大谷翔平選手の活躍は目覚ましく、バッターとしても毎年MLBで目覚ましい成績を上げているのに加えて、ピッチャーとしても、今年は昨年の手術からの回復期間であったけれど、シーズン終盤とポストシーズンの素晴らしい投球は、同じ日本人として誇りに思いました。ほかのあらゆることがどんどん専門化して、逆に言えば単能化のスぺシャリストが増えている世界で、野球でもそういう専門分野に特化した選手が主流になっていますが、野球のだいご味である、投げて、打って、走ってという要素を一人でかなえてしまう大谷選手に、世界中が感動しました。
大谷選手を称して「二刀流」、走っての所は省略して、投げて、打っていずれも超一流というところをよく表している言葉のように思います。さらに、頭の良さとスピーチも、そしてその裏にある人柄も超一流だとテレビを見ていてそう思いました。
今日紹介するのは、もう一人の「二刀流」、菅田利佳さんのことです。
実は和歌山出身の前東京芸術大学学長にして、名バイオリニストの澤和樹さんから、ご招待を頂いて、12月13日に東京文化会館で開催された「本間一夫記念点字図書館チャリティーコンサート」に行かせていただきましたが、その時、久しぶりに菅田利佳さんの姿を拝見しました。このコンサートは澤先生がビオラ、お嬢さんの澤亜樹さんがバイオリン、やはり東京芸大出身の鳥羽咲音さんがチェロ、そして菅田さんがピアノという布陣で、素晴らしいピアノ協奏曲と弦楽3重奏曲を弾いて下さいました。菅田さんはピアニストなのです。目に障害を持つ。
菅田さんとの出会いは、私が和歌山県知事をしていた時に遡ります。その頃、和歌山県では、高校生で全国大会で良い成績を上げた人たちを県庁に呼んで、その栄誉を称えるという催しを毎年開いていました。私の就任時にはスポーツでいい成績を上げた高校生を讃えていたのですが、しばらくして、文化活動だって頑張って良い成績を上げたら讃えてあげたらいいなと思い出して、文化活動で全国的に業績を上げた高校生をスポーツ系と同じようにお呼びすることにしました。菅田さんは県立星林高校の生徒さんで、第37回高校生英語弁論大会で最優秀の外務大臣賞を受賞したということでお越しになりました。聞いてみたら、小さいときに難病にかかり、ほとんど目が見えなくなっているとのことでした。それでも、英語が好きで、周囲の方に助けられながら懸命に努力してこの栄誉を手にしたとのことでした。感動しました。ほかの人もいますから、菅田さんばかりとお話をするわけにはいきませんが、さらにお聞きしてみると、ピアノも好きで、それなりの位置づけにいるとのことでした。それもかなりの位置づけで、大変な有望株のようです。「将来はどうするの」とお聞きすると、「ピアノの道に進もうか、英語を生かしてお勉強の道に進もうか、正直迷っているのです。」と、彼女にお会いになった方が誰でも感じるであろうあのはにかみがちな笑顔で静かに語っていました。
その後どうなったのかなと聞いてみると、東京大学教育学部に入学して、学内で大活躍をしながら、ピアノも続けているとのことでした。和歌山県は2021年に国民文化祭を挙行したのですが、その時のプログラムに、菅田さんを是非入れろと命じて、紀の川市で行われたクラシックコンサートでピアノを弾いてもらいました。私も聴衆の一員として聞きに行きましたが、菅田さんは今までの生い立ちや学生生活における取組、そしてピアノに対する思いを静かに堂々と語りました。そしてピアノの演奏。私の記憶ではリストの超絶技法の一つ、ラ・カンパネッラを弾いてくれたと思います。心なしか音は小さいような気がするのですが、粒のたった澄んだ音色であの難しい曲を美しく弾いてくれました。
このように音楽に全く縁の遠かった私が偉そうに批評をしていますが、それは、私の小学生の娘が、私がJETROの一員として赴任したミラノでコンセルバトーリオの名教授に見いだされて、一時各地の子供向けヨーロッパピアノ選手権を総なめしていたことがあり、教授に運転手を命じられて行ったコンクールでずっと聞いていたからです。そのうちに自然とこの子は上手だなあというのが分かるような気がしてきたのです。気がするだけですが。
東大に入ってからの菅田さんの活躍は素晴らしいものがあります。ただ入学して、授業に付いて行っていますというだけではなく、障碍者やマイノリティの教育も含めた教育制度や教育行政に興味があり、国際機関でも働いてみたいと言っていた通り、国連と若者を結ぶサークル「東京大学UNiTe」の代表を務めるなど積極的な学生生活を送り、おそらくは勉強も精いっぱいしたのでしょう、2021年度の教育学部を首席で卒業し(最近は発表するんですね。)、総長大賞を受賞し、全校生徒で二人だけの学生代表の感謝の言葉を述べる栄に浴しました。視力というハンデキャップを持ちながら、このような立派な業績を残した菅田さんは、本当に「えらい!」に尽きます。現在は、外資系の金融機関にお勤めのようですが、菅田さんのことですから、ここでもまた大輪の花を咲かせてくれるでしょう。あるいはもっと広い世界に漕ぎ出す第一歩かもしれません。
そして、もう一方の刀の切れ味がこのように磨かれている一方、菅田さんの刀のもう一つのピアノのほうもますます磨きをかけて、演奏活動にも取り組んでいるようです。この度の澤先生たちとの共演もその一環ではないかと思いますが、ますますそちらも切れ味が鋭くなったように思いました。会場が素晴らしい所であったからかもしれませんが、あの粒だった音色はそのままに、音量、迫力も増したように思いました。
そして、最後に述べた感謝の言葉がまた素晴らしいものでした。視力障害者がピアノを弾くときは、もちろん誰かの演奏を聴いて音で覚えるということもあると思いますが、音楽用の点字楽譜があるそうで、菅田さんの周りにはこのような点字楽譜を作って協力して下さる人が大勢いてくれたそうです。「そのおかげで、耳で聞いて覚える以上に楽譜から楽曲の本質を学ぶことが出来ました。私がこうやってピアノを弾けているのもそういった方々やほかの大勢の方々の御厚意のおかげです。本当にありがとうございました。」と菅田さんは語りました。演奏も素晴らしいけれど、スピーチも素晴らしい。そしてその奥にある心も素晴らしいと私は思いました。
大谷翔平選手は、二刀流で野球界に衝撃を与えました。世界中の人々の心を感動に導きました。そしてもう一人、学問とピアノの二刀流で感動を与えてくれる人がいます。菅田利佳さんです。そして、その言葉とその奥にある心も、人に感動を与えるという意味で二人に共通の、真にもう一人の二刀流です。