前回からの続きです。(全2回中の②)
制度としてのスーパースマートシティ構想は、その要件として、ハイテク、情報の要素がないとけないし、その成功のためには規制緩和が不可欠な要素でなければいけないし、地方の人達だけが勝手に盛り上がっていてもだめで、有力企業の参加協力も必要とのことでしたが、すさみのプロジェクトはこれらすべてをクリヤーしているように見えました。それで、2021年、和歌山県が後ろ盾になって、このすさみプロジェクトをスーパースマートシティ事業として申請することにしました。この事業は内閣府が所管しています。そこで、早速内閣府に乗り込んで、このプロジェクトを認定する意義を力説しました。全国にはすさみ町のような過疎と衰退に悩む所が沢山あって、何とかしないといけないと皆真剣に悩んでいる。しかし、自らその実態と町の人々の人情を反映した構想を考え出し、かつそれにうたれて日本を代表する企業が協力し、これからの日本の死命を制するような技術開発の実験をしようと言ってくれているようなところは他にはない。しかも、この構想には規制の緩和が不可欠だ。食品衛生法や住宅宿泊事業法があるから、旅人と一緒に昼ご飯を食べて、心ばかりの謝礼を受け取ることは違法だ。同じく心ばかりの謝礼を受け取って近所のお年寄りを買い物に連れて行くのだって違法だ。だけど、こういう心温まる田舎の日常生活を支え、地域おこしに繋がるようなことを、規制緩和によって実現できるようにしてあげることが正義にかなうのではないか。等々です。
そうしたら、内閣府の役人の方々も、よく聞いてくれましたが、結局合否の判定は選定委員に任じられた知識人がするので、こういう人によく話をしておくことが大事だというアドバイスをくれにとどまりました。また、このプロジェクトは、規制緩和がその要素を占めているように、知恵を出して推進してきた人は竹中平蔵さんだとも教えてくれました。我が和歌山の桐蔭高校の同級生です。そこで、早速竹中君(すいません。君付けで。)の所に頼みに行きました。そこで、このプロジェクトの意義のある所を色々と熱心に説明しましたが、竹中君が言うには、この構想は当初から日本を変えてしまうような影響力の大きなプロジェクトを念頭に置いて考えたのだが、でも、合否にかかわるのはもう少し若手の知識人だから、その人に紹介するから話をしてみたらどうだろうと言ってくれました。そこで、そのような人々、元役人の論客や売り出し中の学者と話をしましたが、一応話は聞いてくれるものの、やはり、日本全体に与えるインパクトが弱いの一点張りで、どうもこれはだめだなと直感しました。こういう小さなプロジェクトは対象外と言うことなのでしょう。しかし、透明性と言う観点から言えば、もしそうならば、初めから募集要項にその旨を書いておくべきでしょう。私は、その時の政府のプロジェクト構想・運営者の稚拙さを心の中で非難しました。その後しばらくして、このスーパースマートシティー構想の合格者は大阪市とつくば市に決まったという情報に接しました。その時に思ったのが、このメッセージのタイトルである「優等生をもて囃すより大事なことは」と言うことです。少し前はともかく、民間による中心街の再開発が軌道に乗ってからの大阪は政府が世話など焼かなくても発展します。つくば学園都市を政府が肝いりで作ってから何十年もたった今のつくば市も、当時無理やり集めた政府系の研究機関や大学のみならず、民間の研究機能の集積もずいぶん進んでいるれっきとした勝ち組の地域です。そんなところに政府がテコ入れをしても、効果があるとは思えないし、スーパースマートシティーというハイカラな名前を政府がくれたとしても誰も喜びません。もっと言えば、地域の行政機関や住民でこのことを意識する人がどのくらいいるか、まったく疑問ではないかと私は思いました。すさみ町の住民が認定を受けて大喜びをし、今までの何倍も張り切って町づくりに励むだろう姿とは違うのです。有名受験校のトップを走っている秀才に、その辺の予備校がうちで東大受験の指導をしてあげるからと言っても、歯牙にもかけられないように、すでに地域づくりの骨格が出来ていて、発展が約束されている地方にすり寄るよりは、衰退に衰退を重ね、それでも一生懸命自分たちの生きがいと地域おこしの種になるプロジェクトを考え、東京の一流企業の優れた人材の協力を取りつけて、スーパースマートシティーにぜひ認定をしてほしいと願っているすさみ町のような地域を褒めたたえて、抱き起してやる度量が、どうして東京の知識人と東京の政官界にないのか、私は心から残念に思いました。すさみ町のような所で、この構想が認められたとしたら、住民はそれをこの上なく誇りに思うでしょう。目の色を変えて、次々とチャレンジングなことに挑戦していくでしょう。そうすると、もっと多くの一流企業がさらに新しい事業を持ち込んでくるでしょう。そうすると、町を去った若者も、またそこで新しい挑戦をしようと帰ってくるきっかけになるでしょう。すさみ町がそうならばと、全国津々浦々にある衰退の激しい町の多くが自分たちも挑戦を始めるでしょう。
残念ながら、このすさみ町のスーパースマートシティー構想へのチャレンジは、以上のように失敗に終わりました。旅人と一緒にお昼ご飯を食べることを観光の一つの種にしようとした目論見は実現できなくなりました。心ばかりの実費を頂いて山あいに住むお年寄りを自家用車でお買い物に連れて行くという行為は大っぴらにはできません。自動運転プロジェクトも雲散してしまいました。この失敗に無念の思いを抱きながら、教育の分野で、「落ちこぼれ」を抱き起すほうが優等生をちやほやするよりもずっと大事であると考えて行った和歌山県の当時の教育改革を思い出しています。