この2月23日、アドベンチャーワールドにずっといて、年を取っても沢山の子供のパパになってくれて、パンダの数を増やそうという日中の共同繁殖プロジェクトの最高の立役者になってくれた永明がとうとう中国にかえりました。
1992年から通産省の輸入課長としてワシントン条約に基づくパンダの輸入規制の担当をしていて、色々の障害を乗り越えて輸入許可を出した人間として、あの永明が中国に帰るということに感慨無量のものがあります。
当時は中国も今のように繁栄していなかったし、当然パンダの飼育環境も野生の個体の保護のレベルも今のようではありませんでした。その中で、中国で考え出されたのが、外国の信頼できる動物園と協力して繁殖実験をしようということだったのです。それまでは、あの可愛いパンダですから、その人気は絶大ですから、中国政府はこれぞと思う外国政府にパンダをプレゼントする、いわゆるパンダ外交を展開していたのです。中国国交正常化に伴って上野にやってきた、あのカンカン、ランランがその実例です。その後この方法はなくなり、共同繁殖実験の時代になったわけですが、その時真っ先に選ばれたのが和歌山県のアドベンチャーワールドでした。アドベンチャーワールドは多くの若い専門家が一生懸命その飼育技術を磨き、当時既にチータなどの繁殖に関しては世界的評価を上げていました。そこで、パンダの飼育の主要基地の一つ四川省の成都ジャイアントパンダ繁育研究基地とアドベンチャーワールドの間で共同繁殖実験の合意が出来ました。しかし当事者同士がこのように合意しても、パンダはワシントン条約の中でも一番厳しい規制のかかる一種に分類される動物で、当然この条約の規制がかかります。また、日本も中国も国内法規や手続きをクリヤーしなければなりません。その1つが私が担当していた外為法上の輸入許可です。この時は対象がパンダという超人気動物で、受け入れ先が民間の動物園ですから、いろいろな風当たりもありました。
その一つは野生動物を動物園などに入れてはいけない、まして、民間の動物園ということは金儲けの手段ではないかと言うもので、この手の意見は今でも世界中に牢固としてあります。
一方、動物園協会の方達は、そのように動物園をおとしめるのはけしからん、当時の中国は予算もままならぬからパンダが栄養が足りなくて子供など産めないぞ、是非日本がパンダの種の保存に協力するべきだというものでした。その双方の方々が私の所に押しかけてきて、反対、賛成をお唱えになるのでした。しかも両者は決してお互いに議論するということはせず、全部私の所にそれぞれ言ってくるという具合でした。もともと、ワシントン条約にも歴史がありますから、その中で確立したいわば判例のようなものがあります。それに拠れば、条文上学術目的でなければ輸出入が出来ないパンダも動物園に収容するというものであれば許されるという事になっていました。しかしだからといって入れる、入れないで議論がヒートしているときにいきなり許可をしてしまうと、反対の人は怒って大騒ぎが起きそうです。時の大臣も早く輸入許可を出すべきだと私に言ってこられましたが、この辺の事情を説明して、議論を尽くしてからということにしてもらいました。特に反対の方々は色んな意見を持っています。それをよく聞いて一つ一つ反証していくわけです。終いにはワシントン条約の事務局はどう言っているのだと言うことも言い出されたので、照会も掛けました。そうして丁寧に対応して、もうこれで論点はすべてクリヤーしたなという段階になって許可を出しましたが、それに異論を出す人は一人もいませんでした。
具体的な手続きは輸入課の担当者とアドベンチャーワールドの飼育員の間で用意してもらいまして、私はもっぱら外部の賛成、反対を唱える人達のお相手をしていたのですが、担当者と話をしている当時まだ青年といってもいい若いお二人の飼育員の方の振る舞いを横から見ていると、この人達ならかならずこのプロジェクトを成功させてパンダの数を増やしてくれるに相違ないと思っていました。後で分かったことですが、そのお二人はパンダを始めアドベンチャーワールドの飼育部隊をずっと引っ張ってこられた故林輝昭さんと当時はまだ駆け出しであった、現在の飼育員のトップ、アドベンチャーワールド取締役中尾建子さんでありました。アドベンチャーワールドの素晴らしい所は、彼らがどんどん後輩を育てて、その後輩がまた後輩を育てるという優れた人材教育システムを持っていることで、最近はその幾人かの人が数多くのテレビのドキュメンタリーにも登場しています。余談になりますが、このパンダを始め数々の動物の繁殖と自然に出来るだけ近い形での展示をずっと担い続けているアドベンチャーワールドの飼育員の青春を、NHKの朝ドラのテーマにどうかと私は売り込んだのですが、残念ながら未遂に終りました。パンダは大変な人気だから、NHKの営業政策から見ても「乗り」だったのでははいかと思うのですが。
かくて白浜に永明とまもなく残念ながら亡くなってしまう蓉浜が1994年9月に白浜に到着しました。後に亡くなった蓉浜の代わりに白浜に来た梅梅は、永明がビッグパパであるとしたらスーパーママで、自然状態でも難しいとされる双子のパンダの養育を飼育員の助力を借りることなく易々とやってのけました。梅梅は残念なことに2008年病気で亡くなったのですが、梅梅に次いでその連れ子の良浜との間でも、永明は立派に子作りをしてくれました。白浜で生まれて立派に育った子は17頭、今回を含め中国にお返ししたパンダは14頭、それに対して中国から来たパンダは3頭だけですから、パンダの繁殖に対してはアドベンチャーワールドは大変な貢献をしていると言っても過言ではありません。中でも永明は30歳、人間でいうと90歳以上でしょうか。しかも、2020年11月に楓浜を授けているのですから、人間でいうと80歳で子供を作った偉大なパパであります。
このように、大成功を収めたアドベンチャーワールドのパンダ共同繁殖実験で、パンダ人気で、最近ではパンダは上野だけではない、むしろ素晴らしいのは白浜のアドベンチャーワールドだと言うことが定着してきて、観光客がアドベンチャーワールドにも、そしてその影響もあり、白浜、和歌山県にどんどん来てくれるようになりました。
しかし、心配もあります。永明はいくらビッグパパだといってもお年です。永明が、そして良浜がいなくなったとき、中国が代わりのパンダを送ってくれるかと言うことが心配であります。日中両国は時々もめ事のタネを持ちます。仲が悪くなって、もうパンダは返せ、代わりは送ってやらないと言われたら一大事です。幸いアドベンチャーワールドと提携先の成都ジャイアントパンダ繁育研究基地とは信頼感は抜群で、関係はとても親密です。2019年3月にはジャイアントパンダ繁育研究基地の共産党の書記の張志和さんを招いて、共同研究40周年記念行事を白浜で行い。私も呼ばれて参加してきました。しかし、実際のパンダの貸借については中国の中央政府の国家林業草原局などの承認がいるし、中国のことだから省政府にも協力的になってもらわなければなりません。和歌山県は姉妹県省の山東省とは実に立派な協力関係を続けているのですが、パンダの繁育研究基地のある四川省とは関係がありません。そこで、張書記と仲良くなって、彼らの基地を是非ご訪問くださいと言って下さった事を奇貨として山東省政府を訪問し、出来ればいい関係を作っておきたいと思ったのです。
2019年10月に行った四川省訪問は、結果的には大成功でした。むしろ先方からの提案で、その後和歌山県と四川省とは姉妹県省関係になりました。内容もパンダに関する友好のみならず、防災面でも、観光、経済の面でも双方は今後具体的な協力をどんどん進めていこうということになりました。その後コロナに随分阻まれていますが、一部の具体的アクションは少しずつ進みつつあります。とりわけ観光の面では四川省は日本人にとっても垂涎の観光資源が一杯ですし、多くの人口を抱えて、しかも中国の中でも一番海外に出かける傾向がある人達がいるところですし、さらに海のない四川省の人達にとって和歌山県は絶対に有望な観光の行き先になるぞと私は見込んでいたのです。
付言すれば、あの四川省の省長から姉妹県省の提案があったのは、二階俊博元幹事長のお陰と言っても良いと思います。実はその時から10年以上以前、四川省で大地震がありました。その時救援物資を担いで真っ先に支援に駆けつけてくれたのが二階元幹事長で、しかも震災から丁度10年を迎えるときにもう一度現地を訪れてお見舞いを言ってくれたのは忘れられないと省長さんが言っていました。その二階先生の故郷の和歌山県とは是非もっと仲良くしたいのだと言っていたのです。
アドベンチャーワールドもきっちりとカウンターパートの心をつかんでいるし、和歌山県も四川省とは大変近くなりました。中央政府との関係では外務省も頑張ってくれると思いますが、二階先生の存在は大きいでしょう。したがって、永明が二人の子供とともに中国に帰ったとしても、私は次なる新しいメンバーでの共同繁殖実験の行く末を今は心配していません。