少し前から、和歌山でも、東京や他の町でも、16年間和歌山県知事を頑張ってご苦労さんでした、ご苦労さん会をしてあげようと親切な方々がご招待をして下さることが続いています。有り難いことであります。16年は長くて大変でしたねと皆さんおっしゃるのですが、実感としてはそうでもありません。精一杯、夢中で職務を果たしていたらあっという間に16年経ってしまったと言うのが実感です。確かに一日は長いのです。時間の許す限り、選り好みをしないで出来るだけご要望に応じて多くの場に出るようにしていましたので、仕事は一杯あります。分刻みというのはオーバーですが、30分、場合により15分刻みで予定が立てられてあって、どんどんこなします。でも私に取っては沢山あるからと言っても、相手の方々にとってはそれがすべてですから、いい加減に対応することは許されません。一生懸命勉強をして対応策を考えて望むわけです。それでも何とかなったのは県庁の諸君がうまく支えてくれたおかげです。それがなくなった瞬間に効率が顕著に低下して今困っています。勿論分かっていましたが、改めて思い知りました。有り難うございました。このように一日は長いのですが、一方、一週間はより短く、今週ももう終わりかという感じ。一ヶ月、一年はもっと短く、あっという間に4年が経ち、再選されてまたあっという間に4年が経つという具合でした。したがって、16年はあっという間でした。知事として働かせて頂いて感謝しています。
こういう背景のもと、あるご招待で都心の立派なホテルでご馳走になりました。以下の脈絡上わかりやすいので固有名詞を申し上げますと、グランドハイアット東京の旬房というお店ですが、ご招待下さった方はこの分野では大変造詣が深く、他の一流ホテルの名店は政治家などの接待に使われることが多いので、お客さんが料理にうるさいことは言わないが、このホテルは近隣の住民が家族で来るお店なので、味に対するお客さんの批評がとても鋭いので大変だが、その分美味しいはずだとおっしゃっていました。
そこで出された料理の中に鰹のお刺身がありました。これはお刺身ですね、珍しいですね、これは産地はどこですかと私はお店の方に聞いてみました。ご招待して下さった方も、ほうこれは鰹のお刺身か、たたきではないのねとおっしゃるので、前和歌山県知事としては講釈をたれました。和歌山では最高の鰹は生でお刺身で出すのですよ。鰹は足が速いので、少し古くなりそうだとたたきにするのです。新鮮な鰹はもちもち感が抜群なのでもち鰹というのです。よく見る鰹の一本つりであげると船の甲板に鰹をたたきつけるでしょう、すると肉が傷むので、和歌山の高級鰹は一匹一匹丁寧に釣り上げて、すぐに血抜きなどして一匹一匹ずつ箱に氷詰めにして直ちに地元や関西の高級料理屋などに出荷するのですよ。釣り上げるときの様子が人がけんけん飛びをしているように見えるのでけんけん鰹とも言うのです。紀南のすさみなどが有名ですよ。等々蘊蓄を説明していると仲居さんが帰ってきて、和歌山のけんけん鰹ですと報告してくれました。やっぱりと膝をたたいたのですが、このホテルで採用をしてもらうためには多くの関係者がものすごく努力をしたのだろうなあと感慨無量でした。
振り返ってみますと、和歌山県は色々といいものがあるのですが、流通、マーケッティングは人任せの傾向が強く、その機能の衰えとともに市場浸透度が落ち、知名度はあんまり芳しくないという状態が支配的でした。これではいかんと、私は、知事就任後すぐ販売力の強化から始めました。ジェトロの精鋭を呼んできて食品流通課をつくり、特に世界と日本で影響力を持っている見本市に突進し、これらを戦略にしたアクションプランをつくり、厳選ミカン出荷方式など産品の声価向上の仕掛けを作り、プレミア和歌山と言った全体でPRする仕掛けを作り、首都圏や東京で人寄せパンダ風イベントをいっぱいやり、一流シェフや一流レストランチェーンをリクルートし、全国のマスコミや専門誌を一生懸命オルグして回りました。特に最後の点については、この間定年退職した前東京事務所長の日根さんが類稀れなる人脈開拓努力をしてくれて、多くのメディアに和歌山県の食品のことが出るようになりました。もちろん、和歌山の農林水産業者の方々もあい呼応して下さって、ものすごく努力をされるようになりました。この努力が実ったのでしょうか。コロナの少し前のころは和歌山県で所得が一番伸びた業種は農業、また全国の中でも伸びがトップクラスというところまで行っていました。美味しいものは沢山あって、一人の人がそれを評価してくれても、それが広がらないと、産業としての発展と、地域の発展にはなりません。その意味で、この最も味にうるさい人が集う東京の大ホテルの看板店に、和歌山のけんけん鰹が採用されたということは大きいと思います。
願わくはまだまだ多くの人がいいものをつくり、美味しいものを採取して、そればかりではなく、どうやったら良い値で多く売れるかについて思いをいたし、努力を重ねる必要があります。和歌山県庁もいっそう頑張って、成果を増やしてもらいたいと残してきた後輩に期待します。
大丈夫でしょう。あのホテルの和歌山のけんけん鰹がいい見本ですから。