観光和歌山復活せよ

 私は、家内のこともあり、現在和歌山と東京を行ったり来たりして生活をしています。その際は、知事の時と違って車がありませんので、いつも新幹線を使っています。新幹線は、私がこういう生活を始めた昨年の12月末ぐらいには未だコロナの影響があったためでしょうか、随分空いていましたが、日を追うごとに混んできまして、満席の日も屡々になりました。特に増えたのが観光客らしい日本人のグループと外国人旅行者であります。折から日本政府の水際規制が緩和され、コロナの感染症法上の扱いが2種相当から5種にされたのが功を奏したと思います。新幹線の車内は楽しそうな観光客の人々と外国人でいっぱいであります。ところが、私は新大阪で乗り換えてくろしおに乗るのですが、くろしおに乗った途端、観光客らしい人々がうんと減って、外国人に至っては数えるほどしかいません。これはまずいではないかと言うのが私の思いであります。7月に私もフェローにしていただいている東京大学先端科学技術研究センターの大事な行事である高野山会議が高野山でありました。去年は知事の仕事で忙しすぎて、本当はもっと行きたかったのですが、オープニングの挨拶にしか行けませんでしたので、今年は4日間全部出席しました。その時に、初めて高野山に来られた方が、高野山は外国人、特に西洋人が多いですねえ、いっぱいですねと仰るのですが、過去を知る私から見ると、その数はコロナの前の3分の1ぐらいに思えました。日本全体がコロナあけで観光の大復活を遂げている中で和歌山だけ取り残されているぞ、これはまずいではないかと思ったのでした。同じく7月に和歌山研究会の月一度の勉強会が和歌山市であって、南紀白浜空港を運営してくれている白浜エアポートの岡田社長が、和歌山版コンセッションの背景やその後の企業努力を説明してくれました。岡田さん達のおかげで、コロナ下にあっても南紀白浜空港は流行っていまして、全国で唯一ずっと黒字を続けた空港だったのですが、質疑応答の時に私が先ほどの新幹線とくろしおの話をして、心配だというと、実は南紀白浜空港も客数はまずまずとは言え、去年の8割ぐらいですから、ちょっと心配ですねと言っておられました。
 振り返ってみると、和歌山の観光は、コロナの直前は絶好調だったのです。入り込み客数は過去最高になり、国内外の旅行関係の雑誌やテレビなどで和歌山がばんばん取り上げられるようになっていました。とりわけ、海外の有名な旅行雑誌の和歌山に対する評価は高く、一例を挙げると、2019年に、世界的に有名なロンリープラネットは、2020年に訪れるべき世界の観光スポット20地域に、日本で唯一和歌山が第5位であげられ、2020年には、同じ雑誌の世界の観光地ランキングの中で、和歌山はサステナビリティー部門で世界一の栄に輝きました。観光にしろ何にしろ、ビジネスは知名度が大事ですから、それにはこういういわば「勲章・タイトル」が大変有効なのです。これからは、中国人の爆買いツアーと言った団体旅行の観光から個人旅行が主流になると予想されていましたので、私は、しめしめ、この分ではこれから和歌山の観光は爆発するぞ、特にこういう旅行メディアで情報を仕入れる西洋人中心の富裕層の観光客はうんと伸びるぞと思っていたのです。折から、県も協力金を出して、ミシュランレストランガイドに和歌山を取り上げてもらい、政府の耐震強化策に対応して、県も大枚の助成をはたいたおかげで、和歌山のホテル群も軒並みリニューアルが進み、また新設の立派なホテルも出来つつあるところでしたので、よしよしこれで何十年の雌伏を一挙に回復だと、実は狸の皮算用をしていたのです。ところがなんとコロナ!一気に観光マインドは冷え、とりわけ政府の厳重な渡航制限で外国人旅行者は一気にゼロに近い水準になってしまいました。なんたることか。折角のチャンスだったのに!。私は、コロナ対策に全力を挙げながら、臍を噛んでいました。和歌山県のコロナ対策は全国的に賞賛されたのですが、その裏ではこういう悲しい状況があったのです。
 実は、このように内外の旅行業界で和歌山の声価が高まったのは偶然ではありません。棚からぼた餅でもありません。県を主導とし、市町村や民間の業界の人々のたゆまぬ努力があってはじめてこの時期に花が開いたのです。元々和歌山は立派な観光資源に恵まれた地域ですが、バブルの頃を境に観光業の衰退が始まり、ましてや外国人を呼んでこようなどとあまり考えないところでした。データで見てもこのことは一目瞭然です。しかし、この素晴らしい観光資源をもとに、もう一度観光立県を実現するのが和歌山県にとっての至上命題でありましたし、日本が長い低迷に沈んでいるときに、外国人の旅行需要がうんと高まり、それも日本に行きたいというエネルギーが高まっているというのが一目瞭然でしたから、和歌山県は一丸となって突撃しました。外国というと尻込みをする職員ばかりではいけないので、苦労と工夫を重ねて急速に外国語の出来る職員を養成し、次々と第一戦に投入して、ターゲット国の観光業者、エアライン、旅行ジャーナリズムに売り込みに行かせました。もちろん私も同じ努力をいろいろな手段でしましたが、それより多くの職員が世界中に飛び回って、地道な努力をし続けたということが大きかったと思います。そのうち、必ずしも語学の才がない幹部職員もそんなことはものともしないで外国に突撃する者が増えてきて、例えば、外国のホテル資本を攻略してきたり、立派な成果を上げるようになってきました。本保初代観光庁長官のご協力のおかげで実現した、何代もの国交省の若手エリート職員が県庁の若手を指導して世界に打って出る範を示してくれたのも大きかったと思います。もちろん県庁以外の動きも大変積極的になり、こういう動きの行き着いた先が先に述べた2019年、2020年頃の和歌山の声価の高まりであったわけです。
 一方国内でも同じように、マスコミや各クオリティー雑誌、専門旅行雑誌に和歌山の観光資源が露出する、あるいは旅行業界が好意的に旅行商品を作ってくれる、そういうことがとても重要です。このためにも、県庁各部局及び東京事務所、わかやま紀州館の諸君が日本中を飛び回りました。また、何かと理屈づけをして、いろいろなイベントを、特に情報発信の基地である東京で行ないました。このときは市町村や業界の方々が大いに参加して頑張ってくれました。もちろん、私も主催者として出席するのですが、県庁の諸君の人使いは荒いので、ものすごい数の招待客の皆さんをその人にそれぞれ繋がっている職員が次々と私の所に連れてくるのです。私はその方々に、ご挨拶をし、日頃のご協力に感謝を申し上げ続けるわけですが、そのため、私はご挨拶が終った招待客やゲストがぱくぱくと食べている美味しい和歌山名産品を使ったご馳走を全く食べられず、次の日の予定があるので最終便に乗るために羽田に向かうということがいつものことでした。
 こうして観光和歌山の声価を高めた県庁職員に対して、私は勿論そう思っていますが、どうか県民の皆さん、彼らの頑張りを褒めてあげてください。
 ところが、コロナです。そんな彼らの頑張りによって得られた観光和歌山の名声は、3年も制限がかかっていては忘れられてしまいます。実は和歌山県は、行動制限一点張りの政府や他県に比して、はじめの混乱期を除いて、コロナ対策は保健医療行政で封じ込めるから、行動制限は最小限にして県民生活と経済を守るという政策割り当てを実施してきました。コロナを持ち込まれるのが嫌だから観光客など来るなと言う風潮が一般的なときに、もしかかったら保健医療行政が引き受けるから、観光客に石をぶつけるような言動はやめましょうと私は県民の皆さんにいつも訴えていました。それがあったからか、コロナの流行が他所より少なかったからか、コロナの期間、和歌山の観光は、全国の中でおそらく一番落ち込みが少なかったのではないかと思います。それが南紀白浜空港が全国で唯一黒字を維持することが出来た原因の一つなのではないかと思います。「コロナの時は絶好調だったんですが。」と言うのが、もちろん誇張もあるでしょうが、岡田社長の言であります。とはいえ、海外や国内のプロモーションも工作活動も、コロナの中では全くと言っていいほど出来ませんでした。2019年当時の知名度も、3年も経てば忘れられていきます。そして、はじめに申し上げたように、コロナあけに、新幹線は観光客でいっぱい、くろしおはガラガラと言う事態に追い込まれてしまいました。悪いことに、コロナの時に和歌山なら行ってもいいと言うからと来て下さった国内の観光客が、コロナあけで、全国が皆観光客歓迎となった時、和歌山には、去年や一昨年にもう行ったから別の所にしようと言う向きがあると言うことを、業界の方からお聞きして慄然としました。
 これは大変です。今見ていると、和歌山県が観光振興で突っ走った手法を皆が競って真似てどんどんプロモーションをやっているように思えます。ますます大変です。また、20年前のように、「和歌山は良いところがいっぱいあるのに、あんまり人は来ないなあ」と言う世界に逆戻りすると大変です。
 和歌山県庁もおそらくこの辺の事情を察知して危機感を持っていることと推察します。新任の岸本知事は先般のインド、香港、ベトナムなどに次いで今度タイ、スペインにプロモーションに行かれるようです。そのように先日記者会見で発表されていました。外国経験もある方ですから、大いにまた、巻き戻してくれるでしょう。もちろん、この3年間活躍できなかった有能な県庁職員が知事を助けて頑張り、また、昔のように単独で世界中を飛び回ってくれるでしょう。国内でも、切れてしまっている恐れのあるお得意様のメディアや旅行業界を招いて様々なイベントを行ない、和歌山ここにありと訴え直してもらいたいと思います。その努力を倦まず弛まず続けて行けば、また、2019年、2020年のような評価が和歌山に集まり、今度こそその評価にしたがって観光の波が和歌山に押し寄せることでしょう。既に高野山では私が見た7月の時点よりはずっと人が戻ってきているようですし、従来から温めていた和歌山におけるいくつかのホテルプロジェクトがコロナあけの観光再開で日の目を見るかもしれません。
 観光和歌山復活せよ。