東京大学公共政策大学院講義

 6月9日東京大学公共政策大学院で講義をしました。宗像直子教授の「日本の未来と個人の役割」という講義シリーズの一コマを与えられたのです。テーマは「地方行政-経営体としての地方公共団体」ということにしました。元々、政府の役人と外交官、知事といろいろなな行政分野で、仕事をさせて貰い、結構幅広い知見が今はたまっているし、行政の実務を行うときも、理論的に説明をすることを心がけてきたので、これから社会に出ようという若い人に、この知見をトランスファー出来ればいいのだがと思っていました。それも実務から離れるほど知識が陳腐化してくるので、早いほうが良いのだけれどと思っていたのです。そういうことを知事を辞めてから割合すぐに、たまたま会った宗像さんに伝えたところ、上記講義シリーズの一つが空きそうなのでやって下さいますかということになったものです。タイトルの示す内容たるや、とても広範囲なもので、毎週講義をして半年ぐらいはかかるものだと思いますから、これを一コマに押し込んで、しかも、何を言っているか分からないというようにならないように話すのはかなり至難の業です。しかも、この講義シリーズのルールで1時間45分の講義時間中、講師が話すのは40分、質疑が20分、このあと学生がグループに分かれて討議をし(15分)、その結果をグループの代表が披露して、講師が講評をするというてんこ盛りの内容になっていました。何せ私は話が長い、理屈ばかり言ってくどいという「定評」のある人ですから、これはえらいこっちゃということになりました。結果、相当に頑張りましてちゃんと時間は守りました。

 上記のちょっと深遠なテーマとして次のような4つの塊でお話ししました。

1.地方自治はどういう構造になっているか。
 世界的にも日本の地方行政の守備範囲はひろいけれど、財源は限られていて、国からの移転が多く、制度の設計も国が行うことが多いため、諸外国に比べると自由度と責任は限定されている。地方財政の要素である交付金・補助金、地方交付税、地方債なども経済学の市場原理からもたらされる調整インセンティブが効きにくくなっている。

2.東京・大都市と地方
 東京と大都市でどんどん格差が開いているが、単に人口が多く、産業集積が進んでいる結果だけとは言えない、制度的な問題があり、これが格差が拡大する原因となっている。すなわち、大都市に有利に働く地方税の構造。地域の競争力の条件となっているインフラの建設に大都市、東京偏重がなかったか。高齢者や保育の待機者を大都市が解消したら経済的にどういう変化が起こるか。人の移動によって、高齢者福祉、保育などのコストが地方に移転されることに対しどういう解があるか。多大のコストをかけて育てた若者が稼ぎ時に大都市で働くようになると地方はコスト回収が出来ない等々の制度的な問題をせめて解決しないと、地方ではナショナルミニマムのサービスも行政が提供できなくなる。

3.地方の消長とその要因、それに対する地方行政の役割
 和歌山のケースで明らかなように構造転換をスムーズに出来なかったところは衰退し、出来たところは伸びている。そのためには企業誘致、イノベーション、構造転換といった投資活動が大事であるが、投資活動に影響を与えるものは何か。直接的な補助金の類よりも、信頼される行政、経済活動を取り巻く広い意味での環境、、教育、医療、住宅、緑、町の賑わいといった行政の目指すべき全部の成果が比較される。さらには積極的な経済活動をもたらす地域の人々のこころ、「エートス」にも影響を与えていかなければならない。

4.リーダーの心構え
 実態把握と論理。すべて責任を取り、部下、県民、関係者を動かす力。兵站、継戦能力、装備の重要性など軍事とのアナロジー。人気、選挙対策など狭義の政治の要素の縮小などを強調。

 話してみて感心したことは、まず、上記の講義の進め方です。一方的に聞いて、時には居眠りをして終わりというのではなくて、自分で考える習慣と能力を思い切りつける構造になっていると思います。また、資料は事前に講師が電子媒体で提供し、学生はそれをあらかじめ、自分のPCに取り込んで来て事前に目を通すことも出来るし、当日プロジェクターが不具合になって困ったり、資料を配ったりもせずに済みます。私など、電子媒体を操るのを部下任せにしてきて今思い切り苦労しているのですが、こうやってずっと訓練してきたら、この若い人たちは良いだろうなあと思いました。
 さらに感心したことは質問、意見がどんどん学生から来ることです。それが私の目の前にあるPCにどんどん入ってくるので、順番に私もどんどん答えるのですが、皆本当に良い指摘ばかりで、感心しました。これまで、記者会見などで時々、出された質問によっては、「今言ったでしょう、聞いてなかったの?」と思うようなものがあり、人間が出来ていない私はすぐかりかりしたりすることがありましたが、今回の質問、意見にはそういうものはまったくありませんでした。ちゃんと聞いていて、その延長線で考えるとこうですかといった質問や、私が時間に追われて思わず言い忘れたことなどをびしりと指摘してくれたりして、大変感動しました。ついつい答えに力が入ってしまい、話が長くなって、全ての質問に答える時間がなくなってしまい申し訳なく思っています。

 こうしてちょっと緊張感のあった講義は終了したのですが、こういう学生さんが頑張ってくれたら日本の未来も明るいぞと私は思いました。

 また、前述のように資料作成能力が低いので大変ですが、知事その他の行政をやらせていただいた恩返しに、同じような、あるいはもっと別の形の講義を他の機関でもやっても良いなと思っています。