オミクロン株の感染力の強さは驚くべきものがあり、これだけ一生懸命にやっているのに、すなわち保健医療行政も奮闘し、病院やクリニックの方々も協力してくれ、県民の方々も感染リスクの高そうな行動は極力控えてくれているのに、感染者数がすとんと落ちません。利用できる手段は何でも利用するという考え方で、あんまり流行っていない夜の飲食店の時短までかけるというまん延防止等重点措置を実施すべき区域の公示も受けて(令和4年2月5日~3月6日)きましたが、それはもう卒業せよという国の決定で、今は従来型の対応、すなわち、保健医療行政が感染防止のため頑張り、県民の皆さんには安全な生活、安全な外出を心がけて注意しながら行動していただく、大人数の会食、大勢が密になって行動することは止めよう等の注意事項以外は、目的や行動の種類で抑制することは止めるという方式に戻しています。
感染者は徐々に減ってきていますので、療養終了の方の数は毎日新規感染者を上回りますので、療養者数と入院者数は減ってきて、療養者は3月11日現在で、1031人、入院者数は170人、病床使用率は26.9%となっています。また、少し前、保健所の陽性判明者へのファーストタッチが少し遅れ気味になったこともありましたが、各方面から応援を出して頑張った結果、随分改善されてきました。中々新規感染者が減らないというのは全国共通の現象のようで、毎日発表される新規感染者数では和歌山は少ないほうから7~8位、たまに4位という日もある状態です。このように比較的健闘している方だと思いますが、それでも1日200人も新規感染者が見つかるという状況は全く楽観を許しません。何かのきっかけで感染が拡がったり、行政や県民の方々が手を緩めるとリバウンドということも考えられるでしょう。
そういう事態ですが、和歌山県はちゃんとデータを取って、それに基づいて理論的に対策を進めようとは、相変わらずしています。最近は全員入院が難しいので、データの取り方も制約されていますが、陽性者全員の把握はできていますので、科学的データとして使えると思います。すでに、2月24日付けで「新型コロナウイルス感染症の県内発生について その15 ~第6波の現状~」を野尻孝子技監の名で発表していますし、3月2日「新型コロナウイルス感染症の県内の第6波の現状」として野尻技監が厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードで披露しています。また、同じタイトルで、3月3日に開かれた和歌山県主催の新型コロナウイルス感染症治療薬に関するWEB講演会でもレポートしています。これらはすべて県庁ホームページ等で見ることができますが、その中の重要と思われる点を私からも報告申し上げます。
1.積極的疫学調査が無効かどうかという点
オミクロン株はこれまでのコロナに対して明らかに感染スピードも速く、感染から発症までの潜伏期間も短いと考えられます。個別の変異は色々とありますが、従来のコロナが潜伏期間(感染~発症)が5日、世代時間(発症~発症)が4日というのに対して、オミクロン株では、潜伏期間が3日、世代時間が2日と考えられます。
以前の積極的疫学調査では、陽性者が二人に同時に感染させたとして、その共通の感染源を見つけ出し、そこへ検査に入るという囲い込みをしていましたが、デルタ株の場合までは、その方式で段々と感染がトレースされて、三次感染ぐらいで食い止めることができるということになります。
(図1)
ところがオミクロン株では何せ感染スピードが速いので、同じやり方でやっているといつまでも感染が収束しないというわけです。
(図2)
ところがオミクロン株は感染が速いというのなら、検査に入るスピードも上げれば感染は抑えられるじゃないかというのが図3で、陽性者が1名わかったら、すぐ積極的疫学調査に入るとすると、オミクロン株でも2次感染までで感染は止められるということになります。
(図3)
図4と図5は、和歌山県で実際に起こったクラスターの例で、様々な対応により、悪戦苦闘しながら感染を抑え込みつつあるという実例です。
(図4)
(図5)
このようにオミクロン株でも積極的疫学調査は無効ではなく、素早く対応すれば、オミクロン株も抑え込めるということが、理論的にも(図1~図3)実例からも(図4~図5)実証されているということです。
では、もっと具体的にどういうアクションを取ったらよいかというと図6のようになります。
(図6)
和歌山県ではこれを徹底的に施設などに指導していますし、オミクロン株が忍び込んでクラスターになる高齢者施設が続々と出たので、そういうすべての施設に対処マニュアルを配布して、感染防止に努めてもらいました。また抗原キットなどを十分に供給するようにしています。さらに、そうは言っても、医療や感染対策に素人の人ばかりの施設や非コロナ病院(新型コロナの患者を受け入れていなかった病院)では職員に十分な感染症対策の知識がないと思われますので、図の中にありますように感染管理認定看護師や感染症の専門医が早期に出ばって行って指導するということにしています。その方々が使命感に燃えて協力をしてくださっているわけですが、心から感謝したいと思います。
ところが政府の対処方針(2月18日)は、このように変わりました。
『地域の実情に応じ、保健所による積極的疫学調査については、医療機関や高齢者施設等、特に重症化リスクが高い方々が入院・入所している施設におけるクラスター事例に重点化する。』
ものすごく危険です。この病気がもう危険でないので、いくら流行ってもいいではないか、そうしようという国民的コンセンサスができればそうかもしれませんが、今の日本は違うと思います。国民はコロナの収束を願っているし、政府や県がどう言うかにかかわらず、コロナが流行っていることによる経済活動への抑止効果は十分働いていて、こんなのはいくら流行ったっていいと思う人はあまりいないと思います。さらに、重症化率は少ないといっても、感染者がどんどん拡がると、重症者や死者の数も増えていくはずですし、実際増えています。
日本で感染を抑える効果を発揮しているのは、欧米にはない感染症法と保健所の存在、そしてそれによる積極的疫学調査の故です。これがなかったら、日本の感染者数はあっという間にヨーロッパのようになる、すなわち一桁以上上がってしまうということになるでしょう。(実際の数字を見て彼我の違いを考えれば一目瞭然でしょう。)
ところが、政府は積極的疫学調査の範囲をクラスターの出ているところに限れと言いました。とんでもないことです。幸い地域の実情に応じてとあるので、和歌山県をはじめ保健医療行政がそれぞれの県民の命を守ろうと頑張っているところはこんな方針には従いません。そういう県と、政府にお墨付きをもらったと積極的疫学調査をさぼり始めた県とでは、おそらく今後の感染者数の推移が変わってくるでしょう。そういう県の県民は、命のリスクが保健医療行政が武骨に頑張っている県よりも高くなるわけですから気の毒です。さらに言えば日本の中で実際に人々は結構動いていますから、そういうさぼり県で感染が収まらないと、せっかく頑張って感染を防止している県の県民にもどうしてもうつってしまいます。迷惑な話です。
では何故政府がこんなことを決めたのでしょう。私は、オミクロン株と戦ってうまくいかず、疲労困憊している保健医療行政部隊を、知事や県幹部がかわいそうだと思ったから始まったことだと好意的に解釈しています。
実は私もそう思っていて、現場で寝食を忘れて奮闘してくれている県庁の部局、保健所などの部下のことを考えると心が締め付けられています。それも毎日ずっとなので、相当ダメージも受けています。しかし、私や県庁が守らなければならないのは県民であって、県知事も県庁職員もそのためにいるのだから、自分がしんどいからと言って職場放棄をすることは許されません。もっと悪く考えると、自分たちが有効にオミクロン株を防遏できていないことは自分の責任ではないということを言いたいのかもしれません。それで自分で自分の責任ではないと言うと格好がつきませんので、国にもそれが正しいと言ってもらうお墨付きをもらおう、そうすれば自分が十分な保健医療行政をできていなくても正当化されるということかもしれません。でもそうなったら、感染防止のマシーンがすっ飛んでしまうわけですから、感染がとめどなく広がり、そうなったら責任はお墨付きを出してそういう秩序を作った政府、すぐれて総理大臣だということになります。和歌山県民をコロナから守るのは感染症法でも特措法でも県知事なのだから、自分の責任を政府や総理に転嫁して自分の身を守ろうというようなケチな気持ちは私にはありません。おそらく全国の知事の大部分は同じ気持ちであろうと思います。
でもなぜ政府があのような基本的対処方針を出すに至ったか、それは政府の周りにいらっしゃる専門家の方々がそれを推奨されたからと言わざるを得ません。ではそれが正しかったのか、それが問題です。
この問題が表に出てきたのは、おそらく厚生労働省のアドバイザリーボードの議論の場であろうと思うのですが、2月24日いわゆる阿南先生提出資料というのが出されました。その4ページによると、オミクロン株の感染の拡大を抑制することが困難だと理解するためのイメージが出ています。このページの結論は「3次感染以降に連鎖している可能性が高く、感染拡大を阻止できない」ということになるのですが、実はこれは現実にオミクロン感染対応ができなくなっている保健所の積極的疫学調査を前提にしているからそうなるだけで、言い換えると、「対応できていない保健所を有する県は対応できない」ということを言っているだけなのです。こういうのをトートロジーといいます。
なぜならば、このページの保健所の対応は、
Day1:受診
Day2:発生届受理
Day3:積極的疫学調査 2次感染者を濃厚接触者に特定
とあるのですが、これは受診をして陽性となった人を一日は放っておくという前提です。どうしてこんなことが正当化されるでしょう。陽性者はすぐ何らかの隔離をしないといけないし、直ちにヒアリングをして濃厚接触者を割り出して、この人々にとりあえず行動を自粛してもらい、すぐにPCR検査などをしに行かなければ、オミクロン株は足が速いのですから、どんどん他の人にうつってしまうではありませんか。
和歌山県など真面目に必死で頑張っている県は、こんなことはしていなくて、少なくとも発生届を受理したDay2には保健所が積極的疫学調査をかけていますし、最近はPCR検査や抗原検査の結果が即日わかるケースもあるので、その時はDay1で、すでに積極的疫学調査をかけています。(もちろん、いつも言っているように、あまりにも感染者が多くて、スピーディに積極的疫学調査のできない県や保健所もあるでしょうから、それを責めるのは酷というものですが、だからと言って、阿南先生提出資料にあるような、初めからゆっくりと構えている保健所の行為を当たり前と考えるのは誤りです。)
この資料は、こういう前提の下、最早オミクロン株に対しては積極的疫学調査は無効なので、意味がないと言いたいようです。しかし、それは以上のように破綻した保健医療行政を前提とした「トートロジー」としか言えない非論理的結論です。私はトートロジーと申しましたが、全国知事会を代表して政府の分科会の委員をしてくださっている知事会長であり、コロナとの戦いで最も成果を上げている鳥取県の平井知事はこの資料の上記についてフェイクが入っていると表現し批判されておられます。
この資料はさらにおかしくて、5ページになると家庭内の感染が多いという記述がありますが、その下では「・家庭の場合は限られた人数の集団なので、3次4次以降の感染連鎖は生じにくい」とあります。家庭で感染した人が、どうして全部家庭に閉じこもり、家庭外の人にうつさないといえるのでしょう。さらにおかしいのは、その下に「・家庭内濃厚接触者への行動制限の依頼は有効だが流行極期では全体に占める効果は限定的」とありますが、感染の一番多い家庭内感染が流行極期ではどうして全体に占める効果が、限定的となるのでしょうか。論理が全く分かりません。
さらに6ページには「濃厚接触者特定と行動制限が社会活動維持の弊害の要因になる」とあり、7ページには「オミクロン株の感染拡大に際して、従前の方法の踏襲が社会機能維持、医療機能維持の弊害要素になっている」とありますが、これなどは無茶苦茶ではないかとしか思えません。おそらく濃厚接触者と特定されて活動できない人が増えたらいけないではないか、特に医者がそうなったら大変だということなのでしょうが、だからと言って感染しているかどうかの調査をし、感染者を隔離して、ほかに拡大しないようにすることをやめていいわけではありません。
むしろ、すみやかに調べて、感染した人、しているかもしれない人をできるだけ早く特定することによって、そういう人の数を少なくして、社会生活を維持するのが正しいのではないでしょうか。医師の欠勤が問題だと言って、コロナに罹っていようといまいととにかく医師は働けというのなら、そのうち本当にコロナに罹っている医師がいて体の弱い病人にどんどんうつして回ったら、高齢者や重い基礎疾患のある人がバタバタ死んでいくではありませんか。(なお付言すると、私は陽性者や濃厚接触者の隔離期間を短くすることには、科学的根拠がある限り賛成です)
最後の言葉は「作戦転換」です。「感染蔓延期に最適化された対応への転換」だそうです。それはいったい何なのでしょう。もうどんどんうつって、病院がひっ迫してある程度体の弱い人が死んで、元気な人でもコロナで倒れて、コロナで予定が変わっていろいろ大事なチャンスをどんどん失う人が出てもいいことにしようということなのでしょうか。
かつて、旧日本軍は敗北や退却のことを「転進」という言葉で飾りました。今また同じ亡霊が出て国民を惑わしていると思います。
この「阿南先生提出資料」のタイトルは『オミクロン株感染蔓延期における「濃厚接触者」に関する作戦転換」です。
しかも共同提出者には、政府の名だたる専門家の方々の名が並んでいます。本当にそういう方々が、この資料の科学性、論理性に賛同されたのでしょうか、私はそうでないことを願います。そうであったら、この国の将来を暗たんたる気持ちで案じます。
2.コロナによる死亡
オミクロン株はあまり重症化しないので、季節性のインフルエンザみたいなものだ、風邪でも人は死ぬのだから、もはやコロナは怖くないという人がいますが、コロナによる死亡数は次の表1のとおりであって、致死率は当初の1.00以上と比べると、随分下がってきているものの、オミクロン株全盛の2022年でも0.13%あり、季節性インフルエンザの致死率は0.02~0.03%と考えられることから、コロナの致死率はインフルエンザより一桁高く、やはり甘く見るのはまだ早いと思います。
(表1)
もっと多くの手軽なワクチンが出回り、よく効く経口治療薬が安価に利用できるようになったら、話は変わってくると思いますが、しばらくは保健医療行政が感染症法に基づく感染防止措置をきちんと遂行し、国民の皆さんも細心の注意を払いつつ生活していく必要があると私は思います。
また、最近の死亡事例を見ていますと、かつては保健医療行政がパンクした県で放置された人が若年層も含め何人も犠牲になって亡くなったという例があったのに対し、今回は高齢者や重度の基礎疾患のある人が主として亡くなっているという状況です。
和歌山県でももちろんそうで、極端に体の弱かった30代の方がお一人亡くなられたほかは全て70代以上、それも80代、90代の方が亡くなられることが多いという状況です。さらに言うと、これまでの死亡者はコロナが悪化して肺炎になり、それが悪化してとうとう亡くなったというケースが多かったという感がありますが、オミクロン株の猖獗(しょうけつ)を極める2022年はうんと高齢の方や重い基礎疾患がある方が不幸にもコロナにかかってしまい、そのような経過をたどることなく、すぐに命をなくされてしまうというケースがこれまでと比較して多いという印象です。もっと言うと、国の言う重症者でもなく、和歌山県の言う重症者(酸素を吸わなければならない人)でもなく、コロナと分かってすぐ亡くなる方がそれなりにいらっしゃいます。どこかのマスコミで「軽症コロナ死」という言葉を見ましたが、全くそういう印象です。心からお悔やみ申し上げます。
3.ワクチンの効果について
オミクロン株に関しては、ワクチンを2回打っている人にもどんどんうつるし、3回目を打った人でも結構うつった人がいます。そうするとワクチンを打っても打たなくても同じではないかという議論も出るでしょうが、和歌山県の知見に関する限り、それは違います。以下、データで示します。
本件は再感染に関するデータではありますが、ワクチンを打っていない人は再び感染をした人のなんと50%も占めているのです。県民中、未接種者の割合は2割程度と思われることから、やっぱりワクチンを打っている人のほうが感染しにくいということは生きています。
次に、これもサンプル数は少ないのですが、3回目の接種をした人のs抗体を調べると、2週間ぐらいで急増し、多くの場合、万単位で増加していることがわかりました。それでも3回目を打った人でも感染した人もいて、それも全くの例外とは言えない程度の状況ではありますが、3回目を打っている人で重症化した人は、ただの1人だけ(たくさん酸素を吸っている人で、国の基準では中等症に分類されます。)で、亡くなった人はいません。
明らかにワクチンの3回目の接種は人々の重症化を予防し、命を守るという効果はあると思います。したがって、早く3回目の接種を完了しようと、県市町村で様々な工夫をしながら頑張っています。
以上、和歌山県で実際にコロナと戦っている保健医療行政から得られた知見をもとに、言いうることを申し上げました。
和歌山県は以上のように保健医療行政をしっかりと法の定めの基本に忠実に遂行していますが、それによって、県民生活の維持が他県より出来なくなっているということはありません。感染が少ないということは、それだけ県の経済への打撃が少ないということだし、コロナにかかって、又は濃厚接触者になって動けなくなる医師や看護師が少なくて済むので、医療活動の継続性もその分保たれるということです。
むしろ、保健医療行政をしっかりやることによって県民生活と経済活動への束縛はできるだけ少なくするという政策割当(これが本当の和歌山方式だと思っています。)を基本としています。政府の専門家と全く逆のことをして、そこそこ他の県に比べるとしのいでいます。とりわけ、和歌山県は大阪府に隣接していて、そこからの感染の影響に耐えながらということですから、本当は保健医療行政の奮闘は並大抵のことではないのです。
しかし、我々は行政が仕事です。県民を守るために行政が頑張らなくては何のための行政でしょうか。
といっても和歌山県も感染があまりにもひどく、もう何でもすがるということで、まん延防止等重点措置の対象にも、政府に要望してさせていただいて、それが解除されたばかりです。本当にこのオミクロン株は恐ろしく、いやらしい。さらに力を合わせて戦いましょう。