説明は不十分?~福島第一原発のALPS処理水海洋放出について

 日本政府は8月22日、24日から福島原発のALPS処理水を海洋に放出すると決定しました。日本にとっても人類にとっても福島第一原発の事故は痛恨事で、それによって多くの方々が故郷を今も追われ、原発立地地域は未だ復興の兆しもありません。沢山の課題はあり、それを日本は一つ一つ莫大な費用はかけつつも解決していかなければなりません。その一つがALPS処理水の海洋放出です。事故で多くの有害な放射性物質が放出されましたが、それらを集めて濾過して、有害物質は除去、分離する装置がALPSです。ALPSはAdvanced Liquid Processing System の略で、多核種除去設備と訳されているようです。私はあの事故の時、汚染水をどんどん貯めたり、氷壁を作って閉じ込めたりと言うような対応をしているのを見て、早くフランスにあるというこの種の装置を沢山導入して汚染水を処理して、有害物質を許容量まで取り除いたら、残りは貯めたりしないで早く海に流してしまえばよいと思っていて、和歌山県の仲間や識者にそう言っていたのですが、どうも期待していたフランスのアレバの装置はあんまり性能がよくなくて、思うようにシナリオが書けなかったと今では理解しています。しかし、日本の技術の真価を見た思いがしますが、その後東芝と日立が立派なALPSを作って、ほとんどの有害放射性物質を除去できる様になりました。しかし、トリチウムは水素の同位体ですから、あまりにも小さくて取り除くことが出来ないので、ALPS処理水にはトリチウムが混ざっています。トリチウムも放射性物質ですから、放射能水を海に放出していいものかという議論が起こります。
 しかし、政府当局者も関係者も自分の国のことですから、よく考えてあって、このぐらいの放出量と濃度なら環境への影響はこのくらいと何度も色んな場で審議し、国際的にも認めてもらわねばとIAEA(国際原子力機関)にも諮って、科学的にも大丈夫と言ってもらい、世界各国に説明もして、国内でも沢山の方法で説明をして、今回の決定に至ったものと、この分野にも多少は経験がある私は理解しています。

 ところが、またしてもいつも日本が直面する問題が起こっています。
一つは、中国やロシアがそんな危ないことをしてはいけない、絶対反対と言ってキャンペーンを張っていることです。韓国もさすがにユン政権はIAEAの結論を科学的だと認めるという態度を取っていますが、野党はいつものように反対の大合唱であると報じられています。しかし、こういう政治的動きはとても嫌なことですが、日本としては科学的に正しいことを、居丈高にならないで説明をしつつ、淡々とやるべきことはやっていくしかないでしょう。科学的に正しいと言っても、わざと困らそうとしている相手は聞く耳を持たないでしょうし、心優しい、よそからの刺激に弱い日本人は近隣国が騒いでいるのはまずいのではないかとすぐ思ってしまいます。そういうときに、科学的な論文を示してもなかなか理解するのは難しいし、政府が「しっかりと万全を期します。TRUST ME.」と言ってもなかなか信じない人が多いでしょうが、そういうときは、それでは、反対と言っている他の国も含めて、各国の本件の対応はどうなっているかをちょっと調べてみたら、相場観が分かります。今回のALPS処理水の海洋放出量は年間22兆ベクレルを上回らないようにするとのことですが、この数値は世界的に見てどのくらいのものかということを調べてみるとよいと思います。
 世界にある原子力施設では、もちろん事故も起していない通常のレベルですが、米国のブランズウィック原発で37兆ベクレル、ディアプロキャニオン原発で40兆ベクレル、フランスのトリカスラン原発で35兆ベクレル、カナダのダーリントン重水炉原発で220兆ベクレル、再処理ならフランスのラアーグの施設で11400兆ベクレルと言った情報が公表資料ですぐ見つかります。こういう国でトリチウムを海や川に放出するのはけしからんといった騒ぎが起こっていると言う情報はありません。反対と声高に言っている中国や、野党が反対運動をしている韓国の原発はどうかというと、中国の紅沿河原発で87兆ベクレル、寧徳原発で102兆ベクレル、韓国の古里原発で49兆ベクレルといった数字が拾えます。こうした原発がこういう国にもいっぱいあって、それぞれ海洋などにトリチウムを放出しているでしょうから、もし22兆ベクレル未満のトリチウムの海洋放出が危ないというのであれば、いったいこれらの国の人々はどうやって暮らしているのでしょう。
 我々日本人は、島国の、しかも人目を気にする平和的な国民ですから、近隣国に何か言われると大変大変とすぐに大騒ぎになるのですが、冷静にそう言うお前はどうなの?と反問してみることが必要でしょう。もちろん、一応は相手のいうことを良く聞いた上で。

 二つ目の問題は、私は、マスコミの報じ方だと思います。いろいろな機関が心血を注いで作り上げたレポートなどに示された客観的な情報を報じることはほとんどなく、誰それが反対といって声を上げているとか、近隣諸国が非難しているといった「デキゴトロジー」しか報じないように思います。そして、世論調査と称して、反対は何%に上るとか、国民の声は「説明は不十分」という声が多いとか、判で押したような報道ぶりです。しかし、その設問は本当に正しいのでしょうか。私は、いつもこの手の問題が起こったときにそう思います。また、本当に説明は不十分なのでしょうか。私はいつもそう反問して、考えます。
 少しでも風評被害に遭う危険性があれば、漁民の方は勿論のこと、そうでない人も出来ればやめてもらいたいなあと考えるのは当然です。しかし、それでは他にどういう手を使って福島原発の廃炉を完成させ、あの地域を蘇らせるのかと言う質問を被せれば、それでも反対と言い切るのはなかなか難しいのではないでしょうか。原発に賛成の人でも、反対の人でも、処理水がどんどん貯まっていく状況で、どうすればいいのかという答を持っている人が果たしているでしょうか。
 また、説明は不十分という人で、説明を聞いた、または聞こうとした、あるいは調べに行った人はどれくらいあるでしょうか。唯一の情報源がマスコミで、そのマスコミが「大変、大変」というデキゴトロジー一色であったら、説明など聞いたことはないわいと思うに決まっているではありませんか。カエサルの有名な言葉を思い出すまでもなく、人は皆自分の好きな情報しか受容しません。それを常に説明が不十分だと言う一言で片付けていいのでしょうか。
 このようにただ大変大変と言って騒ぎ立てることは、その不合理をおそらく承知の上で、国際政治的に反対キャンペーンを行なっている国の指導者を利するだけですし、日本を貶めるだけです。
 私は和歌山県知事をずっとやっていて、行政の責任者を務めていたのですが、政策に関する議論はあっても、政争のようなこともなく、県民の皆さんも、私達当局の、時にはくどいと思われる説明をよく理解して下さり、何よりも、マスコミも理性的で、大変大変とことさらに争いを煽る向きもなかったので、不愉快な思いをしませんでした。しかし、その時ですら、世の中では、国政は争いの世界だし、対外関係はもっとそうで、その中で、論理的に、科学的にやるべきことをこなし、理性的に説明をしている国の関係者はさぞや腹が立つだろうなあと同情に堪えませんでした。我が国のこういう風土を変える術はないのでしょうか。