぱり深い森が豊かな和歌山は自然の厚さがちがうなあなどと言います。
要するに頭でっかちの人が生物多様性を守れと言っているのですが、守れるはずがないと私は思います。自然と生物を肌で知らないからです。
したがって、和歌山県では、生物多様性を守ってくれる将来の戦士を育てます。昔は夏休みの宿題などに昆虫採集品を持ってきました。私のような昆虫少年はそうやって育ち、珍しくも大人になっても、まだ少年でいるわけであります。子供の好奇心の赴くまま、別に宿題とはしませんが、昆虫採集でも、植物採集でも、撮影でも、生態観察でも、分布調査でも、もっと突っ込んだ研究でも、何でもよいから、子供達に出品してもらって、それを私のような人が賞をあげて褒めてあげようというようなことを復活します。
頭でっかちな概念だけが歩き回っている世の中で、かつ、そういう雰囲気の中で育った教育熱心な親から、植物をとったり、虫を殺したりすることは良くないことだ、山や野や池に出かけたりすると汚いし、危ないとだけ教えられて育った子供が、また次の世代を自然を体で知らない頭でっかちな人に育ててしまう連環を、この辺で切りたいと考えます。でもそういう大人の迫害にも負けず、お魚が大好きで、フィールドでも文献からも勉強し、釣り上げたお魚を見た瞬間に本県初の南方系稀少種と判断できる力を持った子供がいるのを報道で知りました。子供の好奇心、潜在能力はものすごいものがあります。それを刺激を与えて解き放ちます。
昆虫少年の私は、和歌山県知事になる前の3年間、遥か南洋の小さな国ブルネイの大使になりました。ものすごく熱心にちゃんと勤めは果たしましたとことわらないといけませんが、ブルネイの森は生物多様性の宝庫でした。亭々とした大木が連なる林中は、同種の蝶がたくさんいるかと思いきや全く逆で、個体数は極めて少なく、その代わり種類数はどっさりと様々な蝶が住んでいて、すっかり魅惑されました。仕事のない休日に各所のジャングル通いが始まり、採り溜めた蝶の標本は大体の整理をして、半分はブルネイの博物館と大学に寄附をし、半分は日本に持ち帰って、さらに整理、研究をしました。何しろ知事職を勤めながらなので難航しましたが、多くのとても偉い専門家の皆さんのご指導を得て、6年の間、専門の季刊誌に書き継ぎ、この度(昨年秋)ついに「ブルネイの蝶」という図鑑風単行本にまとめました。
これはまったく県知事としての政治活動とは関係のないことなのですが、後援会の有志の方々が御厚意で購入して下さったので、初版がほぼ売り切れになりました。少し再版を出しましたので、在庫もまだあります。私との何かの記念としてお買い求めていただくもよし、本当にその中味を見て楽しんで下さってもよしで、よかったらお買い求め下さい。税別、送料別で販価1万円で、取り次ぎを後援会事務局に個人的にお願いをしておりますので申し込んで下さい。蝶にご興味のない人でも、図版の蝶は目を見張るほどきれいだし、風景写真もあるし、コラムに結構多様なことも出ているし、色々な楽しみ方が出来ると思います。ご希望の方は私の署名入りのものを送らせていただきます。
昔の昆虫少年のブルネイの蝶と生物多様性の分かる子供達の育て方のお話でした。