優等生をもて囃すよりも大事なことは?①(全2回)

 私は、2022年の年末まで、生まれ故郷の和歌山県の知事をしていました。その間、和歌山県の県勢を浮揚させようと一生懸命努力をし、おそらくなにがしかの成果もあったかと思いますが、たくさんのうまく行かなかったこともありました。本日はそのような失敗の事例を申し上げます。

 私は、行政の大目標の一つはいい人材を育てることだと考えていますから、知事としても、教育に大変関心があり、教育委員会に任せきりではなくて、自分でも熱心に取り組んできました。日本では、昔から進学熱が高いので、初等中等教育の目標はどうしても大学受験になります。あるいはその前段階としての進学校への受験になります。親の関心もそこに集中しますので、初等中等学校(以下「学校」と略称します。)の当局者や先生方の関心も大いにそこに向けられ、東大合格者ランキングとか、国立難関校何人合格とか、医学部進学何人とかを競うようになります。したがって、勉強の良くできる子は結構もて囃され、そればかりか、勉強はうまく行っているか、もっと成績を上げるために学校で補習をしてあげようかとかの世話を焼いてくれる傾向があるようです。既に進学校として、大学受験で名を上げているようないくつかの学校には、どんどん頭のよさそうな生徒が集まってくるのですが、そういう学校の多くでは、生徒の成績をさらに上げ、受験突破力を高めるため、夏休みなどをうんと削って、生徒を学校に集め、みっちりと補習を行っているようです。一方、勉強には得手不得手がありますし、それほど不得手でない子も、少し前に何らかの原因でつまずいて、レベルの高い授業についていけなくなって、悲しい思いをしていることもあると思います。でも、多くの場合、勉強のできる子に対する一層の指導といった熱意に比べると、こういう悲しい思いをしている子に対するケアーはさほどでもないように思います。勉強に付いて行けなくなった子がやけになって、悪の道に染まってしまっては大変です。したがって、少なくとも私の知事時代の和歌山県では、勉強のできる子よりは、授業についていけなくなったいわゆる「おちこぼれ」の子供たちのケアーをしよう、それも、その「おちこぼれ」具合は子供によって違うのだから、個別補習で「おちこぼれ」解消を図ろうじゃあないかという目標を立てて、学校で、先生方に個別補習をやってもらうような制度設計をしていました。私は、学校の教育で最も大事なのは、俗な言葉で言う「いいやつ」を育てることで、それが大学や社会に出た時にその子にとって一番の宝になる大事な要素だと信じていますので、道徳教育を本格的に導入してもらいました。この「いいやつ」が社会に出た時に受ける恩恵に比べると、一流大学を卒業したという学歴などそれほど役に立つとは思われないと思っています。また、一流大学に入りそうな生徒は、自分で考えて勉強をする癖がついた子だから、放っておいても勝手に受験勉強ぐらいはするから、学校があれこれ手を焼く必要もないのではないかと思っています。ついでに言うと、そういう子は受験のために自分は何を勉強してレベルを上げておかなければならないかは自分で考えて勉強をするので、レベルも不得意科目も違う大勢の生徒を、夏休みをつぶして学校に集めて画一的な補習をしても、受験に対しては効果がなく、時間の無駄と思うのであります。
 以上、教育という面で、「優等生をもて囃しても」ということについて述べました。しかし、本日申し述べたいのは、教育のことではなくて、地方の行う地域開発政策の助成の話なのであります。その失敗談について語ります。

 今地方は大変です。昔盛んであった産業が衰退する一方、その代わりになる産業が多くの地域で伸びず、雇用は乏しく、若者はどんどん東京など大都会に出てしまうので、人口も減り、衰退の一途をたどっている地域が多くあります。これではならじと、地域の心ある人はいろいろと地域の活性策を考えて頑張ろうとしていますし、自治体も必死でどうしたものかを考えています。中にはその地域に何らかの関係や関心のある企業や有識者が、色々と知恵を出し、実際に働き、お金も出して応援に入っている場合もよく見かけます。もちろん政府も黙っているわけではありません。良い頭を使って、色々な方策を考えて頑張ろうとする地方を助けようとしています。ただ、なかなか世の中がいっぺんに変わってしまうような話があるわけではありません。経済産業省を中心に政府が取り組んでいる、先端産業の投資に直接多額の政府資金を投じようとするような話はわずかしかありません。熊本のTSMCなどは大変な投資額ですから、もちろん経済効果もものすごく、地域の雇用事情がすっかり変わってしまったと言われるほどです。投資規模はその10分の1以下ですが、新式の車載電池のマザー工場を作ろうというプロジェクトが和歌山県でも進んでいます。熊本の陰に隠れて報道されることはあまりありませんが、和歌山県にしては大変な投資です。ただ、目立たないのは、ひょっとすると和歌山県がこれをあまりアピールしないからかもしれませんが、それは和歌山県自体がその意義をあまり自覚できていないからかもしれません。ともあれ、このような投資資金が政府によってもたらされるというのはごくごく例外で、政府の地方創生プロジェクトの応援は、多くの場合、助成額は少なく、見方によっては「やったふり行政」に堕しているものもあるような気がします。しかし、時々、地方側のニーズに合った振興プログラムを考えてくれる時もあります。2021年に提唱された「スーパースマートシティー構想」はその一つだと、少なくともその時は思いました。
 スーパースマートシティ構想は、地方がその活性化のために行う振興策を、政府が申請を受けて審査をして認定をし、認定を受けた構想についてはその実現のために、いささかの助成金と、規制緩和を行うことで助けようというものでした。我々和歌山県は、これに対して、すさみ町の活性化構想をもって申請を行うことにしました。すさみ町は、和歌山県の南の有名な観光地、白浜町のすぐ南に位置する人口約4000人弱の町です。林業や漁業で生きてきたのですが、最近は衰退が激しい町です。いくつかの町が合併してできた町ですが、その相互間を連絡する道路がひどく、南に延びる高速道路もなかなか整備されなかったという背景での衰退です。ここには岩田勉さんと言う剛腕の町長さんがいて、あまり目立った資源にも乏しい町の活性化のために、よくそこまで思いつくなと思うような様々な工夫をして頑張っていました。和歌山県はもちろん応援です。高速道路の整備を急いでもらい、町内の幹線道路をトンネルをどんどん作って整備して、町の一体化を助けようとしました。この結果2015年に高速道路はついにすさみまで延びましたが、すさみ町は直ちにそのインターの出口に大きな道の駅を作り、さらには外資系のホテルまで誘致しました。津波から町を守るために、重要な施設をどんどんと高台に移しつつあります。こういうすさみ町の動きは民間の企業の関心を得ることになりました。ちょうどその頃、隣の白浜町ではすさまじいばかりの衰退傾向に歯止めをかけるような動きが沢山出てまいりました。つぶれる一方であった大ホテルが、再建されたり、グレードアップされたり、新規開業があったりしましたし、熊野古道ブーム、パンダ人気、隣の上富田町のスポーツ合宿、高速道路の開通、ワーケーションの発祥など、脚光を浴びることが続出しました。それは、このために尽力して下さった多くの有力な方々のおかげですが、同時に多くの有力企業の参入を伴っていました。極めつけは白浜空港の民営化です。冨山和彦さんの率いる経営共創基盤機構の経営参入によって、白浜空港の機能は格段に上がりました。自らの機能が向上したのみならず、白浜エアポート社長に就任した岡田信一郎さんのご活躍により、白浜空港から各市町村へのバスの便も充実し、各市町村と白浜空港との関係も格段に向上しました。同時に、白浜町に集まりつつあった有力企業が岡田社長の組織力で、すさみ町との関係も強めるようになり、ソフトバンクが小型バスの自動運転の実験的運用を企画するなど、有力企業の協力なしには考えもつかないような企画が寄せられるようになりました。岩田町長も地元の人々に檄を飛ばして、様々な地域おこしプロジェクトが構想されるようになりました。私が感心したのは、そのすべてがどこかのコンサルが考えたような国籍、地籍なしのどこにでもあるプロジェクトではなくて、すべて、すさみ町という田舎町の実態とそこに住む人たちの熱い人情を反映したものであったことです。例えば、観光客に来てもらって、普通の家の普通のお昼ご飯をその家の住民と一緒に食べてももらうことが出来るようにするとか、山あいの孤立集落に住むお年寄りが買い物に行くときに近所の人がごくごく安い料金で自家用車に載せて上げると言ったもので、さらにドローンで買い物品を届けて上げようと言ったことも構想されていました。
 地域おこしと言っても、本当の田舎では、都会で考えられているようなハイテクと情報機器の塊のようなものを背伸びして導入してもしようがありません。それを運営する人もいないし、費用だって田舎の町ではとても出せません。私はそう思いました。それよりも、すさみのような町の人達が拵えた、このような手作りのプロジェクトこそ地域おこしになるものだと私は思いました。いかなる地域おこしも、そこに住む住民のやる気がなければ成功するわけがありません。住民がやる気を起こすためには、住民がそれを自分たちのものだと自覚していて、かつ、だれか権威のある存在が褒めてあげることが一番です。

 ここに、すさみ町を中心に起こっている地域おこしのこの波を、政府の地域おこしプロジェクトの目玉であるスーパースマートシティ構想の対象にしてしまおうと考える目標が見えてきました。地方創生を唱える政府なら、このすさみ町の住民の構想に、スーパースマートシティーの称号を与え、その試みを励ましてあげるべきではないか、私はそう思いました。

②(全2回)へつづく