野㞍さんありがとうございました

 和歌山県の福祉保健部の前技監の野㞍孝子さんが著書を出しました。タイトルは「“和歌山方式”を生んだ新型コロナとの連戦に思う~3年間の苦悩と葛藤の日々の軌跡」という長いものですが、このタイトルに野㞍さんの万感の思いが込められていると思います。野㞍さんはコロナと戦った和歌山県の実戦部隊の司令官で、知事である私がもっとも頼りにしていた人です。その野㞍さんがサイン入りの上記著書を下さったので、私も、あのコロナ対策の3年間を思い出しながら、いろいろな思いを抱きつつ読ませて貰いました。素晴らしい本です。コロナ対策で、野㞍さんやその仲間がどういう思いで何を頑張ったのか、時系列を追ってよく分かります。その中で、野㞍さん達がどんなに苦しかったかがよく分かります。コロナ対策でよくやっていると賞賛された和歌山県の取り組みと「和歌山方式」と呼ばれた和歌山県の対策の秘密が全部分かります。今コロナに対しては全世界の人々が関心を無くしつつあるように思います。しかし、同じような危機は必ず来ます。そのために誰がどう頑張って、誰がどうしくじったか、何が効果があって、何がナンセンスで、無駄玉であったかをきちんと検証をしておく必要があると思います。政府もそうですし、一般の国民もそういう思いをどれだけ持っているかによって、次に来たるべき同じような危機の時にうまく対応できるか否かが分かれてくるものだと思います。そのときに野㞍さんの本は絶対に役に立ちます。是非出来るだけ多くの人がお読みになって下さることを心から願います。
 その上で私の思いもちょっと付け加えます。
 第1に、野㞍さんとその仲間である和歌山県の医療保健関係者は、私にとってかけがえのない仲間であったと思いますが、私の指示、命令、行動が時には野㞍さんの気に入らないときがあったんだなあということが分かる部分もありました。分かっていて気に入らないことをやって貰ったこともあるし、うっかり私の詰め忘れで不愉快な思いをさせたところもあるし、まったく本を読むまで気がつかなかったこともありました。すまんことです。そういえば機嫌の悪いときもあったなあと思い出します。分かっていてあえて命令をしたのは、コロナ発生の初期、済生会有田病院の関係者全員にPCR検査を実施せよと命令したことです。これは科学的にはやり過ぎです。野㞍さんが怒るのは当然です。あのとき、皆が危機感を持って、このコロナの封じ込めのために和歌山県庁と関係の医療機関がが一丸となって頑張りました。野㞍さんが指揮をして封じ込めのための検査と隔離を徹底的にかつ合理的に行い、他の部隊が念のために近隣の住民にコロナが既に広がってはいないかをこれまた人海戦術で徹底的に調べました。その結果、私もほぼこれは大丈夫だという確信に達していたのですが、一般の人のコロナに関する恐怖心は尋常なものではありませんでした。私としては、早く済生会有田病院を戦列に復帰させたかったのですが、人々はまだ、コロナが残っているのではないか、隠しているのではないかと思いがちで、そうすると済生会有田病院には近づいてくれません。そこで、あえて無駄とは思いつつ、「済生会有田病院関係者全員PCR検査」という命令を出したのです。これはある意味で大成功で、この病院が危ないという人はいなくなり、経過期間終了後は通常に復しました。もちろんそのために検査を実施してくれた県の環境衛生研究所の職員をはじめ関係者、それに協力してくれた大阪府の関係機関の方々には大変なご苦労をかけました。コロナがそんなに危ない病気でもないという認識が行き渡ったその後においてはこういう「無駄」検査は和歌山県ではまったくやっていません。検査能力は格段に増やしましたが、野㞍さん達が科学的に必要と考えたものをやっているのです。しかし、どうやらこのPCR検査の大量実施はマスコミに受けました。仁坂知事は,PCR検査に消極的な日本政府と違ってえらいと言われ、PCR検査をたくさんするのが和歌山方式だと勝手に名付けられてしまいました。もっともその一瞬はマスコミの人気者になって、呼ばれたテレビの生番組で、私は、[PCR検査を沢山やったら良いというわけではありません。PCR検査は隔離の手段です。それをきちんと出来ない欧米では、PCR検査の数だけはものすごいけれど、日本よりはるかに多くの人が死んでいるでしょう。済生会有田病院の時はコロナ初期で皆が疑心暗鬼になっているのであえて不必要なこともやったのです。]とまっとうなことをしゃべったので、二度とテレビには呼んでもらえませんでした。もっとも、このことは野㞍さんも後で評価してくれたようで、本の中でそういう書き方をしているところもありました。
 第2に、野㞍さんが一番傷ついて、不愉快だったのは、この本によると、部内の幹部職員に「疫学をやっている場合ではない」ときつく言われたときのようです。私にもそう不満を言ってきたことも覚えています。確かに野㞍さんのチームはものすごく忙しいので、本人はもとより、それに従事させられている職員は、野㞍さんの疫学に関するデータ分析で、少し余計に忙しくなったと言うことは事実でしょう。しかし、今起こっていることは人類未到の新しい危機で、ウイルスの動静や病気の経過などをきちんと分析して行かなければ次にどう戦えば良いか分かりません。そのことを分かっている野㞍さんが初期の段階から疫学的データ分析をきっちり行い、知見を積み重ねていたからこそ、さしも猛威を振るったコロナと和歌山県は自信を持って立ち向かえたのだと思います。また、その知見が政府などでも大いに評価され、野㞍さんは政府の専門家会合にも何度も呼ばれ知見を披露して貢献をしています。私はこういうことは予見できる方ですから、この点は野㞍さんの分析作業をを一貫して支持していました。ただ、ただでさえ入院調整やそのほかの業務に忙しい野尻さんにさらに体力的負担をかけたことも事実であり、また、「疫学をやっている場合ではない」と文句を言った職員も、あまりの忙しさに職員の健康を考えてあえてきついことを言ったものと考えますので、その点は一概に非難は出来ないと思います。問題は国だと私は思っています。あれだけ大組織があって、専門家をいっぱい集めていて、全国から大量の生データがどんどん入ってくるにもかかわらず、野㞍さんがやってきた疫学的データ分析が、国からは中々タイムリーに発表されなかったと思います。和歌山県や一部の県を除くと、各県は知見も行動指針も大いに国に頼っていたわけですから、どうして野㞍さんが手作りで作り上げた疫学的データ分析が出来なかったのでしょうか。
 第3は和歌山方式という言葉です。前述のようにPCR検査を沢山やるのが和歌山方式だと言われましたが、先述のように違います。その後、他県でPCR検査のランダム実施をするところや、健康上弱い人のいる施設で関係者全員に定期的にPCR検査をする方針を高らかにうたったところが現れて、PCR検査大好きのマスコミの寵児になっていましたが、それがどういう結果をもたらしたかは、感染者や死者の数を分析すれば直ちに分かります。本当の和歌山方式は野㞍さんが言うように、早期発見、早期隔離、症状ごとの病床の確保による全員入院、野㞍さんを中心とする一元化されたヘッドクオーターによる入院調整、疫学データ分析に基づく科学的論理的対応というような感染症法上の本来の保健医療行政を着実に行うということだと思います。しかし、実はこのような鉄壁の保健医療行政を前提に、私はもう少し大きな「和歌山方式」を遂行していました。それは、コロナの感染防止は保健医療行政で立ち向かい、一般の県民にはあまり行動制限は課さないで、県民の生活と経済を守るというものです。経済学で言う政策割り当ての理論を実践したのですが、この背景には日本に備わっている感染症法、保健所を中心とする医療保健行政の存在を忘れて、場合によってはこのような保健医療行政の責任を放棄して、西欧のように行動制限一点張りの政策しか考えない政府に対する批判もありました。コロナも長引いてくると、国民経済への影響を考えなければなりません。しかしそのとき、行動制限一点張りで対応していると、それが強いと感染は治まるが、生活と経済はがたがたになり、、弱いと生活、経済への打撃は少ないが、感染は治まらないという現象が起こります。西欧のように、感染症法・保健所という装置が欠如している国はそれでも仕方がありませんが、日本では感染症法による行政権限の行使も、保健所の機能もあるのです。したがって、感染症法対策は保健医療行政で、一方生活と経済は不必要に制限をかけないで守るという政策割り当てが可能になるのです。私は野㞍さん率いる優秀な保健医療行政の上にこの政策割り当てをしました。県外からの観光もイベント開催も経済活動への制限も最小限にしました。これを和歌山方式だと外にも唱えました。その結果、野㞍チームの鉄壁な保健医療行政が全国でも上位のコロナ防遏業績を上げる一方、おそらくコロナ時代の和歌山県の経済の落ち込みは全国一少なかったのではないかと思っています。しかし、このことは、他県以上に野㞍さん率いる保健医療行政に関係する人たちに負担をかけたと言うことに他なりません。きつい言葉を使うと、野㞍チームの犠牲の下に県民の生活と経済を守ったと言うことです。その分野㞍さん達は大変だったのです。いくら県民のためとは言え、そういう目に遭わせている野㞍さんや職員や医療関係者に私はいつもすまんと手を合わせていました。特に野㞍さんです。本を読んでもよく分かるように生存ぎりぎりの生活を強いていたと思います。心配はしていました。少しは休んで貰おうと、他の分野では得意の同一ポスト複数担当者制を提案してみましたが、野㞍さんの使命感にいつも負けました。野尻さんが倒れたら、和歌山県のコロナ対策がCPUが吹っ飛んだコンピュータのようになって、とたんに和歌山県が破綻しますから、いつもはらはらしどうしだったことも事実です。そのくせ、定年延長の場合は3年以上延長できないということを気がつかないで、使命感満々の野㞍さんに不愉快な思いをさせてしまったことも事実です。本にもあるように、野㞍さんはついに体を壊しながらも、使命を全うしてくれました。私はもちろん一番そう思いますが、全国的に賞賛されながらコロナを乗り切ることが出来たのは野㞍さんあってのことだと、全ての和歌山県民が改めて思うべきでしょう。